第九章 人はパンだけでは生きられないので聖戦します!
第九章 人はパンだけでは生きられないので聖戦します!
「園子ぉ!」
ガラッと神の国の扉が開く。
「何よ、なつき。半泣きになって。また勉強で分からない事があったのかしら?」
皆と仲睦まじくお茶を嗜んでいた園子は、底意地の悪い微笑を顔に張り付けてなつきを出迎えた。
「せやねん! うち、帳簿なんて見せられてもようわからん!」
園子の言った通り、なつきの目尻にはキラリと光るものが飾られている。
「話が見えないわ」
髪をかき上げながら首を傾げる園子。
「そやから、おやつがあかんねん!」
机をバーンと叩くなつき。
「落ち着いてください、なつき」
いつの間にかなつきの傍らに立ち、進言をするジェーン。
「そうよ、お菓子がダメとか? 聞き捨てならないし!」
机に手をついて立ち上げる道代。
「おやつ、取り上げられるん?」
未央が大きなクッキーを胸に抱く。
「ああ、なるほど。経費削減でもされたと。私達の食費にもそれが及んだってことね」
園子は一人で納得した。
「お菓子が取り上げられるって、本当? どうしてよ?」
なつきに詰め寄る道代。
「えっと、それは! どうだっけ?」
なつきは、道代の体を受け止めながらも必死で思い出そうとしている。
「本当に鳥頭よね、あんた。どうせ帳簿の内容も頭に入ってないでしょう」
園子は腕を組んだ。
「うんうん」
素直に首を縦に振って答えるなつき。
「そんなキラキラした顔で答えるんじゃないわよ全く! もういいわ、シスターの所に行ってくる!」
肩を怒らせて部屋を出ていく園子。
「バーン!!」
盛大な音を立てて閉められる扉。
「園子。そんな音立てたら迷惑やで!」
なつきに、悪意はない。それはただの忠告。
「ええ加減にせえ! ボケ!」
園子のめったに出ない去り際のネイティブスピークに肩をすくめる子供達だった。
そして十分後園子は帰ってきた。
「何よ。建物の修理代に充てられるみたいじゃない。必要な事だってわかったわ。細かい所を今から説明するから、静かに聞いてなさい。特に道代」
園子は道代をチラリと見た。
「何? やっぱりお菓子なの? お菓子なの?」
初手から混乱してしまう道代だった。
「静かに! 一応シスターも鬼じゃない、お菓子代を全額削除するというわけではないの」
道代を目線で黙らせてから言葉を続ける園子。
「全額? 半額?」
それでも道代は涙目だった。
「ああもう、うるさい。七割は保証してくれたわ。ただし、イベントに出す分は無しにして貰うとのことよ」
園子はこめかみをピクピクさせながら言った。
「おお、よかったやん! おやつは存続できるんとちゃうん? って、何膝ついて天を仰いでるん!?」
なつきは道代の様子にびっくりしてしまう。
「そんなー。ブッダもイエスもないよー!!」
床に膝をついて叫ぶ道代。ついには可愛い子ブタのように泣き出してしまう。
「仕方ないですね。内情をお話ししましょう。バザー分の材料も一括に大量購入する事でお安く仕入れることができていたのです。もちろん園の子供達向けての安さでもあったのでしょうが」
一向に泣き止まない道代の代わりに説明をするジェーン。
「なるほど合点がいったわ。妙にいい品質のお菓子が出てくると思っていたのよ。ハンドメイドよりレディメイドの方が安くすむでしょう。そちらに切り替えるしかないわね」
園子は泣き叫ぶ道代をチラリとみてからすぐに目をそらした。
「今日で道代お手製のクッキーはおしまいになりそうですが、仕方ありませんね。お茶会を続行しましょう。なつきもどうぞ」
ジェーンは、なつきのためにティーカップを用意し紅茶を注いだ。
「ありがとうな」
紅茶をきめて満面の笑みになるなつき。
「他の方もどうぞ」
空になったカップにもジェーンは紅茶を注いだ。
「ありがとう、いただくわ」
園子は紅茶を口に含み、クッキーに手を伸ばそうとした。
「あかん!」
未央の激しい制止の声。
「どうしたの未央?」
園子は目を丸くした。
「それが無くなったら、道代お姉ちゃんのクッキーがお亡くなりになってまう! そんなのいやや!」
未央はチョコチップの入った大判のクッキーを胸に抱きながら叫ぶ。
他の面々は、それに対して何も言えない。沈黙の時が訪れた。
「彼女なりに事態を把握しているのですね」
ジェーンはぽつりと漏らす。
「未央ちゃん! 食べてあげて」
道代が泣きはらした顔を未央の顔に擦りつけながら叫ぶ。
「なんで? 道代お姉ちゃんのクッキーもうないんやろ?」
未央は、クッキーをテーブルの上に退避させ守った。
「ねえ、未央ちゃん!」
未央の顔から少し距離を取って、道代はその両肩に手を置く。
「どうしたん?」
少しだけいぶかし気な未央の表情。
「そのままにして食べられなくなったら、クッキーさんにも悪いじゃん! だから食べてあげてよ!」
道代は、テーブルに置かれたクッキーを未央に手渡す。
「……うん! わかった!」
満面の笑みでクッキーを頬張る未央。
「可愛ええなあ」
リスのようにカリカリモグモグする未央を、蕩けた表情で堪能するなつき。
「同意するわ」
お茶で湿った自らの唇をぺろりと舐める園子。
「グッジョブです道代」
腰のあたりで目立たないように親指を立てるジェーン。
「これは……」
道代は、がぶがぶと紅茶をきめ、フヌヌと考える。
「どうしたのですか道代」
ジェーンは道代のカップに紅茶を注ぐ。
「ゴクゴク……ぷはあ! そうだ! 聖戦よ!」
道代は、ジェーンから注いでもらった紅茶を一気飲みしてから、天啓が降りてくるのを感じた。
「はあ? 聖戦!? 別になつきが悪いと思わないけど」
園子が口を挟む。
「それでも形の上では、なつきお姉が私達にこの重荷を背負わせた事には変わりはないじゃない!」
ゲンコツを固めて高らかに宣言する道代。
「道代……」
なつきは道代の顔をじっと見つめた。
「なんなの? 問題でもある?」
道代は、鼻でフンと息をしながら強がる。
「いや、ええ案やなあ! そうか! じゃあうちは敵役になればええん? クッキーの花が咲かんよう、実をつけんようって呪うようにお願いするかも知れへんで?」
嫌らしく笑うなつみ。
「それ偉い天使のやった事でしょう。さすがにあんたレベルでは無理な奇跡でしょ!? それにクッキーの花って何?」
園子は頭痛に顔をゆがめながらもつっこんだ。
「聖戦というのも無茶です。考え直してください道代」
ジェーンは道代にやめるように進言した。
「園子お姉。半数が賛成すれば、聖戦は成り立つんだったよね? だったら」
道代は意味ありげに未央の方を見る。
「なるほど! 頭ええなあ、道代は! 未央ちゃんの賛成が得られればええってことやな!」
なつきも未央の方を見る。
「馬鹿な事を考えるんじゃないわよ、未央。物事は合理的に。世の中に仕方ない事はあるものなのよ!」
園子も未央の方を見ながら叫ぶ。
「うん! きめたでー!」
未央は両手を上に揚げながら即決宣言した。
「もう少し考えてから答えを出しても良いのですよ?」
嫌な予感がしたジェーンは未央の発言を遠巻きに遮ろうとする。
「泣いてる人がおるんやから。現状に反逆する事に決定やで!」
いいこと言ったと胸を張る未央。
「未央ちゃん!」
目をウルウルさせながら未央に抱き着く道代。
「やれやれ、仕方ないわね」
園子は、腕を組みなつきの方をキッとみやる。
「な、何や園子?」
なつきは、園子の眼圧にひるんでしまう。
「聖戦を宣言するわ!」
道代が横合いから口出しをした。
「まあ、あんたが始めた戦いだものね。落としどころまでキチンと決めなさい」
出鼻をくじかれた形にはなったが、園子は道代に役目を譲った。
「そうね。終結は普段通りお菓子を作る事ができるようになるまでよ!」
そう宣言してから、道代は最後のクッキーを平らげる。
「と言うわけで。ヒャッハー!」
未央がなつきの方へと走る。
「まあ、お帰り頂くのが道理というわけですね」
ジェーンが神の国の扉を開き、その傍らで待機する。
「いやいや。そんなことせんでも出ていくから」
未央に追われたなつきは、ジェーンが開いた扉の向こうにある廊下に飛び込む。
「あんたら、こんな可愛いのをけしかけるなんて卑怯やわ!」
神の国側に向き直り、なつきは捨て台詞をはく。
「一昨日きやがれっていうのが定型句じゃん!」
道代がなつきの去った後に恐る恐る中指を立てた。




