第12話 王都の戦慄と血脈の秘密
王都の大聖堂に鳴り響く鐘の音は、祝祭の報せではなく、葬送の合図のように重く沈んでいた。
豪華絢爛な玉座の間。かつては王国の絶対的な権威を象徴していたその場所は、今や冷たい沈黙と、隠しきれない動揺に支配されている。
「……負けた、だと? 王国の誇る黄金獅子騎士団が、辺境の街一つに敗走したというのか!」
アルフレッド王の怒声が、高い天井に跳ね返った。
玉座の前で膝を突くヴァレリウス将軍の甲冑は泥に汚れ、その表情にはかつての勇猛さは欠片も残っていない。ただ、見たこともない「未知の力」に対する根源的な恐怖が、その瞳に焼き付いていた。
「陛下……あれはもはや、我々の知る『戦争』ではありませんでした。彼女たちが操るのは、魔法を超えた魔法。鋼を超えた鋼。……アイゼンの砲火の前に、我が兵の盾は紙屑も同然でございました」
将軍の報告に、列席していた貴族たちは騒然となった。
その中で一人、不気味なほど冷静にルナたちの戦績を見つめる男がいた。魔導院の長であり、王の側近でもあるゼウスだ。
「……よろしい。ヴァレリウス、貴公の役目は終わった。下がって休むがいい」
ゼウスが冷淡に告げると、将軍は逃げるようにその場を去った。
アルフレッド王は忌々しげにゼウスを睨みつけた。
「ゼウスよ、何が『よろしい』だ。あの小娘どもを放置すれば、次は王都にあの『砲火』が向けられるのだぞ!」
「陛下、ご安心を。彼女たちがこれほどの力を発揮しているのは、単なる『幸運』や『才能』によるものではありません。……それには、明確な理由がございます」
ゼウスは懐から、一通の古びた羊皮紙を取り出した。それは、王家の最深部――「禁忌の書庫」から持ち出された、二十年前の記録だった。
「陛下は覚えておいででしょうか。かつて王宮魔導師として名を馳せ、ある『禁断の研究』に手を染めて追放された、カミーユ・カーヴィルという男を」
「カミーユ……。確か、魔力ラインの人工的な操作を唱え、異端として処刑されたはずだが」
「記録上はそうなっております。しかし、彼は処刑の直前、一人の聖女と共に北の果てへと逃亡しました。……そう、彼女たちの故郷、カルナ村です」
玉座の間が、再び凍りついた。
ルナ、フィオナ、ミリア。彼女たちが持つ異能――ルナの冷徹な魔力制御、フィオナの超人的な身体能力、ミリアの精霊に近い感知能力。それは、王国の血脈と、失われた古代の英知が混ざり合って生まれた「最高傑作」だったのだ。
「彼女たちは、カミーユが遺した『理論』を、アイゼンの資源で完成させたに過ぎません。ならば、我々がなすべきことは一つ。……力でねじ伏せるのではなく、その『根源』を奪い返すのです」
ゼウスの口元が、歪んだ笑みに吊り上がった。
「陛下。王家に伝わる『契約の宝具』を解放する時が来ました。彼女たちの血に流れる魔力を強制的に共鳴させ、その魂ごと縛り上げる。……さすれば、アイゼンの鋼も、砲火も、すべては王のものとなります」
一方、歓喜に沸くアイゼン。
ルナは、勝利の宴を離れ、執務室で一人、父が遺した形見のペンダントを見つめていた。
その中には、複雑な魔法幾何学模様が刻まれている。これこそが、アイゼンの魔力ラインを正常化させ、魔鋼を生み出す基礎となった「式」だった。
「ルナ姉、どうしたの? せっかくの御馳走、冷めちゃうよ」
ミリアが、大きな肉料理の皿を抱えて入ってきた。背後からは、新しい剣の調整を終えたフィオナも顔を出す。
「……ミリア、フィオナ。私たちの父様のこと、覚えてる?」
「父様? うーん、いつも難しい顔して本を読んでたのは覚えてるけど。……あ、でも、死ぬ前に言ってたよね。『いつか王都の光が、お前たちを迎えに来る』って」
フィオナが首を傾げながら答える。
ルナの胸に、拭いきれない不安が過った。
王都軍を退けた。しかし、それは同時に、自分たちの存在が「利用価値のある駒」として完全に認識されたことを意味する。アルフレッド王が、ただの軍勢で済ませるはずがない。
「……アイゼンの防衛を、もう一段階引き上げるわ。それと、ガルスさんに伝えて。地下の『原初の魔晶石』に、緊急停止の術式を組み込むように」
「えっ、せっかく動かしたのに?」
「守りきれないと判断した時は、自ら壊す。それが私たちの『覇道』の条件よ。……誰にも、私たちの自由を奪わせはしない」
ふと、窓の外から賑やかな声が届いた。
ルナがバルコニーへ出ると、夕闇に包まれ始めた街のあちこちに、琥珀色の魔力灯が次々と灯っていくのが見えた。かつての暗く冷たいアイゼンの夜は、もうどこにもない。
広場では、ミリアが近所の子供たちを集め、琥珀灯を光源にした影絵遊びを教えていた。
「ほら、指をこうすると、大きな鳥に見えるでしょ? これはね、みんなが捨てたゴミから生まれた光なんだよ」
子供たちが歓声を上げ、琥珀色の光の中を駆け回る。その光景は、ルナの冷徹な計算式には決して現れない、非効率で、けれど眩いほどの「生」の輝きだった。
「ルナ姉、何たそがれてんのさ。ほら、これ食べな」
背後から、エプロン姿のフィオナが不格好な土鍋を抱えて現れた。
差し出された椀から、強烈なニンニクの匂いと、少し焦げたような香りが立ち上る。
ルナは、一口その熱いスープを啜った。
(……完璧な理論には程遠い味。でも、悪くないわね)
鉄と理論の世界にいた彼女の心が、不器用な妹たちの体温によって、ゆっくりと解きほぐされていった。
その時、アイゼンの夜空に、一筋の不気味な「紫の雷鳴」が轟いた。
それは、王都から放たれた、血脈を辿る追跡魔法。
三姉妹の耳に、実の父の声ではない、禍々しい「王の呼び声」が響き始める。
「――来なさい、我が王国の迷い子たちよ。貴女たちの体は、私のためにある」
ルナは激しい頭痛に膝を突いた。フィオナとミリアも、苦しげに胸を押さえる。
血が、抗えない命令を囁いている。
アイゼンの壁が、鋼の鎧が、自分たちを守る楯ではなく、自分たちを閉じ込める檻に変わろうとしていた。
「……舐めるな……王風情が……ッ!」
ルナは意識が朦朧とする中で、自らの腕を氷の刃で薄く切り裂いた。
痛みが、呪縛を一時的に断ち切る。
「フィオナ、ミリア……意識を保ちなさい! これは魔法じゃない、私たちの『起源』を利用した呪いだわ!」
アイゼンの平穏は、わずか数時間で崩れ去った。
王都が仕掛けたのは、物理的な戦争ではなく、三姉妹の「存在そのもの」を否定する、血脈の儀式だった。
三姉妹は、アイゼンという城を背に、自分たちのルーツという最大の敵に立ち向かうことになる。
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