14-吹雪の欧州
火星軍は撤退。機動兵器隊、及び憲兵隊が周囲を警戒。工兵隊が設営作業を行う。この二か月間、何度も行ってきたこと。自然と欠伸が出て来た。
『イスカ、気を抜くな。いつどこから弾が飛んでくるか分からんのだぞ!』
「っと、すいませんでしたアスタルさん」
『少尉と呼べ。一応、お前はいまのところ軍属なんだからな』
階級呼びは未だに慣れない。
認知が遅いと言われればそれまでだが。
キャバリアーをドイツに送り、イスカの仕事は一応の終わりを迎えた。だが、彼は戦い続けることを選んだ。国連軍側も機動兵器パイロットとしての豊富な経験を持つ民間協力者であるイスカを手放したくなかった。両者の利害が一致し、イスカは軍人として部隊に編成されることとなった。階級は特任少尉、彼と御堂のために暫定的に作られた階級だ。
『まあまあ、一回当たって下がって行ったんだからしばらくの間は帰ってや来ませんって。少しくらいリラックスする時間を与えてあげてもいいんじゃないですかい、少尉』
『それが弛んでいるというのだ、島田。奴らにとってもこのラインは死守しなければならない防衛戦だ。これまでとは比べ物にならないほどの……』
アスタルの説教が始まった。長くなるな、と思ったがそうはならなかった。司令部から後退の指示が出たのだ。帰ってからまた再開するかもしれないが。
隊伍を組んで雪原を進む。最低限の道は工兵隊の除去車によって作られているが、バトルウェアは道なき道であろうが関係なく進むことが出来る。歩く、走る、跳ぶ、あるいは飛ぶ。人型機動兵器に踏破出来ない道など存在しない。
『雲が厚い、ブリザードになるかもしれませんね。これは』
アーサーは首だけを空に向けながら言った。質量兵器が破壊したのは都市だけではない。奪ったのは命だけではない。全世界規模で気候変動が起こっているのだ。日本の被害は少なかったが、欧州ではその影響が顕著だ。
アーサーの予言通り、隊の拠点であるキャリアーに辿り着く頃には吹雪が起こっていた。イスカたちは素早く機体を着艦させた。
「やれやれ、とんでもない吹雪ですね。戦闘も止まってくれりゃいいけど」
「無理だろうな。前時代ならいざ知らず、吹雪で現代戦は止まらんさ」
「分かってますけど、少しくらい希望を持ってみたかったんですよ」
イスカは大きなため息を吐いた。平穏とはかけ離れた生活をしているのは今更確認するまでも長い、たまの休みもない仕事では息が詰まってしまう。もしこんな時夕菜がいれば不真面目な兄を諫めるのだろうか。
だが夕菜はいない。ドイツでアルタイル社の面々とともに疎開してしまったのだ。また会うことが出来る、そう思っていても寂しさは消えない。なんだかんだ言って、夕菜の存在に助けられてきたのだと今更ながらに気付いた。
「まずはよく帰ってきた、と言っておくぞ。まだまだ先は長いがな」
「石動大尉……いや、失礼。少佐、いかがなさいましたか? こんなとこに」
「上にいるとどうにもな。こっちにいる方が落ち着いていられるわい」
石動少佐はため息交じりに肩を落とした。本来は技官である彼が――これはイスカも知らなかったことだが――ここに留まっているのには理由がある。
ヘイゼル・クルーガー少佐がキャバリアー移送の功績を受けて二階級特進、大佐となり本局へと異動したのだ。こうなると、キャバリアー隊には指揮官がいなくなる。アスタルは残存したが、彼はあくまで戦闘部隊を率いることしか出来ない。合議か、あるいは何らかの力が働いたか。石動の階級が上がり、部隊一つを正式に任されることになったのだ。
これまでもキャバリアー隊を率いて生きたのは実質的に彼なので、隊員にとってみれば特に変わることはない。とはいえ、実際的な責任が発生したことによって石動にかかるプレッシャーは凄まじいものらしく、彼はたまにこうして溜まったものを吐き出しに来る。
「顔を上げてください、少佐。あなたの肩には我々の命がかかっている」
「分かっている。こちらに来たついでに、シフトを伝えておくぞ。アスタル、島田は待機。アーサー、御堂とソルカ、イスカの組がローテーションで警戒を受け持つ。時間については後で端末に転送しておくので、各自確認しておくこと。以上だ」
石動はここに来た時よりかは幾分かすっきりした顔で上層へと戻って行った。イスカたちはアスタルたちと別れ、食堂へと向かう。
「あー、腹減った。ここんとこまともに食えてなかったし……」
「ウソをおっしゃい。あなたのおかわりが多いと苦情が出ています」
「へへっ、そこは勘弁して下さいよ。俺だってセーブしてるんすから」
御堂のジョーク、ツッコむアーサー、おどける御堂。故郷から遠く離れても、御堂は変わらない。イスカはとても変わらずにはいられなかった。
「どうしたんだい、イスカくん。最近、表情が固いけど」
「えっ、そうですか? そんなつもりはないんですけど……」
ソルカにはそれが分かったようだ。指摘されてドキッとした。
「緊張するのは分かるけどさ、楽にしとけよイスカ。どんなことになったって、俺たちがやることなんてそう変わりゃあしないんだからさ」
御堂は笑って言った。白浜からここまで、自分を助け続けて来た男が。
「……うん、ありがとう御堂さん。ソルカさん。僕は、大丈夫です」
仲間と一緒に戦い続けることが出来れば、きっと大丈夫だ。
「それでは、そろそろご飯にするとしましょう。耐えられません」
アーサーがおどけて言った。みんなして笑う。
イスカも努めて、腹の底から笑おうとした。
笑えているかは分からなかった。




