第十二章
「必要なのは複製なんだ」
レフティの手を離すと、アルベルタは少し目の吊り上がった真剣な表情で言った。レフティは普段は下がりがちな眉を上げ、同じくらいに真剣な表情でアルベルタの目を真っ向から眺めている。「原本を失うわけにはいかない。だけど、これが最下層に留まっている限り、この設計図にはなんの有用性もない」とアルベルタが少し早口になりながら言うと、レフティは顎に手を当てて少し目を逸らせてから、「懸命な判断だと思います」と再びアルベルタの双眸を見た。
「それがあんたに可能かどうか、というのが問題なんだ」
アルベルタはそう言いながら、今度は自信のなさそうな表情で少し上体を倒しながらレフティと目線を合わせようとした。その真剣な――そしてスニッチに言わせれば、つまらない――会話の連続に、スニッチは円卓のテーブルに戻って後ろ向きのままテーブルに飛び乗る。飛び乗ってから、二人のことを見たままスニッチは素足をぶらぶらとさせていた。レフティは今度はちらりと設計図の方を見ると、慎重に思案するようにたっぷりと時間を置いてから、「時間はかかります」とアルベルタに向かい合った。
「不可能ではありません」
「それは本当なんだね」
レフティの言葉に、アルベルタはみるみるうちに目を輝かせ、子供のような顔つきで上ずった声を出した。「な、おれの親友はすごいだろ」と得意げに鼻を擦っていたスニッチにもアルベルタは目をやり、「あんたに出会えたのは本当に幸運だよ」と興奮の冷めやらない高い声で続ける。アルベルタは今にも踊りだしそうなところを抑えているとばかりに立っていて、終始黙って部屋を囲んでいたレジスタンスのメンバーたちも、ざわざわと話し声を立てていた。
「早速取り掛かってもらうことは可能かな」
短い間でも、スニッチの知るアルベルタはリーダーらしくいつも自信に満ち溢れていて、そして決して誰かに屈することはないように見えていたが、アルベルタは今度こそ膝に手を置いてしっかりとレフティに目線を合わせると控えめに聞いた。レフティはぐいと顔を近づけてきたアルベルタに半歩ほど後ろに下がったが、「可能ですが」と元の小さな声で言った。
「これに取り掛かっている間の食料なんかは、どうなるのでしょうか」
「わたしたちに取ってこれるものならなんでも提供するよ。あんたは複製に集中してくれればいい」
そう聞くと、レフティはすっかり弱々しい顔に戻ったものの、「では最低でも紙とインクが必要です」と再び自信を覗かせた声で言い、「でも最下層に紙なんて――」と言いかける。アルベルタは再びすくりと上半身を上げて胸を張ると、メンバーの一人に再度支持を出して黄色くなって端のボロボロになった紙の束とインクを持ってこさせた。メンバーがそれらを丁重に設計図の隣に置いたので、スニッチは慌ててテーブルが飛び降りると紙とインクをしげしげと眺めた。
「設計図の複製はもとから計画にあったからね。十分だと思う」
アルベルタの言葉を最後まで聞く前に、レフティはテーブルに駆け寄ってスニッチと頭をくっつけるようにして紙の束に目を輝かせた。「これはすごい」とレフティはため息のように言ったが、スニッチにはただ珍しいだけで、レフティが何に感動しているのかはよく分からずにいた。「インクが乾いてしまっていないといいけど」と二人の背後に迫るアルベルタに気づかず、レフティは即座にインクのキャップを外すと中身を揺らすようにする。「乾いてはいないと思います」とレフティはアルベルタを振り返ることなく興奮した声で言い、今度はインクに付属していた錆びきったペンを手に取ると、ようやくアルベルタを見て「では、お借りします」と鼻息を荒くして答えた。レフティはそれからすぐそばにあった円卓の椅子に義足とは思えない早さで腰掛けると、設計図、紙とインク、ペンのすべてを引き寄せて複製に取り掛かった。スニッチはその様子を見ながら唇を突き出して遊んでいたが、「フクセイを作ったら、次はどうするんだっけ」とすぐそばにいたアルベルタに聞いた。
「まずは下層に向かう。これはそこまで危険な行為じゃない。下層のレジスタンスと合流して、この設計図の複製を元に次の計画を練る。そこから上層を目指す」
「じゃ、今の時点では何とも言えないってことだ」
悪びれた様子もなくそう言うスニッチを、アルベルタは咎める様子もなかった。どちらかというとお手上げだとばかりに微笑みながら首を振って、レフティの背中に目を注いだまま「でも、あんたたちが希望の光になるかもしれない」と聞き取れないほど小さな声でこぼした。スニッチはといえば、目も耳も良かったので、その言葉を聞き逃すことはなかった。
「当たり前だろ。おれたちをそんじょそこらの最下層の人間と一緒にしてほしくないね」
スニッチは胸を叩きそうな勢いで、代わりに両手を腰に当てると、ふんと一度大きく鼻を鳴らしてアルベルタを見た。アルベルタはそんなスニッチを見るとついにくすりと笑うと、「そうかもね」と言ってから、一心不乱にペンを動かすレフティの背中に目線を戻す。「そうであってほしいね」とアルベルタはもう一度何かに願うように言った。




