14-パリ奪還戦
十二月二十一日。
イスカが到着した時、既にブリーフィングルームは満員だった。
「っべ、遅れちまったな。まだ間に合ってる?」
「大丈夫だよ、イスカくん。これから始まるところだからさ」
「お前ら、私語を慎まんかい。まったく、緊張感のない連中だ……」
会を取り仕切る石動が忌々しげにイスカたちを睨んでから、会議が始まった。
「さて、諸君や国連軍精鋭部隊の活躍で我々は首都、パリに近い位置につくことが出来ている。ここから一気に侵攻し、占領された都市を奪還するぞ」
十日近い一進一退の攻防を潜り抜けてきた。現状、戦況は国連軍優位となっている。このまま進めば欧州から火星軍を叩き出す日も近い、と楽観的な見方が広がっていた。
そんな戦闘員たちの気を引き締めようとしているのだろう、石動の表情は固い。
「首都防衛隊はこれまでよりも高い密度、高い練度、高度な装備を持っている。いままでのようにはいかんぞ。しかも、今回の戦いには……」
そう言って、石動はモニターを指さした。映っているのは複数体のバトルウェア、ドラッケンだ。ベーシックなカラーリングだが一点だけ違うところがある。
肩章だ。
翼を大きく開いた獰猛なワシが描かれている。
「火星軍皇帝親衛隊、皇帝直属の再精鋭だ。極めて優れたパイロットであり、一騎当千とも噂されている。お前たちも相当だが……決して油断はするな」
「加えて、確認されている範囲では百機規模の機動兵器隊、多数の砲門、ミサイルも確認されています。これまで以上の激戦になることは間違いありません」
石動は脅してくるが、イスカにとっては慣れたものだ。
「この一戦が国連軍の、そして我々の未来を決定することになるだろう。必ず勝たねばならん、だが死にには行くな。生きて帰って来い」
細かな部隊編成を決定してから、ブリーフィングは終了した。イスカが前に出て、バトルウェア隊が後衛を支える。その隙にAA等既存兵器隊が進む。いつも通りのことだ。何も変わらない、一番危険な立ち位置にいることは。
「ここを取り戻す……必ず。必ず、取り戻す」
ソルカはブツブツと繰り返していた。イスカの視線に気づくと、気まずそうに居住まいを正した。何となく、気になってしまった。
「どうしたんですか、ソルカさん。いつにもまして、その」
「緊張しているように見えますか? 大丈夫だよ、イスカくん」
「大丈夫ならいいけど……思うところがあるなら言ってください。フォローしますから。いつもいつも、助けていただいていますからね」
「いや、大したことじゃないんだ。本当に。ただ、フランスは故郷なんだ」
そんなことをソルカから、否、他の誰からも初めてイスカは聞いた。
「ああ、懐かしきセーヌ川の調べ……なんてね、一度も聞いたことはないんだけどさ。私の実家は南部の片田舎にあって、首都に来たことなんてなかったんだ。古典に乗っているような古い施設や自然も、長年の環境破壊でなくなっているらしいしいいんだけどさ」
「そうだったんですか……でも、戦争のせいで疎開を?」
「ああ。第一次侵攻の時にね。その時は『すぐに家に戻れる、戦争は終わる』って兵隊さんに言われたっけなあ。その人は次の瞬間、ふっ飛ばされてしまったけど。妹と一緒に必死で逃げて、気が付いた時にはもう故郷を離れていた。その時、妹は酷い怪我を負ってしまってね。治療のために私は軍人になったんだ」
給料と、保証のため。父母がどうなったかは言っていなかったが、つまりはそういうことなのだろう。ソルカの表情には一抹の寂しさがあった。
「こうして戻って来ると不思議な気分だ。なんだか、懐かしくてね。一度も来たことがないはずなのに、おかしいだろう? だけど私の故郷はこの場所で、帰って来るべきはここなんだ。それがよく分かったよ」
イスカは返事が出来なかった。一度も故郷に、横浜に帰りたいなどと思ったことはない。質量兵器に潰されてしまったが、それだけではないだろう。
いい思い出はあまりなかった。さりとて苦しみも痛みもなかった。ただただ、空虚だったのだ。白浜に行く前までの人生は。
(空っぽ、だったんだな僕は。だから戦争がそこに入り込んで来た……)
他人と話していると嫌になった。
自分の醜さを突きつけられるようで。
「すまないね、イスカくん。確か、キミの故郷は火星軍の攻撃で……辛いことを思い出させてしまったようだ。愚痴ってすまなかった」
「いえ、いいんです。ソルカさんが想像しているようなことじゃないです」
傷ついているのは故郷が滅びたからではない。故郷が滅びても何の感慨も抱かなかった自分という存在が嫌になったのだ。消えてしまいたいと思うほどに。
だからかもしれない。イスカには彼の存在が眩しく、尊く思えた。
「必ず故郷を奪還しましょう、ソルカさん。妹さんと二人で、またここに来られるように。俺、頑張ります。頑張って、一緒にここを取り戻しましょう」
「ありがとう、イスカくん。やっぱり、キミは優しい人だな」
優しい人なら、こんな邪まな感情を持って戦ったりはしないだろう。
人を助け続けていれば、かろうじでまともでいられるなどと。




