第40話 最悪の終着点【side:セフィリナ】
「い、一体、何の話をしているんだ!? 今はそんなことより……」
「知らぬ名とは言わせません。かつて貴方たちが叫んだのですから……」
有無を言わせぬ重圧。
セフィリナらしからぬ態度に、二人は目を白黒させる。
ただ同じ人物を指した問いかけでも、エルデファルドとエレナで受け取り方が全く違う。
男は少女がその名を口にしたことへの怒り。
女はこの局面で、とっくの昔に切り捨てた田舎者の名が出たことへの困惑。
この反応の違いこそ、リオス・ファランクスを追放する――という目的こそ同じでありながら、行動の根幹である動機にすれ違いが生じていることを示していた。
「今はあんなゴミ職業野郎のことなんか、どうでもいいでしょ!? それより早く何とかしなさいよ!」
「前に訊いたことがあります。故郷の田舎に幼馴染がいると……しかしその様子では、元からあったパーティーを強引に乗っ取り、リオスを放逐したのは間違いないようですね。この男たちを開けた席に収めるために……」
とてもSランクとは思えない前回の攻略。
回りが口々に噂していた神獣種を討ったという少年。その出現時期と、自分がこのパーティーに加入させられた時期。
そしてこれまでのエレナとエルデファルドの発言の数々。
断片的な事実が繋がっていく。
同時にセフィリナが、エレナとエルデファルドに向ける眼差しには、冷たい殺気が宿る。
「な、何よ! あ、アタシは何にも悪くないんだから! そんな目でこっちを見ないで!」
せっかく幼馴染と育て上げたSランクパーティーすらも踏み台にして、皇族と接点を持つまでに成り上がったのだ。ちゃんと結果は出ている。
だから自分は正しい。何も間違ったことはしていない。そういう口ぶりだ。
この世の全ては、エレナを着飾って美しさを引き立てる宝石。
飽きたら付け替える。要らなくなったら捨てる。
それが幼馴染でも、親でも関係ない――というのが、追放劇の動機であったが、それは表層の真実でしかない。
こうなるように仕向けた人物が存在する。
「あんな奴の名前を! どいつもこいつもォっ!」
そう、全ては逆なのだ。
エレナがエルデファルドと親しくなったがために、要らなくなったリオスを追放したのではない。
そもそもエルデファルドがリオスを追放するためだけに、エレナに近づいたというのが、事の真相であった。
現実的な話として、いくら次期皇帝筆頭だとしても、Sランク最年少到達の記録を持つリオスを無理やり追放する危険は、決して小さいものではない。
シギスのような狡猾な人間に気付かれでもすれば、多少なりとも積み上げてきた名声に傷を付けられる可能性もあるのだ。
エルデファルドとて、それが分からない知恵足らずではない。
だがこれだけの危険を冒して手にしたにもかかわらず、今のエレナは、金だけを渡されて飼われているも同然。愛されているには程遠い。
ましてセフィリナとエレナの扱いの差を鑑みれば、入れ込みようは歴然であろう。
つまり行動を起こした動機と現状を見比べた時、冒したリスクとの釣り合いが取れていない。
しかもそのせいで、エレナがセフィリナを敵視するという、要らぬ歪みまで生じている。
単純にセフィリナを好いているならば、エレナを身近に置くメリットが皆無に等しいのは最初から分かっていたはずなのに――。
「ああそうさ! 全部僕がやった! セフィリナ、お前をあの男から解放するためになァ!」
「解放? 一体、何を?」
「国の危機を煽って、お前を無理やり宮殿に呼び寄せた! 奴の居場所を失くすためにSランクパーティーを全部奪ってやった! もう君の目に誰も入らないように! でもそれがどうしたって言うんだ!?」
聖光と深淵と、神獣と――。
常人の理解を超えた殺戮の嵐は、エルデファルドから普段の余裕を消し去った。
しかも真の聖女が思い通りにならないどころか、彼女は絶命の死地で尚――自分ではない男のことを想っている。
現実逃避でもしないと自我を保てない。
エルデファルドは怒りのままに、全てをぶちまけた。
それが己の罪を曝け出す行動だと考えもせず――。
生涯で初めて何が何でも手に入れようとした、少女の逆鱗に触れる行為だという自覚すらもなく――。
「貴方という人は……ッ!」
「何が悪い!? それに奴は何処へとも消え失せ、今お前の隣には僕がいるじゃないか!? 俺は奴に勝ったんだ! だからァ!」
「やっと確証が持てた。なら、リオスは新たな場所で生きているのですね」
「違う! 俺を視ろ! 今ここにいるのは……お前の隣に相応しいのは、このエルデファルドなんだぞッ!!」
真実を知ったセフィリナの眼差しに力が戻る。
どこか終わりを悟った諦めではなく、戦うための力が――。
一方のエルデファルドからすれば、それ自体が最大の屈辱に他ならない。
吐血するのも構わず、身勝手な理屈を喚き散らすが、その内容を身近で訊いて黙っていられない人物が一人、甲高い声を上げた。
「じ、じゃあ、アタシはどうなんのよ!? 正妻って話は!?」
「貴様如きが僕の正妻? 笑わせるな! 側室の一人に決まってるだろ!?」
「ちょっ!? はァあああああっ!? 訊いてた話と違うんだけど!?」
「こっちは今、大事な話をしてるんだ! セフィリナの代用品の成り損ないは黙ってろよ!」
「おい! まぢふざけんなよ、テメェ!!」
「くくっ、ここまで憐れだと、呆れることすら馬鹿馬鹿しい。せめて散り際に啼いて、妾を驚嘆させてみよ!」
“勇者”、“聖女”、皇族、Sランク。
仰々しい言葉が入り乱れているが、蓋を開けてみれば若者の痴情の縺れという他ない内容だ。
深淵の聖女は美貌を歪め、若者共の歪んだ青春を嘲笑する。
「セフィリナ! もう僕には君しかいない! さあ、この手を取って!」
「みんな、みんな……アタシをないがしろにしやがって! 助けて、運命の騎士様ァ!!」
だが当の二人には、自分が嘲笑われているという自覚すらない。
これが帝国の未来を担うはずだった、次世代の英雄の姿。
あらゆる物を踏み台にして頂点にのし上がろうとした結果、本当に大切な物を見失った愚者の末路であった。
「……これ以上は結構です。もう口を開かないでください」
「ひ、っ……!?」
灼金の憤怒。
絶対零度の声音と共に、両刀身への魔力供給が勢いを増し、セフィリナは全開出力で斬り結ぶ。
「ほう、絞り出した底力か?」
「もう誰も守らなくていい。それだけです」
深淵の聖女も、セフィリナに合わせて出力を上げていく。未だ底は見えない。
ただ一つ確かなのは、斬り合いが激しさを増すにつれ、安全圏が着実に狭まっていることだけ。
「あ、アタシは……アタシは、運命の騎士様のところへ、行く、の……ゥっ、あぁっ!? は、ぎィうううぅううっ!?」
完全に自棄になって逃亡を図ろうとした瞬間、エレナの左腕が爆ぜた。
更に勢いのまま、罅だらけの地面に向かって顔面ダイブ。鼻が曲がった顔で泣き叫ぶ。
「……けるな。ふじゃけるなぁァ!! こ、この……この僕ぐわぁあああっっ!?!?」
しかもエレナとほぼ同タイミング、芋虫の如く地面を這いずっていたエルデファルドの右腕も弾け飛んだ。
黄金の勇者は、激痛にのたうち回って悲鳴を上げる。
セフィリナにとって、この二人は守るべき存在ではなくなった。
故に少しばかり残されていた安全圏の消失に伴い、戦闘の余波で肉体が破壊されたのだ。
傲慢な勇者と、欲望に溺れた聖女。
自分こそが世界の中心であり、全てが思い通りになると心から思っていた。
だがそんな二人は、本物の怪物によって、自分がただの天才に過ぎなかったという事実を、文字通りその身に刻み込まれたのだ。
これで“聖皇帝騎士団”は、名実共に壊滅した。
「■■、■■■■■■―――――」
そして約九万の戦力を備えていた第一軍も、程なく蹂躙され尽くされるであろう。
進んでも地獄。戻っても地獄。
だがそれでも、少女は突き進む。
その命が、続く限り――。
「私は……まだッ!」
「久しいな。これほど血が滾る戦場は!」
――“聖浄滅戟”。
――“崩滅魔天撃”。
聖と魔。
二つの最大極光が激突する。
◆ ◇ ◆
近代史では類を見ない超規模軍事作戦。
“神獣討伐”と名付けられた一連の作戦は、後に時代の分岐点として語り継がれていくことになる。
無論、世紀の大失策として――。
理由は明白だ。
軍事の世界においては、部隊戦力の約三割を失った時点で全滅とみなされる。
しかしガルムディア連合軍は、一〇〇万人超――全一五軍を動かした末、その七割以上を喪失した。最早、全滅どころの話ではない。
これを大失策と言わずして、何と言うのか。
挙句、聖剣の勇者と二人の聖女は、戦闘中行方不明。
筆頭侍女に蹴り飛ばされながら帰還した第三皇子も、片足を喪い、この戦いの恐怖で廃人と化してしまった。
更には、第二軍から第一五軍までを率いていた指揮官クラスの人材も、半数以上を喪っている。
つまり一世一代の大博打に出た結果、次世代、古参を問わず、冒険者・軍属の有力株の大半が戦死したことを意味していた。
これでは致命的な国力低下を、周辺国家に晒してしまうことは避けられない。
当然、帝国の大敗という事実は、大陸中を波及し、新たな嵐を呼ぶ。
自らの手で新時代の覇者にならんとする者。
過去の雪辱を清算しようとする者。
それは新たな戦争の始まりと、かつての戦争での遺恨によるもの。
ガルムディアが大きな力を有していたが故に保たれていた薄氷の平和に罅が入り、終わりのない憎しみの連鎖が蘇ろうとしている。
留まらぬ人間の欲望は、大陸を混沌へと呑み込んでいくのだ。
本来ならば、先に対処すべき狂獣の脅威すらも置き去りにして――。
もし神獣と心を通わせ、その力を纏う少年がパーティーを追放されていなければ、灼金の聖女が孤軍奮闘を強いられずに済んだはず。
彼と彼女が背中合わせで戦っていれば、少なくともここまで凄惨な末路を辿ることはなかったであろう。
だがそんなもしもは、とっくの昔に失われている。
他ならぬ皇子と、もう一人の聖女の手によって――。
しかもそんな二人によって追放された少年は、新天地で英雄となりつつあった。もう皮肉どころの話ではないだろう。
これがエルデファルドと、エレナの選択の果ての結果。
恐らくは考え得る限り、最悪の終着点。
二人は、自らの愚行によって、本来なら失わずとも済んだはずの多くの物を掌から取りこぼしたのだから――。
そして三人の聖光使いと、崩れかけの帝国の行く末とは――。
◆ ◇ ◆




