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妖刀と出会ったお話

 俺と、俺の今まで16年間の人生における最大のヒロイン候補である妖刀あやかし丸の出会いの話をしよう。



 俺が5歳の頃だ。

 心臓に病気を抱えていた俺は、毎週病院に通うことになっていた。

 病院は嫌いだったけど、帰り道の駄菓子屋で何でも好きなお菓子を一つ買って貰えるので、俺は病院に行く日を楽しみにしていた。

 ただ、その日はいつもと様子が違った。

 その日の母さんの表情はとても辛そうで、泣きながら、お医者様と難しそうな事を話していた。

 この時の俺は気付いていなかったが、俺の心臓の病状が予想よりも悪化しており、もはや余命僅かだったらしい。


 家に帰ると母さんは、俺を家の外れの蔵に連れて行った。


 普段、絶対に近づくなと言いつけられ、厳重な鍵の掛かった蔵。

 何でも、江戸時代からずっとこの場所に有るらしい。


 時々、母さんはこの蔵に入って何かをしていた。

 覚えている限り、優しい母さんに本気でぶん殴られたのは、この蔵に好奇心で忍び込もうとした一回のみだ。

 それ以来、何があっても近づこうとは思わなかった。


 その蔵の扉が、開かれる。


 中から流れ出る空気はとてもカビ臭く、吐きそうになったのだが、母さんは構わず俺の手を引いて足を踏み入れた。


 暗い、怖い。

 絶対に幽霊か何かが出る、そんな雰囲気に、五歳の俺がビビってしまうことを誰が責められようか。

 だから、この直後、小便を少しチビる事になって、その事を何度あいつにネタにされたとしても、それは決して俺の人生の汚点ではないのだ。



「わっ!」

 突然、誰もいない筈の背後から、大声があがる。


「ヒィィ!」

 俺は驚いて腰を抜かし、そのまましめやかに失……しなくていいか、この描写は。


「はっはっは、いい反応じゃ!珍しいのう、ここに子供が来るなんて」

 この場にそぐわぬ、明るく弾むような声。

 そこに居たのは、黒いショートカットに、着物を着た極めてスレンダーなお姉さん。

 俺のリアクションが気に入ったのか、ご機嫌そうな笑顔をうかべている。


 ……5歳児から見てお姉さんなのであって、年としては一四歳ほどだ。今の俺だったら、少女と表現しただろう。


「お、お姉ちゃん、誰?」


「妾か? 妾の銘はあやかし丸。 天下に轟く、大妖刀じゃ。 よろしくの、坊主」


「妖刀? お姉ちゃん、人間じゃないの?」

 見た目は完全に人間、ついでに言うなら美少女。ちょっとばかり空中浮遊しているが、これを刀だと言われても信じられない。


「ああ、人間でない。今、本体を見せてやろう」


 そう言うと、突然少女の姿がかき消えて、その場に一振りの大振りな日本刀が現れる。


 床に落ちたその刀から、少女と同じ声が響いた。


『妾ほどの妖刀ともなるとな、こうして自分の身体を持って活動する事も有る。自分の主に相応しい人間を探すためにな』


「すっげー! 本物の刀だ! ねーちゃんすげー!」


突然目の前に現れた非現実的な存在に大興奮した俺は、この蔵に感じていた恐怖も忘れてしまい、はしゃぎ出す。


『フフフフ、もっと誉めるが良い』


「あやかし丸」


 俺とあやかし丸がはしゃいでいると、今まで黙っていた母さんが口を挟んできた。

 母さんは、女の子が突然刀に変わった事についてまるで驚いていない。

 どうやらあやかし丸については事前に知っていたらしい。


『ん、なんじゃ?』


「この子はな、私の息子の、清十郎というんだ」


 お母さんの口調は、俺が聞いた事の無いものだった。気の置けない相手に対する口調だったのだろう。


『ああ、コヤツが清十郎か。どうした、急に息子の紹介などして。妾があれだけ言っても会わせようとしなかったクセにのう』


「頼みたい事がある」


『ほお、この絶対世に解き放つなと封じられ、こんなカビ臭い蔵に閉じ込められた妖刀に、何の用じゃ?』


 用件は分かっているとばかりに惚けて答えるあやかし丸。


「お前は、斬った相手の生命力を奪い取る妖刀。どんな病人でも、どんな怪我人でも、どんな老人でも、お前を使って人を斬ればたちまち元気を取り戻す。そうだな」


『ああ、確認せずとも知っとるじゃろう。あれだけ使ったんじゃから。例えばそこの坊主なら、心臓病など気にもせず走り回れるようになるじゃろうな』


 俺の病気を言い当てられた事について、母さんが僅かに驚きの表情を見せ、しかし躊躇わずに話を続ける。


「お前を、清十郎に使わせようと思う」


『うむ、よいぞ。妾は刀、所詮は道具じゃからな。使いたいと思うなら、勝手に使うがよい。ただし……妾とその坊主の繋がりを作る為に、必要な物がある』


「ああ、解っている。この命、お前にくれてやる。この子を頼むぞ、あやかし丸」


『ああ、長年の相方の頼みじゃからな。引き受けよう』


「恩に着る」


 母さんが、懐から紐の付いた鍵を取り出して、俺の首にかける。


「いい、清十郎。この鍵はね、蔵の地下室の鍵なの。そこには、別の世界に繋がる魔法陣がある。 その世界は貴方の好きな……なんていったかしら、なんとかって漫画みたいな、剣と魔法の世界。そこに行って、シスター・マキナという人を訪ねて、この手紙を見せなさい。きっと、貴方の力になってくれるわ」


 次に取り出したのは、真新しい封筒。

 その表面には、見たことも無い文字が書かれていた。


「……何言ってるの? お母さん」


 ……ここまでの流れに、俺は不穏なものを感じていた。

 まるで、母さんが居なくなる準備をしているような、悪い予感。


 母さんが、あやかし丸を拾い上げ、引き抜き、俺の手に握らせる。

 幼児には堪える重さだが、母さんが真剣な目で見つめてくるので、頑張って堪える。


『今のお主に残っている生命力を考えると、十年分といったところじゃろうな。時が流れるのは早いのう。あれだけ斬って、あれだけ殺して集めた生命力が、もうそれだけしか残っておらん』


 俺が手にした刀が喋る。


 刀ごと俺の手を包み込むお母さんの手は、暖かくて、力強くて、そのまま、自分の首筋に刃を当てるように、俺の手を導いた。


 当然、こんな事をされた俺は泣いて叫ぶ。

「母さん、危ないよ!? 刃物は人に向けたらダメだって、先生が、止めて、母さん!」


 しかし、母さんは放してくれない。

 優しい笑顔を浮かべながら、なのに、涙を流しながら、俺に話しかける。


「ねえ、聞いて。 お母さんはね、あなたの事が大好きよ。

 窓ガラスを割った事を人のせいにしても、

 幼稚園に行きたくないって泣きじゃくってお母さんを困らせても、

 火遊びをして、危うく火事を起こしかけても。

 どんなに悪い子だったとしても、お母さんはあなたの事を愛してる。

 きっと、あなたはこれから沢山悪いことをしないといけなくなる。

 でもね、忘れないで。

 お母さんは、必ずあなたを愛しているから、どんなに辛くても、生きていて欲しいの。

 ゴメンね、こんなに辛いことを押し付けて。

 ゴメンね、一緒にいてあげられなくて」


 母さんが更に手を動かして、自分の首に刃を埋め始める。

 妖刀の切れ味は凄まじく、まるで豆腐でも斬っているかの様に手応えが無い。


「止めて! 母さん止めて! ごめんなさい、これからはいい子にするから! 言うことちゃんと聞くから! お願い、止めて!」


「さよなら、清十郎。誰よりも、愛してるわ。頑張って、生きるのよ」


 母さんの首が、落ちた。


 同時に、妖刀を通して母さんから熱い物が流れて込んでくるのが分かる。

 刃から腕を伝わり、心臓へ。

 弱々しく鳴るだけだった鼓動が、ドクンと、かつて無い力強さで鳴る。

 心はとても辛いのに、呼吸は楽に、身体は軽く、力が溢れてくる。


 ……母さんの血を滴らせる刀が、俺に告げた。

『今ここに、月影 燐の命をもって、妾と清十郎の絆は結ばれた。

 ……今後ともよろしく、我が主殿』



 ○


 どのくらい、泣いていただろうか。

 文字通り、一晩中泣いていた気がする。

 涙も声も涸れて、もう何もしたく無くなって、疲れ果てた俺は蔵の中で意識を手放してしまった。


 ○


 目を覚ますと、俺は布団の上にいた。

 額の上には手拭いが置かれ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった顔は綺麗に拭われている。


 喉は乾いていない。

 枕元には水差しが置かれていて、これで少しずつ水を飲まされていたらしい。


 ……誰かが、看病してくれた?

 誰が? お母さんはもう居ない。

 いや、もしかしてあれは夢で、自分はただ熱にうなされて悪夢を見ていただけなのではないか。


 そうだ、きっとそうに決まっている。

 何だ、良かった。後でお母さんに怖い夢を見たと言って泣きついてしまおう。それで抱き締めてもらって、いっぱい頭を撫でてもらって、怖い夢を忘れてしまおう。


 安心すると、お腹が空いて来た。

 何か食べたいなぁ。


 布団から起き上がろうとして、側に土鍋と食器が置かれているのが見えた。蓋を開けて見ると、お粥が入っていた。


 作られて少し経っているのか、湯気は出ていない。自分は熱いものが苦手なので、その方が有り難い。


 食べていいのかな。

 勝手に食べるとお母さんに怒られるかもしれないが、病人の側にお粥が置いてあれば、それは十中八九病人の為に作られたものだろう。


「……頂きます」


 器にお粥をよそって、海苔の佃煮『ご飯だったよ』を乗っけて食べる。


「美味しい……」

 いつもお母さんが作るお粥はデロデロのグチャグチャといった感じであまり美味しくないのだが、このお粥はなぜだか美味しい。


 空腹のせいかな。それとも作り方を変えたのかな。


 気が付けば、土鍋に入っていた分全てを平らげてしまっていた。


 食べたら元気が出てきた。

 お母さんはどこにいるだろうか。

 台所かな、洗濯かな。


 お母さんを探そうと思ったらちょうどその時、部屋の外から足音が近づいて来て、部屋のふすまが開かれる。


「お母さ……ん?」


「目覚めたか、清十郎。どうだ、食欲はあるか?」


 そこにいたのは、夢に出てきた着物のお姉ちゃん(今は割烹着姿なのだけど)で、あれは夢だったので現実ではない筈で、お姉ちゃんがここにいるって事はあれは現実で……


「ああ、良かった。ちゃんと食べられたようじゃな。久しぶりに料理したから腕が鈍ってないか心配だったんじゃが、お粥ならそうそう失敗せんかの」


 良かった良かった、と食器を片付けようとするお姉ちゃんに尋ねる。


「お母さんは、どこ?」


 お姉ちゃんは、とても気まずそうな顔をして答える。


「お主の母はの、もう、居ない。ええとじゃな……」


 俺を傷つけないように、お姉ちゃんが言葉を選んで説明しようとしている。


 でも、そんなものは耳に入らなくて。


 お母さんが、もう居ない。もう、二度と会えない。


 涸れた筈の涙が、眠って、水分を取って、補充された涙が溢れてくる。


「やだ……ああぁ……やだぁぁぁ!」


「ああ、泣くな、清十郎! お主の母は、清十郎は涙を我慢できる強い子だと言っておったぞ!……と言っても、こんな幼子に、母との別れを我慢しろなど、酷な話じゃのう」


 お姉ちゃんが、俺を抱き締めて、頭を撫でる。

 鼻水と涙が服に付いて汚れるが、少しも嫌な顔を見せない。

 まるで、お母さんがそうしてくれたみたいに。


「仕方ない、気が済むまで泣くがよい、清十郎。泣いて、眠って、飯を食って、泣いて。三日もそうしていれば、きっと落ち着く。

 先の話は、それからにしよう。まだまだ幼い、我が主殿よ」




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