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怒り

 結局、最初に塗った所はそのままにして、私は続きを始めた。

今度は慎重に、丁寧に、ローラーを転がしていく。


(やっぱり、全然進まない……)


 私の中で、フツフツと怒りが沸いてくる。

本当にこんなことがしたかったのか?

お気に入りの服を汚してまで、こんな現場仕事をやる羽目になるなんて……

楽しくない、全っ然、楽しくない!


「エリ!」


「……はっ」


 イルカに声を掛けられ、私はまた内心で悪態をついていることに気付いた。

ダメだ、集中しなきゃ。

集中、集中、集中集中集中。

集中という言葉で頭の中を満たす。

教えられた通り、上下にローラーを動かす。

出来るだけ、重ならないように。









 そうこうしている内に、夕方になっていた。


「今日はここら辺にしましょう!」


 社長に言われて、私は手を止めた。

終わったのは、壁全体の二分の一程度だ。


「荷物は養生の上に置いて、それで今日は終わりです。 また明日、同じ時間にここに集合しましょう」


 養生……

養生って、何かしら?


「これだよ。 これを床に引いて、ペンキ類を置けばいい」


 イルカが車からビニールの巻かれた筒を取り出す。

サランラップの大きいバージョンだ。

エリスマン亭の中の一画に養生を敷いて、荷物を移動する。

 移動が済むと、社長がバンで駅前まで送ってくれるとのことで、私らは車に乗り込んだ。

 駅に到着して、社長はそのまま会社に戻るとのことで、私とイルカは現地で解散。


「また明日な!」


 イルカに手を振って別れを告げると、私は改札とは反対方向、エリスマン亭へと歩を進めた。









 坂を上って15分。

エリスマン亭に到着すると、私はさっきの養生の上に置かれたローラーとペンキ缶を手にした。


「これを、このままにはしておけない……」


 社長に見つかる前に、雑に塗った所を直しておきたい。

壁の前にえっちらおっちらと荷物を移動し、再びペンキを塗り始める。

はあ…… 何で私、こんな頑張ってるんだろ。

残業代だって出ないし。

それに、イルカには関係無いって言われたけど、やっぱり友達が羨ましい。

友達は大学で遊んだ後、多分、まともに行けば大きな企業に就職することになる。

給料だって、休みだって、私よりずっとあるだろうし、不公平だ。

私は頭が良くないし、要領も悪いから、やりたいことなんて出来ない。

それで、気が付いたらペンキ職人なんてやってる。

本当にやりたいのは、設計だったのに。

くそっ、くそっ!


「ふざけんなっ、ふざけんなっ!」


 私は、我を忘れてローラーを振り回した。

いつの間にか、扉を塗るための緑のペンキ缶にローラーを浸して、めちゃくちゃに塗りたくる。


「あっ……」


 白い下地の壁に、不規則な緑のラインが数本、引かれた。



 

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