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赤津轍、最後の日。そして……

偽女神からの脅威が去って、55年が経ち、

僕は……いや、わしは、

この国で生涯を終えようとしている。


体は5年前からベッドから動けなくなり、

今日まで彼女が全て、面倒を見てくれた。


わしがこの世界に転移してから、姿を一切変えず、

今日も変わらぬ笑顔で、こちらを伺う。

「今日で、轍とお別れか、何だか寂しいね」

この国の女神達には転移者の命日を知るのは造作も無い。


それでも、別れとは、いついかなる時も寂しい物である。


彼女の手を取りたいが、やはり体は一切動かない。


その代わり、彼女が寝たきりのわしに、横から覆い被さる。

(あ、いい匂いがする)

思わず、恍惚としていると

「轍はいつまで経っても、男の子だね」

彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、目線をわしに送る。


だがやはり、このどこまでも甘い生活が終わる。

そう思うと、自然と涙が溢れて来た。


彼女はそんなわしに

「大丈夫だよ。私達、十年前に『魂の契り』を交わしたのだから」

彼女の言葉を聞いて、少しだけ寂しさが和らいだ。


『魂の契り』と言うのは、

前国王(今の国王はクロス)の立ち合いの下、

対象の女神と転移者は何度転生しても、

繋がりを維持出来るようにする為の儀式である。


つまり、わしが更なる異世界へと転生しても、

女神である彼女から、何らかの方法で、

一定の制限内で連絡出来る物となる。


さらに、転生後に途中で亡くなった場合はその年齢から、この王国に

送還され、スカディの契約結婚を自動認定し、今回と同じような生活が出来る。


天寿を全うした場合は、スカディの傍で赤子の姿として転生し、

彼女が育児までやってくれると言う至れり尽くせりの状況となる。

(え、おむつ替えもするのか……何だか恥ずかしい)


とにかく、育児が終わり15歳になった時点で、契約結婚が自動認定される。


この『魂の契り』を行った時点で、二回に一回の生では必ず、

対象者となる女神と、寝食を共に過ごす関係となれる制度である。


今回、生を終えた後、

一回目の転生で、人生が終了して戻ってくれば、

対象の女神と元転移者には、平和王国の未認識空間の一部が与えられ、

「後はお好きなように」と言わんばかりの好待遇を受けられる事になる。


考えたら、死ぬまで変わらない姿で優しく接してくれ、

女神と一生過ごせる権利と言うのは別の意味で、

何物にも代え難い絶対的なギフトその物である。


(あ、そんな事を考えてると、息が荒くなってきた)

まあ、もっとも。魂の契りを行うほど、仲良くならなければならず、

この世界の女神で、『魂の契り』を適用するのは、

スカディが初めてと言う事であった。


20年前に魂の契りについて聞いた事がある。


アテナは笑いながら

「赤津君と違って、転移者は途中で気変わりすると思うから無理だねー」

転移者にはそこまで気持ちが向かないと言う事だった。


ヘスティアは溜息を吐いてから

「私はそもそも、誰かと契る事を許されていないから」

何か聞いてはいけない事も聞いてしまった。


(あれ、聞く人を間違えたようなんだが)

他に親しい女神が二人しか居ないので仕方が無い。

正直な感想を述べてくれた彼女達に感謝しつつも、

気を悪くしたと感じ、後日にお詫びを込めて、

お礼をした、と言う事があった。


話を今に戻し、とにかく『契約結婚』をしたところで、

『魂の契り』と言う女神には絶対的にデメリットのある制度。

女神達がわざわざ使う理由が無いのは必然。と言う事である。


ふと、スカディがわしの上体を起こし、後ろから抱き締めてくる。

それは、今生に一切の悔いを残さないようにと、配慮した行為である。


彼女は黙ったまま、その状態を維持する。

数分後、心地良い体温を感じたまま、最後の時を迎える。


そして……

意識を手放しつつ、スカディに包まれながら、わしは逝った。


赤津轍、80歳。

平和王国にて、転移後の生涯を閉じる。


■■■


あれから、彼女と言う物を魂で感じながら。

どれだけ経っただろう。


不思議と、寂しさは全く感じず、

心地良さだけが、全てを包み込んでくれる。


そこにはあらゆる苦痛が無い。

このまま溶けて、交わりたい。


眠り、と言う物は全く無い。

いや、眠りと言う物は永遠に来てほしくない。

この甘い感覚はいつまでも続いた。


ふと思い出す。


転移する前の事故。


転移後の仕事の数々。


女神達との交流。

(女神達はどの人も本当に優しかった)


そして、女神達の箱庭に呼び寄せた国王。

(国王には何人分の人生の幸せを頂いた事か)


最後にスカディの笑顔が出てきてまた、

あの心地良さが、全てを包み込んで行く。


■■■


「……スヴァルト」

何かが聞こえた。と思うと、

傍には一人の女性が倒れていた。


人間なのだろうか?

おそらく、自身も人間である可能性が高い為、

目に見える範囲で体を確認してみる。


赤子である。が、

(いくら何でも、大きい)

傍で倒れている女性と裸の自身は背丈がほぼ同じである。


自身の体をもう一度確認する。

しかし、赤子と思える自由に動かない手と下半身だけが目で見れた。


次に、壁際に鏡が立ててあったので、再度確認する。

頭には僅かな金色の産毛と眉が、主張するのみ。

後は全裸姿の赤子と言う事だけである。


先程から倒れている女性を確認する。

何か特殊な眼力があった為、それを用いて確認。


確認出来たのは『絶命』と言う文字。


倒れた傍に落ちていた紙を同じく確認、そこには

『死、風、来たる』

何かのメッセージだろうが、絶命している状況で言えるのは、

死の風で死んだと言う所だろう。


悲しみは何も感じ無かった。

それは目の前の女性に興味が無い訳ではなく、

スカディとの掛け替えの無い日々が消える事が無かった為。


そう、何はともかく、私は転生した。


そこに喜びは無く、心の内にあるのは

彼女に会いたいと言う思いだけ……。


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