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第八章 園子怒りの眼鏡全反射

 第八章 園子怒りの眼鏡全反射


「ストップです」

 しかしジェーンが園子の後ろから抱き着くことによって阻止する。


「うちがいない間、何があったん?」


 思わずなつきは口走ってしまう。


「うーん、なつきお姉。そこは、あんちゃったぶる。それはもう解決した事だし。もう乙女の秘密になっちゃってる。終わった事なんだよ」


 道代が指を立てて横にふりふりしながら言った。


「なんやようわからへんけど、園子が切れ気味になるのもその理由があるからやな。まあでも、ええわ。何があっても園子は園子。神さんの前に平等や」


 なつきは園子と握手をしようと手を差し出す。



「なつき……」


 園子も手を差し出す。


「手ぇ、柔らかなったね。大人の女性って感じやわ」


 なつきは、からかうような表情を見せつつも、園子に対し明らかに羨望の眼差しを向けていた。



「太ったとでも言いたいの?」


 園子は自由な方の手でメガネをずらし、鏡面を全反射させた。なつきと会わない間にたわわに成長した胸がプルンと揺れる。


「あ、恥ずかしがってる!」


 道代が園子の方を指さしながらけらけらと笑う。


「そのぐらいにしておいた方が」


 ジェーンは無表情に忠告する。


「道代は、一週間おやつ抜きか、地獄のお勉強部屋のどちらかを選びなさい」


 園子は冷酷に宣言するが、その頬はピンクがかっていた。


「「地獄のお勉強部屋! 90点取れるまで出られません」はやめてぇ! でもおやつ抜きはもっと嫌あ!!」


 何かを思い出したのか床にへたり込んで泣き叫ぶ道代。


「結局勉強の方を取った道代は、ガッツがあると思いますよ」


 ジェーンは道代の手を取って立ち上がらせる。


「まあ、今日は気分がいいから勘弁してやるわ」


 そう言ってから園子は、メガネを元の位置に直した。


「気分次第とか。ぼ、暴君じゃん! むぐう、放して、ジェーン!」


 怒りのあまり叫んでしまう道代。ジェーンが口を塞ごうと後ろから拘束を試みたが遅かった。


「ほほう」


 もう一回、メガネをキラーンとさせる園子。


「思ったんやけど!」


 大声を出す未央。


「どないしたん未央?」


 少しだけ会話の外に置かれて手持無沙汰のなつきは、未央の言葉に食いついた。


「なつきお姉ちゃんは、シスターやけど、ファーザーやなって!」


 ニコニコしながら未央は言い放った。


 「うちはシスターやから、神父さんと違うよ?」


 混乱するなつき。


「多分、お父さんかお母さんかって言いたいのだと思うわ」


 園子の分析メガネ(¥3,980)がキラリと光る。


「なんでシスターなん? おかんやったら、マザーやろ」


 なつきは、新たな疑問に首を傾げる。


「私達の年齢に配慮してくれたのだと思います」


 ジェーンがしずしずと切り出した。


「そうよね、未央ってそういう子よね!」


 賛同する道代。


「うちは、おかんやなくておとん? 男っぽいって、自覚はあるけど、いきなり言われたらちょっとショックやなあ」


 思考の泥沼に沈んでいくなつき。


「気にする必要はないわ。あんたは、情理的な面では十分シスターの仕事ができるでしょう。勉強しなくてもできる範囲で誰かを救う事は可能なんだから。この言葉は、むしろ私に贈られたもの。そうでしょう?」


 園子は未央の表情を探った。


「せやで。うちにとっては、園子お姉ちゃんこそが、おかんやって言いたいねん!」


 そう言ってから未央は、園子の腰辺りに抱き着く。


「未央ちゃん取られてもうた」


 わざとらしくすねるなつき。


「安心するがいいよ! なつきお姉には、私達がいるって!」


 白い歯を見せながら親指で自らを指し示す道代。


「それは威張りながら言う内容なのですか? あ、ちなみに私もいますので」


 スカートをしゃなりと持ち上げてお辞儀をするジェーン。


「あんたら。うちは今、猛烈に感動してるで!」


 なつきは、腕を大きく広げ、道代とジェーンの両方を抱きしめる。


「このパワー! 園子お姉にはないものだね! 園子お姉は、淡白だし抱き着いてくるなんてことしないしね!」


 道代は、抱きしめられながら思わずサムズアップしてしまう。


「私達を育ててくれたのはなつき。あなたに他なりません」


 ジェーンは、抱擁に答えるようになつきの体に手をそえた。


「あんたらああああ!」


 ぶわっと涙を流しながら、なつきは力いっぱい二人を抱きしめる。


「コンコン」


 そんな中、神の国の扉が叩かれる。


「ご歓談中申し訳ありません。私です」


 扉の向こうから呼びかけるその声はシスターの物だった。


「シスター、どないしはったん?」


 道代とジェーンを抱きしめながらなつきは大声で問い返した。


「ああ、なつきさん。あなたに用があったのですよ」


 カラカラとドアが開く。


「きゃあ、恥ずかっしい!」


 シスターの視線を浴び、嬉しそうな叫び声をあげた道代。


「道代! そのようなことを言われたら、こちらも恥ずかしくなってきます!」


 両掌で顔を覆うジェーン。


「違うんです!」


 顔を真っ赤にしながら、抱きしめていた未央から距離を取る園子。


「大丈夫やで、みんな! 仲がええのは問題ない!」


 そう叫ぶなつきの顔も紅潮している。


「でも、破廉恥よ!」


 園子は、ビシッと指摘した。


「いえ、隣人と仲良くすることは良い事です。あなた方は人の目に触れない場所で行っていたのですし、姦淫にも至らない行為で誰が責めましょう。悪いのは確認もせずに入った私なのです」



 尻を下げて、しょんぼりした表情を見せるシスター。


「シスターは悪くないで! うちらが騒ぎ過ぎたわ」


 なつきはやっとの事で二人を解放した。


「シスターの涙は見たくないって、気持ちはわかるけど! なつきお姉、玉虫色!」


 解放されながら叫ぶ道代。


「確かにこのままでは、抱擁はいい事なのか悪い事なのか判然と致しかねますね」


 ジェーンは道代の言葉を受け、顎の裏に指を這わせながら思案に入る。


「ハグして気持ちを確かめ合う事はええもんや。その心を捨て去るのは神さんの御心やないで。知恵をもらってしまったからこそ、うちらは恥ずかしいんやから。恥ずかしいのも人間、恥ずかしい事をしたいのも人間や」


 なつきはジェーンと道代を交互に見ながら白い歯を見せて笑った。


「そ、そんな事よりシスター、なつきに何か用があったんじゃないの?」


 園子は慌てて話題をそらした。


「ああ、そうでしたね。皆さん、なつきさんは借りていきますね」


 シスターは細い目を少しだけ開いた後、なつきの方へと手を伸ばした。


「よっし、お仕事やね! うち、頑張ってくるから!」


 右腕の力こぶを強調しながら、なつきはいきまく。


「では、いきますよ」


 シスターは部屋から出ていこうとする。


「行ってらっしゃい、頑張ってね!」


 道代がぽよんぽよん跳ねながらなつきを応援する。


「ほいほい!」


 なつきは手を振りながらシスターの後を追うのだった。











































































































































































































 十五分ほど後の事。場所は変わって、園の執務室。なつきは、シスターと二人きりで部屋の中で話をしている。

 「なるほど。家計は火の車って奴やね」

 ふむふむとうなずくなつき。

 「修道院の置かれた状況を、理解していただけたようでなによりです」

 シスターは、修道院長から聞かされた院の経済的に逼迫した状況をかみ砕いて説明していたのだが、内心はなつきに理解できるものか不安だった。しかしそれも杞憂だったようだ。

 「何をすればええん? 無駄を省いていくって奴やんな」

 なつきは、考え込むが元よりあまり難しい事を考えるように頭ができていない。すぐに頭痛がして顔をしかめる。

 「ええ。清貧を志していこうと思います。まずは食費、衣料費から考えていきましょう……」

 シスターは、少し厳しい顔をしながら帳簿を取り出した。

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