不覚
我に返って、私は焦った。
「消さないと……」
白いペンキで上から塗れば、まだ大丈夫なハズ。
とは言え、緑のペンキは広範囲に飛び散っていて、今から急いで始めないと真っ暗になる前に終わらない。
震える手で一斗缶の取っ手を掴んだ、その時だった。
ピロ~ン、というカメラの音が背後で鳴った。
「とったどー!」
振り返ると、タオルを額に巻いた私と同じ位の身長の男が、スマホを掲げて喜んでいる。
「いやぁ、良く撮れたで。 見てみ」
男は関西弁で、スマホを私に向けて、動画を再生した。
そこには、私がローラーを振り回す姿が映し出されている。
「なーにがペンキ屋だよっ! どうせなら花屋とかケーキ屋にしろっての、作者のバカヤローッ」
聞くに耐えない暴言をわめき散らす私。
てか、ここまでヒドいこと言ってたっけ?
「あ、あの…… 消して……」
「ペンキストリートの社長に見せたら、失望するやろなぁ。 それに、重要文化財を破損させた罪にも問われるで」
この男は一体、何者なのか。
そして、何が目的なの?
絶対に、あの動画を社長に見せるわけにはいかない。
「私は、何をすればいいんですか?」
「おっ、察しがいいやんけ。 実はな……」
男は話し始めた。
男の名前は濱口猿真で、塗装関係の仕事を取り扱う社長だった。
都内の巨大ビルの仕事を請け負ったはいいが、人がどんどん辞めて、納期に間に合いそうも無い。
そこで、応援を要請するためにペンキストリートを訪れたらしい。
「でも、断られてもーたんよ。 で、お前に直接交渉しようと思ってここまで来たっちゅー話や」
「……じゃあ、その仕事を手伝ったら、動画は削除してくれるんですね?」
「せやね。 期日は1週間、それまでに、都心にあるとある新築ビルのフロア内の塗装、やってもらうで」
1週間。
それで開放されるなら、安い物かしら?
自業自得だし、私はその仕事を請け負うことにした。
「絶対、削除して下さいね」
「ああ、ほんなら、よろしくな!」




