12 お外で料理
「こないだ、修法が原で明さんに会ったよ」
学校でユキから珍しいものでも見たように報告を受けた。
母親は時々、ふらっと山へ登る。
登ると言っても、家から歩いて行って、その日のうちに歩いて帰って来れる近さで、標高1000mもない低い山ばかりである。母親にしてみれば、周辺の山は庭の延長みたいなものなんだと思う。たぶん。
小さい頃は、時々、連れて行かれた。
もう殆ど覚えてないけれど、花やらトンボやらカエルやら鳥やら、いろんなものを教えてくれた。おかげで保育園の時はカナヘビを手掴みしていた・・・今は家の中に入ってきた虫を追い出すのも嫌なくらい、小さな生きものが苦手な普通の女の子なのは、良かったような残念なような。
話が少しずれたが、そんな訳で、修法が原で母親を見かけたとしても別に妙なことではない。どちらかと言えばユキが修法が原に行ったことの方がよっぽど珍しいと思う。
「時々、ひとりで近所の山をフラフラしてるねん」
「へぇ。そういう趣味があるんや。どおりで手慣れてると思った」
ユキの姉は東京の大学に進学して普段は家にいない。先日、久しぶりに帰ってきたから、車で一緒に遊びに行ったとのこと。お手軽にキャンプ気分を味わいたかったらしい。
「小さなバーナー持って行って、現地でリゾット作って食べようと思っててんけど」
修法が原は、そういうことができる場所だ。大々的にバーベキューとかやったら流石に嫌がられると思うけれど、ワンポットで何か作って食べてる人はちょくちょく見かける。
「バーナー、使うん、超久しぶりで。お父さんはいつも簡単にやってたから大丈夫やと思ててんけど、うまく組み立てられんくて苦戦してたん」
ユキとお姉さんがバーナーを組み立てられなかったのは、単に、燃料と五徳の間にはめ込まなければならない部品を見落としていただけだったらしい。
通りがかった明さんに挨拶したついでにバーナーのことを聞くと、すぐに組み立ててくれて、料理も上手で、お姉ちゃんも感心していたとユキは微笑んだ。
「料理までやったん?」
あんまり知らない人と関わりたがらない母親だから、バーナーがちゃんと動くのを見届けたら、さっさとその場を離れそうなのだけれど。
「うん。お姉ちゃんが私の彼氏と勘違いして、妙に気ぃ回して引き止めてもたから」
申し訳なさそうにユキが言った。後で、友達のお兄ちゃんで彼女も居るって説明しておいたから大丈夫だと力説するユキに「本当は私の母親で、私の父親たる夫がいる既婚者」というのが正しいとは当然言えず・・・黙って頷いた。
「明さんも何か作って食べるつもりやったみたいで、ごはんと切った野菜とウィンナー、持って来てたから、もう一緒に作ろうって」
これで、いつの話なのかが分かった。
この間の土曜日は、父親は出勤で、私も遊びに出ていた。母親が昼食用の食材を持ってふらっと山に行っていても不思議じゃない。母親も鍋兼食器のアルミの容器や小さなバーナーを持っている。そう言えば、日曜はリュックや帽子が干してあったな、と思い出す。
「水とか調味料とか目分量で入れてて、正直、はじめは大丈夫かなって思ったんやけど、出来上がってみたら美味しくてびっくりした」
そりゃ、主婦歴が20年くらいあるもの。洋風の雑炊を作る勢いで適当に作ったとしても、そこそこのものが出来上がるだろう。大して失敗しそうな料理でもないし。
「アウトドアの時の料理って男の人の方が張り切ったりすることない?ほら、バーベキューとか」
話を横で聞いていた角田さんが口をはさんだ。
「うちも、肉焼くのは、お父さんやったなぁ」
ユキが同意する。小学生の頃にちょくちょくオートキャンプに連れて行って貰っていたらしい。お母さんが下拵えした食材をタッパに詰めて、現地でお父さんが料理して食べるというパターンが多かったそうだ。
「お母さんは後片づけというか、家に持って帰って洗うモノの量を減らしたくて、なるべく持ってくものを減らそうとするんやけど、お父さんは張り切っていっぱい持って行きたがってな」
ユキはクスクス笑う。
バーナーは食後のコーヒー用のお湯を沸かしていたそうだ。インスタントコーヒーではなく。さすがにサイフォンじゃなくてペーパーフィルターだったらしいけれど。すごいなぁ。
うちも、キャンプでの料理となると、父親が主導権を握っていたと思う。パエリアにしよう、とかメニューを決めるのも、竈を作るのも、火を熾すのも、調理とか火加減を調節するのも・・・と話をすると、何となく引かれていた。
「もしかして、薪?」
角田さんが確認するように言う。キャンプで焚火ってそんなに珍しいのだろうか?うちの両親なら、キャンプ場で売ってる薪じゃなくて、山で拾ってきた枯れ枝とかでも何とかしそうな気がする。
「うちは炭がメイン。バーナーはガスやけど」
「うちはバーベキューもガスやったで」
「そっか。明さんも鍛えられたんやねぇ」
どおりで手際が良かったと独り言ちるユキに、母親は鍛えた方であって鍛えられたのは私だとは言えず、曖昧に笑って誤魔化した。




