俺の貧乳幼馴染がギャンブル依存症な件について
ほんの200年程前の話だ。
この世界は、「剣と魔法の世界」……おっさん達の言うところの、「古き良き世界」だったらしい。
人型の生物と言えば、人間とエルフとドワーフの事であり、魔法使いと言えばローブを被った老人であると相場が決まっていた。
英雄譚と言えばドラゴンを退治する勇者、そんな時代だ。
今の時代、築30年の雑居ビルの4階から窓の外を見ると、全く違う物が見れる。
道路にはアスファルトが引かれ、その上を自動車が走っている。
歩道に目を移せば、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人、木人、有翼人、幽霊、アンドロイド。
空を見れば、ミニスカの若い暴走族魔女が箒にまたがりドッグレースをしている。
この街、ゲートンシティでは見慣れた風景だ。
この世界には、ずっと昔から「来訪者」と言われる異世界からの迷い人が稀にやって来ていた。
その度、ほんの少しずつ「来訪者」達のもたらした技術でこの世界は発展していった。
ブレイクスルーが起きたのは、200年前だ。
大魔導師ゲートンが、幾つもの異世界とこの世界を繋ぐ召喚術式を開発して、今までとは比べ物にならない数の「来訪者」がこの世界、この街に現れるようになった。
俺も、よその世界からやって来た人間の一人だ。
そんな風によその世界からやって来た人材は俺以外にも大量にいて、この街は異世界の知識、人材によって急速に発展を遂げ、世界有数、いや世界唯一と言ってもいい大都市と化した。
この繁栄をもたらした大魔導師ゲートンを讃えて、この街はゲートンシティと呼ばれている。
しかし、急激な発展は街に歪みをもたらす。
光あれば闇あり。
光が強ければ強いほど、闇の暗さは際立ってしまう。
俺がこれから仕事に行く場所も、そんな歪みの生んだ物の一つと言えるだろう。
【月影事務所】
俺こと月影 清十郎 16歳の経営する、暴力沙汰重視の何でも屋。
母さんを失ってから11年。
色々な人の助けを借りて、こうして異世界で独り立ちすることが出来ている。
ただ、この事務所に入る仕事は、大抵がろくでもないのだけど。
「あやかし丸、そろそろ仕事の時間だ。起きろ」
俺はソファの上で眠っている少女に声をかける。
「ん~、もうそんな時間か」
黒いショートカットに寝癖を着けて、着物の少女……あやかし丸が起き上がる。
ふわぁ、とあくびをして、
「なんか食うもんないかの」
起き抜けに飯を要求してきた相棒に、チョコレートバーを投げてやる。
最近普及してきたカカオを使ったお菓子。
本来、俺がいた世界、地球の食べ物だ。
もはや二度と口にすることが出来ないと諦めていた菓子を久しぶりに食べた時、そのあまりの美味さに感動して、今では常備してある。
手軽で、美味くて、エネルギーになる。
こんな素晴らしい食品が作られたのも、来訪者がカカオをこの世界に持ち込んだからだというのだから、来訪者様々である。
空中でクルクル回るそれを、あやかし丸は器用に口だけでキャッチ。
そのまま手を使わず口の動きのみで口内に運びモグモグと食べる。
「ん、ミルクをくれんか」
うん、分かってるじゃないか。
やっぱりチョコにはミルクだよな。
カップにミルクを注いでテーブルに置いてやる。
「……お前、もう少し自分で動けよ」
「何を言うか。刀の手入れは、使い手の義務じゃろう」
そう言うと、あやかし丸の姿が急にぼやけて消えてしまう。
ポトン、と、あやかし丸のいた場所に、一振りの刀が落ちる。
『ほれ、仕事の時間なんじゃろう。早く行こうぞ』
刀から響くのは、あやかし丸と同じ声。
初めて見た時は腰を抜かしたこの変化も、今では見慣れた物だ。
ソファからあやかし丸を拾って腰に差す。
母に託されて以来、もう10年以上の付き合いになるこの刀を差すと、やはり落ち着く。
剣士の性分という奴だろう。
『今日は何するんじゃ?』
「ククキールの護衛だな。豆腐屋の裏のビルだ」
『って事はま~た麻雀か何かか。あの娘も懲りんのう』
「そう言うな、大事なお得意様だ。ほら、来たぞ。時間通りだ」
事務所の窓を、ノックする音が聞こえる。
4階にある窓をノック出来る知り合いは、一人しかいない。
窓を開けると、そこには箒にまたがって空を飛ぶ魔女がいた。
「おはよう、クク」『おはよう』
「おはよーさん! 今日も陰気なツラしてんなぁ、清十郎!」
紅い髪の毛の上に、黒い大きな三角帽子。
黒いマントをバサバサと風になびかせる女の子。
快活な笑顔で挨拶してくるこの子は我が事務所一番のお得意様、ククキール・ククール16歳。
普段は真面目に薬屋を営んでいるのだが、休日には9割方博打を打ってる駄目人間だ。
彼女は自分の乗ってる箒の後部座席をペシペシ叩く。
「ほら早く乗れ、今日は貴族街の金持ち主催の賭けポーカーなんだ。絶対に暴力沙汰になるから頼りにしてるぜ!」
「おう、ちょっと待ってな、よっこいしょっと」
結構怖いんだよな、箒に乗るの。
後ろに腰掛け、ククの腰に手を回す。
そうすると、コイツの身体のスレンダーさがとても良く分かる。
凹凸の薄いなだらかな体型は、着ている服の形を崩すことなく良く調和している。
この年でこれだけのスレンダーさを保っていられるのは、本当に素晴らしい。
是非そのままの君でいて欲しいものだ。
「良し、じゃあ飛ばすぜ!口は閉じてろよ!」
ククが気合を入れて箒の握り、アクセルハンドルを捻りこむ。
箒のエンジンが唸りを上げる。
街の風を切り裂いて、箒が発進した。
ところで、コイツの箒は運転が荒く、乗り心地が悪いを通り越して命の危機を感じる。
急発進、急ブレーキ、急カーブ、バレルロール。意味も無いアクロバットまで入れたがるから困ったものだ。
まあ、女の子とのツーリングと考えれば安いリスクだろう。
○
「到ちゃ~く!」
箒に乗って2分程。
小汚いビルの前に俺達はたどり着く。
ここが賭けポーカーの会場だ。
「……今日の賭けポーカーって貴族主催だろ? なんでこんな所で」
「非合法だからな、色々あんだろう。
さ、今日は勝つぜ~。あ、お前の取り分は勝ち分の1割な」
右手を握り、バシッと左の掌に打ちつけ気合を入れるクク。
「いつも通りだな。たっぷり稼いでくれよ」
階段を登り、ビルの二階。
タバコ臭い踊り場を抜けて、貸切と札の掛けられた喫茶店の扉を開く。
大部分のテーブルが脇に除けられ、中央に大きな四角いテーブルが一つ。
既に三人の男が腰掛けている。
こちらから見て、右に竜人族の男、左に獣人の男、奥には、でっぷりと太った人族のおっさんが掛けていた。
多分、奥の奴が今回の主催者だろう。
左右の二人は雇われたヤクザか何かか。
「遅かったねぇ、ククールちゃん。てっきり逃げられたかと思って寂しかったぞぉ」
おっさんが、キャバ嬢に話しかけるような怖気の来る甘え声で話しかけて来る。
その目は野獣のようにギラついて、ククの身体を舐め回すように見つめていた。
このおっさん、同好の士か。
「アホ抜かせ。落ちてる金を拾わねぇ馬鹿がどこにいるんだ」
ククは軽く受け流しているが、俺としては何処でこんなおっさんと知り合ったのか気が気でない。
「なぁ、どんな流れでこの賭けが決まったのか聞いていいか?」
「ああ、先週アタシ、競馬で有り金全部すっただろ? あの後サラ金行って金借りようと思ったんだけど、もうどこも貸してくれなくてな。
困って友達にたかろうとしてたら、このおっさんが賭けをしないかって声をかけてきたんだ」
相変わらずのクズさだ。容姿は物凄く可愛らしいのに、中身が残念過ぎる。
しかし、金の無い人間に、金持ちが賭けを持ちかける理由なんて……
「負けたら性奴隷になる条件で、一文無しでもギャンブル受けてくれるってさ」
「なんてモン賭けてるんだこの大馬鹿!!」
畜生、その条件が許されるなら俺が今すぐ預金全部下ろしてコイツと勝負を……駄目だ、家賃を払ったばっかりで金がねぇ!
「誰が馬鹿だ!!勝てば問題ねぇだろ!!元金無しで何百万マール儲かるかもしれねぇんだぞ!!」
勝ち気な女の子を、ギャンブルで負かして性奴隷にする。
非常に妄想の捗るシチュエーションだが、友達が関わってるとなると話が別だ。
「大丈夫だって。アタシがポーカーでは絶対に負けないって、知ってるだろ」
「それは、そうだけどさ……」
そう言われると引き下がらざるを得ない。
俺達の様子を見たおっさんが、不機嫌そうに顔を歪める。
「ククールちゃん、その男はなんだい?
もしかして彼氏じゃないだろうね。まさか君非処女なんじゃ……」
うわぁ。気持ちは分からんでも無いが口に出しやがった。
「安心しな。コイツはただの護衛だよ」
ククが席につくと帽子の中を探ってトランプを取り出し、机に置く。
「さあ、さっさと始めようぜ。カードの確認からだ」
○
ゲームが始まって4戦目。
場は恐ろしい程の殺意に包まれている。
と、言うのも、
「コール。ロイヤルストレートフラッシュだ。アタシの勝ちだな」
ここまでククは全勝している。
レイズは限界まで張って、必ず最強の役であるロイヤルストレートフラッシュで上がる。
無論、イカサマである。
後ろから手元を見ている筈の俺でも何をやってるのか分からないが、カードがテーブルに配られめくった時には既に役が完成している。
そうやってここまでボロ儲けしているのだが、周りは納得出来ないに決まっている。
「舐め腐ったマネしてんじゃねぇぞこのアマ! どう考えてもイカサマじゃねぇか!」
この場で最も負けている獣人がククに食ってかかる。
しかし、当のククは
「イカ……サマ……? なんの事だ?」
当然すっとぼける。
……そろそろ、俺の出番が来そうだな。
「ふざけんじゃねえぞ!」
激昂した獣人は、ククに対して、掴み掛かろうとして
「動くな」
俺は、その薄汚い手がククに届く前に刀を抜き、獣人の首に押し当てていた。
「この手はなんのつもりだ? 今は博打の最中なんだ。もし暴力に頼ろうってぇなら」
少しだけ、刀を引く。
獣人の首から、僅かに血が流れた。
「その首、落とすぞ」
獣人の向かいに座った竜人族の男が立ち上がろうとするのを目で制する。
今有利なのはこちらだ。
例えこの距離で襲いかかられようが、獣人の首を落とした上で対応出来る。
例えどんなに怪しくても、イカサマは現行犯を捉えなければイカサマにはならない。
イカサマの証拠確保以外で暴力を振るうのは、反則だ。
こういった事態に備えて、この街の博打打ちは護衛を雇う。
獣人がゆっくりと手を引いて、元の位置に戻る。
ククの方を見ると、頷いたので俺も刀を収める。
「さあ、続けようぜ。十回戦の取り決めだったよな」
○
「いや〜悪いな〜こんなに勝たせて貰っちまって」
テーブルに積まれた札束を、満点の笑顔でククが帽子にしまう。
結局勝負はククの全勝、大儲けだ。
俺が脅してから、イカサマを対する牽制は行われていない。
この場にいる全員がイカサマを指摘することを諦めた……訳ではない。
全員、思考が次の段階に移っている。
すなわち、ゲームの勝敗は奴らにとって重要では無くなっている。
今、奴らが考えてるのは、このゲームが終わったらどうやって俺達を脅して賭け金を取り返し、ククを捕らえるかだ。
俺にとっては、都合の良い状況だ。
『いい感じに場が温まってきたのう。この分なら、殺し合いになるじゃろうな』
俺がこんなろくでもない仕事をしているのは、人を斬る機会を得るためだ。
俺の心臓は、5歳の頃に壊れてしまっている。
今生きていられるのは、斬った相手の生命力を吸収するというあやかし丸の性質のおかげ。
人を斬り、その生命力を心臓に注入して、動かす。それが俺の生命活動である。
つまり、ここで襲いかかってくれた方が、正当防衛で人が斬れる分、俺には都合がいい。
「さて、じゃあアタシ達はもう帰るから〜」
「待てや。このまま生きて帰れると思ってんのか?」
獣人族の男が、帰ろうとする俺達を止める。
猫のように出し入れ出来る鋭い爪を全開にして、こちらを睨みつけていた。
やはり、こうなったか。
「思ってなけりゃこんなチンピラの集まりに来るはずないだろ。用心棒の先生!お願いします!」
「任せろ」
ククは金を稼ぐという自分の仕事をちゃんと終えた。
なら、その金を暴力から守るのは俺の仕事だ。
ククを庇うように前に出る。
「行くぞ、あやかし丸」
『応とも、清十郎』
主催のおっさんが二人に指示を出す。
「お前ら、ククールちゃんに傷をつけるなよ。殺していいのはその男だけだ」
有り難い。ククを守る手間が省ける。
「餓鬼が、刃物持っただけで粋がってんじゃねぇ!」
獣人が先陣を切る。
獣人族は柔軟で強靭な筋肉を持ち、瞬発性に優れる種族だ。
本来の俺の動体視力では捉えようもない高速。
しかし、あやかし丸から過剰に生命力を注がれている俺は、身体能力全般も強化されている。
強化された視力が、俺を切り裂かんとする右腕の軌道を捉える。
正確に自分を目掛けて飛んでくるそれを、俺は刀の一振りで、斬って落とした。
「は?」
どうしようも無く間抜けな声を上げる獣人に対して、言う。
「もう威嚇だったでは通じねえぞ」
何が起こったのか、相手が理解する前に距離を詰めて、返す刀を振るう。
左の手首が、切り落とされた。
あやかし丸が、切り口から生命力を吸収して、俺に注ぎ込む。
エナジードリンクをがぶ飲みした時のように、心臓がバクバクと鳴って、全身が活力に満ち溢れる。
無力化したそいつを、おっさんの方に蹴っ飛ばす。
おっさんに武術の心得は無いらしく、避けることも出来ずに激突、痛みで蹲った。
さて、今日はどの位まで痛めつけてやるか。
思うに、こいつ等は俺達を殺す気までは無かった。
しかし、腕の一本や二本くらいは潰すつもりだったろうし、ククに至っては捕まれば性奴隷コースだったろう。
ここは、極力温情を加えても全員腕切断くらいが妥当な報復か。
あやかし丸の鋭い切り口ならば、すぐに病院に行けばくっつくだろうし、何なら機械義手でもつければいい。
斬ってもどうとでも取り返しがつくという事実が、俺の剣筋から迷いを消す。
残りは二人。ククに色目を使ったあのおっさんは最後に残す。
次は竜人族。恐ろしく硬い鱗で覆われた種族だ。
自分の鱗が刀如きに斬られる筈がないという自信の表れか、この戦場の中、一人悠然と構えている。
あやかし丸の斬れ味を舐め腐ったその態度が、ひどく癇に障った。
許さん絶対後悔させてやるからなそのすかした面を歪ませてやる。
戦闘力のピンキリが激しい種族だが、こんなところでクダ巻いてる奴が上位種である純竜種ということはないだろう。
せいぜいが亜竜種。大したことはない。
俺が他の雑魚を相手している間に、必殺技の用意が出来ていたらしい。
竜の息吹。竜人族の最大の武器であり、高温の熱線を吐き出す焼却兵器が、竜人の口から俺に向かって放たれた。
銃弾を切り落とす剣士でも、この業炎は切れまい、何せ、熱線には形がない上に、剣を当てたら溶けてしまうのだから――などと思われているのであれば、とんだ心外である。
『舐められておるな。清十郎、やってしまえ』
「応よ」
あやかし丸は妖刀――この世界においては、魔剣と分類される剣である。
魔剣は、超常の力を持つ。
一振りで山を消し飛ばしてしまったり、竜を従える力を持っていたり、その性質は様々だ。
あやかし丸の性質は2つ。
斬りつけた相手の生命力を吸い取って、持ち主に与える。
身体能力向上や治癒力、更には不老まで与えてくれる便利な能力だ。
そして、もう一つ。今から発動させようとしている力。
「妖力充填」
あやかし丸を、一度鞘に収める。
そのまま、今まであやかし丸から流し込まれていた生命力を逆転、俺からあやかし丸に流し込む。
再び鞘から抜いた刃は、妖しい紫の光を纏っていた。
あやかし丸を通して変質した生命力である妖気に包まれたこの妖刀は、何でも斬れる。
光、炎、雷、冷気、幽霊、熱線。およそ物理的な攻撃が無意味な物を、斬ってしまえる。
同じ魔剣など、硬度的な意味なら斬れない物もあるけれど、あの竜人如きの鱗にそんな硬度はあるまい。
これが、あやかし丸の最大の力。
他の魔剣が持つような派手さは無いものの、一対一においてこれ程頼りになる武器はない。
迫りくる竜の息吹に対して刃を当てると、熱線が分かたれて俺の左右を抜ける。
「馬鹿な!?」
驚愕する竜人族だが、すぐにその顔は平静を取り戻す。
自分が無敵の鱗に包まれてる事を思い出したのだろう。俺に対して鱗に覆われた腕を振るう。
普通の刀ならば刃が立たないその腕を、俺とあやかし丸は、何の抵抗も無く叩き斬った。
「馬鹿はテメェだ。相手の得物の格も分からねえのか」
よくもよくもあやかし丸お姉ちゃんの切れ味を見くびったな、思い知らせてやる、頭から股下まで真っ二つに……
『落ち着け、清十郎。心が乱れておるぞ』
あ……。
頭から冷水をぶっ掛けられた感覚。
何をやってるんだ俺は。
剣術の極意は明鏡止水の心意気。
こんな調子では、母さんの流派、月影流剣術を修め切るにはまだまだ遠い。
冷静さを取り戻した俺は、極めて冷静に蹲っている竜人のもう片腕を切り飛ばして、お終いにした。
○
博打の舞台となった喫茶店の中、
地獄絵図という言葉がふさわしい状況が生まれていた。
床も机も血に塗れ、二人の者は腕を切り落とされて苦痛に呻き、蹲っている。
ククが傷口を縛って止血をしてやっていた。
戦いが終わればノーサイドという優しさ、俺も見習いたいものだ。
無事なのは3人。俺とクク、貴族のおっさんだ。
おっさんに剣を突きつける。
「おい、おっさん何か言うことはあるか?」
「頼む、金なら出す! 見逃してくれ!」
流石金持ち。非常に話が早くて助かる。この為に最後に残したのだ。
今回の仕事での俺の取り分は、ククの儲けの1割だけ。
儲けようと思ったら、別口で金を得ないといけない。
「良し、いくら出せる」
「こ、これでどうだ」
おっさんが指を一本立てる。
「……おかしいな、俺の目の錯覚か?指が一本しか立っていないように見えるんだが」
ククとの賭けで負けた際に金を取り出していたトランクには、軽くその3倍は残っている筈だ。
つまり、ここで立てる指は3本か4本でなければおかしい。
この期に及んでも、値切り交渉の基本、最初に極端に低い額を提示するという基本に忠実なおっさんに対して、俺も暴力を使った交渉に忠実になる。
「おいおっさん。あと一回だけ金額を訂正していいぞ。納得出来ない金額なら、俺はあんたの死体と交渉してもいいって事を忘れるなよ」
俺の脅しに対しておっさんが提示した指は、4本。
トランクの中身全てを取り出した。
まだ強請れば一つ位なら増えそうな気がするが、この辺が潮時だろう。おっさんにだって帰りの電車賃位は必要だ。
「良し、交渉成立だ。お互いWin-Winな取引だったな。それじゃ帰るか」
『待て、二人斬っても、腕だけでは一日分の生命力にもならんぞ。せめて、一人位は首を斬っておかんか?』
「……いや、駄目だな。この程度の悪人じゃあ、命まで取るのは気が引ける。今回は止めとこう」
『そうか、お前がそう言うならいいんじゃがの。忘れてくれるなよ清十郎。生命力が尽きれば、お前の心臓は止まるんじゃからな』
「ああ、心配してくれて有難うな」
妖刀とか言われているが、コイツは結構優しい性格をしている。
母を失い、途方に暮れていた俺を励まし、鍛えてくれたのは、あやかし丸だ。
あんまり、心配させちゃいけないな。
何処かに、斬っても心の痛まない極悪人は居ないものか。
○
ビルから出て、追手の掛らない事を確認してから、これからの予定を話す。
あやかし丸も今は人間形態で隣を歩いている。
「クフフ、これで借金が返せるぜ。箒のチェーンも出来る! 帰りに飲んで行こーぜ!」
「割り勘だからな、奢らねーぞ」
こう言っておかないとコイツは際限なく飲む。他人の金で。
「最近、駅前の居酒屋でアイスを扱っとる所があるそうじゃ。妾はそこがよいぞ」
「アイス? あー、アイスってお前らが元いた世界の食いもんか。どんな味がするんだ?」
「牛乳と砂糖を使った菓子での、冷たくて、甘くて、マッタリとした味がするんじゃ!」
「特にチョコレートを溶かし込んだ奴が絶品でな。世界三大甘味に数えられていた程だ!」
「お前ら元いた世界の食いもんの話になると早口になるよな」
この世界で生まれ育ったククにとっては、故郷の世界の味に対するこだわりがピンと来ないらしい。
「いや、本当に美味いんだよ。あれを食わないなんて人生の0.1%は損をしてる」
「分かった分かった。じゃあその店にしよう。今日は飲むぜー!」
こうして、まだ昼間のうちから俺達は飲みに出たのであった。




