第39話 聖皇帝騎士団、崩壊【side:セフィリナ】
剣戟が舞う。
弾かれ合う刃が魔力を散らし、大空洞の天井が崩落していく。
まるで惨劇の舞踏会の主役が誰なのかを示すかの如く、二人を避けて鋭利な瓦礫が地面に突き刺さる。
全ては攻撃の余波で、二人に降り注ぐ瓦礫だけが砕け散っているためだ。
「未だ不完全とはいえ、この妾と張り合おうとは!」
「私はまだ、潰えるわけにはいかない!」
聖と魔――。
二人の聖女は、地面や壁面を蹴り砕きながら、大空洞内を俊敏に跳び回り、幾度も激突を繰り返す。
その度に艶のある長髪が舞い、目にも止まらぬ速度で剣戟が飛び交う。
鍛え上げた戦士と言えど、長髪の残像が微かに見えるか、というほどの超高速戦闘。
それは金と黒――二対の竜が、互いの喉元を喰らい合うかのような荘厳さすら抱かせる激戦であった。
「■■――――」
「く、っ……」
一方、セフィリナが敵の首魁を抑えていても、既に他に意識を向ける余裕がない。
故にこの場に残された“剛凶なる巨兵”――大地の化身たる巨兵が、誰にも遮られることなく動き出す。
他四体と同じく、狙われるのは――。
「ひ、っ……ぁっあああっ!? に、にげ……っ!」
初めて目にする神獣種。
自分たちは、こんな化物を討ち取る気でいたのか――と、現実を思い知らされた連合軍であった。
「戦う気概がある者は、やはりおらぬか。しかし無様に逃げ惑う様は、あまりに醜い。嗚呼……反吐が出る」
深淵の聖女が腕を振り下ろす。
まさしく破滅の号令。
「■、■■■■――――」
滅砲。
巨兵の瞳が煌めいた瞬間、熱波と轟音が大地を揺るがす。
眼部からの魔力砲撃。
巨兵の視線動作に追従する軌道で細い光柱が放たれ、逃げ惑う第一軍の中心を一瞬にして灼き払ったのだ。
根源的に規模が違う。これが神話の領域であった。
「――――っ、ひ……ぁ」
立ち込める黒煙の中では、数万という人間が無残な最期を迎えた、と思われたが――。
「せめてもの慈悲として、一瞬で消してやろうと思ったが……よもや弱者を守るべく、我が身を犠牲にするとはな」
深淵の聖女が言葉を紡ぐ。
眼差しの先には、刀身に魔力を纏わせているセフィリナの姿があった。
「犠牲になったつもりはありません。少し無茶をしただけです」
「ふっ、中々どうして……肝が据わっているではないか。強情な女だ」
眼砲が放たれる寸前、セフィリナは大跳躍して一時戦線を離脱。擦過する眼砲の側面に向け、斬撃魔法を発動させていた。
正面から防ぐのは困難でも、射角を逸らすだけなら――と、咄嗟の行動であったが、その機転が功を奏して最小限の犠牲で済んだと言えよう。
しかもセフィリナは、既に女性と戦える状態に舞い戻っている。見事な立ち回りだ。
「妾も認識を改めねばな。旧世代の異物と言えど、侮るなかれ……と」
深淵の聖女の眼光が鋭さを増す。
どこか遊び半分だったこれまでとは、明らかに別種の輝きを宿していた。
「ここからは、全員参加の撤退戦……」
セフィリナの頬を汗が伝う。
今はどうにか抑え込めているが、相手の力は未知数。少なくとも、全力でないことだけは明白だ。
その挙句、このまま戦っても勝てる保証はなく、烏合の衆を潰し終わった巨兵と合流された時点で、万に一つの勝ち筋すらなくなる。
無論、他四体もいつ戻って来るのか分からない。
最早勝つとか負けるとか、そういう次元の話ではないのだ。
後は生き残るために、各自の判断で行動するのみ。
つまり全員で一斉に逃げ惑い、それぞれが互いに敵の注意を引き付ける囮となる。
その間にアイテムを使って、一人でも多く地上に脱出する。
これが現状、選択可能な最善策。
第一軍の撤退戦が幕を開けた。
現にセフィリナも、自身の脱出機会を伺い始めたが――。
「ぐ――ッ!」
灼金と深淵が瞬き、猛烈に膨れ上がった魔力暴発によって、二人の身体が背後に弾かれる。
一切の隙が無く、脱出の時間など、到底稼げそうにもない。
セフィリナは内心歯噛みしながら着地したが、視界の端に思わぬ物を捉えた。
「…………あ、ぁ……あ、セフィリ……」
「借ります!」
横っ飛びしつつ鞭を避けたセフィリナは、地面に転がっている“滅煌聖剣”を器用に足に引っ掛け、深淵の聖女に向けて蹴り飛ばす。
更に肉薄。エルデファルドにはお構いなしで、未知の敵に近接戦闘を仕掛けていく。
一方、聖剣を使って虚を突いたとはいえ、この怪物染みた相手に大道芸が通じるはずもなく、あっさり弾かれてしまった――が、魔剣で弾かせた聖剣を宙に浮いたままに掴み取って一閃。
敵をも利用した、連撃に繋げる。
「ほぅ、器用なものだ」
聖剣と魔剣が鍔是り、二撃目も防がれる。だが終わりではない。
「仮にも聖女だそうなので、聖剣を使えるのは当然でしょう? それに本番は、ここからです!」
聖剣を手に見事な剣捌きを魅せる最中、セフィリナは元々手にしていた処刑鎌も戦術に組み込んでいく。
――“聖光潔鎌”。
――“滅煌聖剣”。
セフィリナは、二振りの得物に聖光を纏わせ、無理やりにでも突破口を開こうというのだ。
「ふっ、面白いッ!」
だがもう一人の聖女は、動揺した素振りもなく迎え撃つ。
魔剣と鞭が深淵を宿し、二人の応酬は激しさを増すばかりであった。
「ひっ!?」
「う……く、ぁっ!?」
聖と魔が幾度も炸裂し、“聖皇帝騎士団”の三人は、震えることしか出来ない。
隊列から離れているため、巨兵の攻撃にこそ巻き込まれていないが、その代わりに間近で最大の恐怖を味合わされているのだ。
「――――ぁ、っ」
そんな戦いの最中、突如ベラの腰から下が消失した。
残された身体は、壊れた玩具の如く、エレナの前を二度、三度と転がり、地面に投げ出される。
エルデファルドとエレナは、何が起こったのか分からず、その光景を呆然と眺めていた。
自身の目的のため、セフィリナは“聖皇帝騎士団”を庇いつつ立ち回っていた。
故にその場でじっとさえしていれば、こんな惨劇は起こらなかったのだが、ベラは恐怖に耐え切れなかった。
あろうことか戦っているセフィリナに縋りつこうと間合いを詰め、当たるはずのない斬撃によって重傷を負ったのだ。
完全なる自業自得である。
「い、いやァァっ、っっ!? あーし、し、じにだぐない……ィ!!」
しかしベラ本人は、顔中から体液を散らして叫び狂う。
余りの恐怖と痛みで、完全に正気を失っていた。
「醜い。それだけで罪だ」
「へ……ぅ――――」
一瞬、光が奔った。
否、迅過ぎて黒い光と化した鞭が振るわれ、首から上が消失したのだ。
ベラは一瞬で絶命し、もう誰なのか判別すら出来ない物言わぬ肉塊だけが残される。
次期皇帝候補のお目付け役という勝ち組人生を確約されていたはずが、あまりにも無残な最期を迎えたと言えよう。
「べ、ベラ!? こんなっ、うそだ!? 嘘だァ!? 返事を、返事をしてくれェ!」
「もうやだぁ! おうちかえりたい!」
「実に滑稽。無様過ぎて愉悦すら覚えんぞ!」
「……っ!」
聖剣で魔剣を押し返しながらも、セフィリナの焦燥だけが増していく。
エルデファルドは家族同然だったベラの死に涙し、エレナは幼児退行して漏らしながらギャン泣き。
ぼさっとしていないで、さっさと逃げてくれ――という、セフィリナの願いは、悉く通じていないようであった
「■、■■■――――」
「お、俺より先に逃げるんじゃない! おれ……いや、あ……将軍足る、この私を誰と心得て……っ!」
「そんなのどーでもいいわよ! 今言うこと……って、あひ、っ、あああっ!?」
「くそっ、またやられた!? 俺……俺は、死んでたまるかよ! 絶対に生き残るんだ! さっさと、どけよォ!」
しかも第一軍も、想定以上に役に立たない。
周囲の髪や腕を掴んで引きずり倒し、身体を踏み付け、互いを罵倒し合い、我先にと逃げ出すべく、身内と戦っている有様である。
いくら撤退戦と言えど、これでは囮にすらなっていない。
巨兵が戻って来るまでの時間は、想定より大分早まったと見るべきだろう。
これでは本当に、ただの蹂躙。
戦いすら成立していない。
理由は明白。
この集団には、致命的な物が欠けているからだ。
それは信頼して背中を預けられる仲間の存在。
名誉を求め、面倒事は他人に押し付ける。
こんな他責思考の持ち主が何人集まっても、意味がない。絶命の危機に陥れば、我が身大事で誰も守れないのだ。
巡り巡って、自分自身すらも――。
やはり連合軍は、烏合の衆。
加えて、一人で出来ることなど高が知れている。
せめて後一人、頼りになる味方さえいれば――と、セフィリナは現状を呪った。
もしエルデファルドが聞けば、それは最強の力を持つ自分だと、未だに胸を張って断言するだろう。
だがセフィリナの脳裏に過ったのは、エルデファルドとは似ても似つかない、かの少年の後ろ姿だった。
「――リオス・ファランクス」
「な、ッ!?」
「正直もう、無事に帰れそうもありません。なので、全てを聞かせて貰います。今、此処で!」
彼が此処に居ないのなら、せめて真実だけは――。
セフィリナは処刑鎌を正面に突き出し、刀身の逆刃――刃が弧を描く外周で魔剣を受け流しながら言葉を紡ぐ。
一方のエルデファルドとエレナは、それぞれの驚愕によって表情を一変させる。
全ての始まりとなった一つの嘘。
裏切りの果ての選択。
今その全貌が、白日の下に晒されようとしていた。




