第十一章
話が決まったと同時に弾かれるようにテントから出たスニッチの後に続いたレフティは、二メートルほどあるのではないかと思われる大男に目を見開いてぎょっとした。レフティの片足はまだテントに入っており、スニッチはともすれば素早くテントに逃げ帰りそうなレフティの洋服を掴んでそれを制止する。レフティはそれでもアダムと目を合わせないよう最新の注意を払って虚空を見ていたが、スニッチはアダムと目を合わせると、レフティの洋服を掴んだまま引っ張るようにして歩き出そうとした。アダムは視線が合うなりくるりと身を翻し、レフティはしばらく恨みがましくスニッチを睨んでその場を動かないでいたが、スニッチが何度も強く自身の洋服を引っ張るのに諦めたように大きなため息をつき、肩を項垂れさせてから大きく息を吸い込むと、目線を少しばかり前に向けてテントから一歩を踏み出した。スニッチはレフティについてくる意思があることを確認すると、レフティの洋服から手を話してアダムの後ろをついていった。
スクラップヤードの奥にあるレジスタンスの根城に辿り着くべく歩き出した一行は、アダムを先頭に一列に並んでいた。早くはないが大股で歩くせいでどんどん離れていってしまうアダムに、スニッチはレフティをちらりと振り返ってから「もう少し遅く歩けないかな」と聞く。アダムはその声に少しばかり首を回すと、特に何も言わずに歩幅を縮めた。レフティはといえば、もう周囲の環境に怯えた様子は見せなかったものの、疑り深く細めた眼差しでスニッチ越しにアダムを見ている。時折様子を伺うようにレフティを振り返っていたスニッチは、「そんなに怖い人じゃないぜ」と小声で言ったが、レフティは信用ならないとばかりに返事をしなかった。やがてスクラップヤードに着くと、レフティにも思うところがあったようで、歩みを止めないアダムとスニッチを余所に、一人スクラップヤードの前に立ち尽くしていた。ここまで片手に持ち続けていた雑誌を見下ろすと、スクラップヤードの山を見上げ、再び虚ろな目になる。勝手にレジスタンスの根城へ続くドアを開けに行こうとするアダムと、止まってしまったレフティの間にいたスニッチは慌てふためいてレフティの服を引っ張ると、半ば引きずるようにしてアダムに追いついた。その間も、レフティはされるがままに歩いているだけで、目線はずっとスクラップヤードに注がれていた。
アダムが何がしかの言葉をドアに呟くと、ドアは人が滑り込めるだけの広さで開き、アダムが窮屈そうにそこに入った。スニッチも軽々とそこに滑り込むと、洋服を引っ張ってレフティも中に引き込む。レジスタンスの根城になっている部屋は、スニッチにはもうどこか懐かしさすらある場所になっていて、スニッチはふうと小さくため息を着くと口を三日月形にして自慢げにレフティをアルベルタの前に押し出した。
「連れてきたよ」
「よく来たね」
スニッチの言葉に、アルベルタはレフティにそう言ったが、レフティは部屋の中を検分すると、腕まで折り曲げて小さくなった。「とって食おうってわけじゃないさ」とアルベルタはその様子に大きく笑って付け加えたが、レフティはじろりとアルベルタを上目遣いに見るばかりだった。アルベルタはその様子にも特に気分を害した様子はなく、口角を上げたままテーブルの上に広げられたままの設計図を指差すと、「あんた、これを読んでみてくれよ」と少し早口な上気した声で言った。レフティは素直に設計図の方を見ると、再びアルベルタを見て、身体を縮めたままそろりそろりとテーブルに近づく。アダムはさっさと所定の位置に戻り、壁に背中を預けていたが、スニッチはお得意の跳ねるような動作でレフティの横についた。レフティはしばらく身体を縮めたままだったが、そのうち腕を緩めると真剣な顔つきになり、眉間に少しばかり皺を寄せて設計図を睨んでいた。アルベルタはその様子を、少し離れたところから静かに見守っていた。
「この設計図、前後があるはずです」
設計図を睨んでいたレフティはしばらくしてからすっと顔を上げると、凛とした声でアルベルタを見た。レフティから数歩離れた場所にいたアルベルタはその言葉にはっと目を見開いてみせると、すぐに別のメンバーに指示を出して紙の束を件のキャビネットから出してこさせた。それは設計図に目を戻していたレフティの横に恭しくゆっくりと置かれ、レフティはその紙の束を見ると少しばかり目に光を灯した。再びアルベルタに振り向き、その紙に触れる許可を無言で得ると、レフティは薄い紙を慎重に一枚一枚捲り始める。スニッチもその紙の束を覗き込んだが、大量の文章と大小異なる図が描かれていたものの文章の割合のほうがずっと多かったので、スニッチはすぐに紙束から目を離すと広げられている設計図のほうを退屈そうに見つめた。
「読めないわけではない」
慎重に紡がれたレフティの言葉に、いかがわしいものでも見るようにレフティを見物していたメンバーたちの顔が少し変わった。アルベルタは数歩レフティのほうに歩み寄り、「どこまで読めるんだい?」と声を低くして聞く。レフティは周りを囲むメンバーのことも、アルベルタのことも忘れてしまったように設計図を見ていた。
「ところどころ分からないところがあるけれど、前後の文脈で想像することはできると思う」
取り憑かれたように設計図を見ていたレフティの横で、スニッチは「やっぱりきみはすごいよ」と場違いなほど大きな声で言いながら、テーブルに手をついてぴょんぴょんと飛び跳ねる。レフティはゆっくりとアルベルタを振り返ると、「本当に最上層に辿り着けるんですか?」と静かに冷静な声で聞いた。
「絶対に、とは言えない。スニッチにも話した通り、我々の計画はずっと失敗に終わっている。でも、この設計図が読み取れた今、状況は変わるかもしれない」
アルベルタはレフティのトーンに合わせるように、ゆっくりと一音一音を発声した。レフティは一瞬だけまた設計図に目を落とすと、今度はしっかりと身体ごと振り返ってアルベルタの目をまっすぐに見た。
「レジスタンスのメンバーになる気はありません。でも、この設計図に関して、手伝うことはできます」
「お友達と違って慎重な子だね。ただ、礼を言うよ。それから、あたしたちがあんたに見合った報酬を与えられるように尽力する」
「地上に出るってことだ」
たっぷり時間をかけて言葉を交わしていたレフティとアルベルタの間に、スニッチは割り込むようにして――そして実際に割り込んで――両手を広げると、輝く笑顔でアルベルタを見、それからレフティを振り返った。レフティの顔は真剣なままだったが、アルベルタは少し顔を緩めると、「そうなるといいけどね」と穏やかに言う。それからアルベルタはスニッチにしたようにレフティに握手を求めると、レフティはその手をじっくりと眺めてから、ゆっくりと手を上げてアルベルタと握手を交わした。




