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機甲戦騎キャバリアー  作者: クロイモリ
第三章:熱砂の地獄編
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08-彼と彼と

 休暇と聞いて少しは心が躍ったものだ。

 しかしながら。


「こんなところでいったいどうやって何を休ませればいいんだよ……」


 陽は陰っているとはいえ、日中は五十度近くまで上がる砂漠の気候がジリジリとイスカの肌を焼いた。元々暑さに耐性がないのでここは地獄に等しい。

 もっとも、この環境について文句を言っているのはイスカだけではない。


「やっぱりあの湖、飲水用だってさ。あーあー、見つけた時は気持ちよさそうだと思ったんだけどなー。あーそーべーると思ったんだけどなー」


 島田の胸筋が不満げに収縮した。もっとも、彼女がふてくされるのも無理はない。ビスキスの町は観光地ではないが、それにしても何もないのだ。

 住宅街はごく最近作られたものだし、一番の見どころとなる湖は飲水用で近付くことは出来ない。ビル街は言うに及ばず。


「これじゃあなあ……せっかく連れて来たのにまあ」


 御堂は頭を掻きながら振り返った。そこにいたのは、白浜の避難民たちだ。あの後石動に頼み込み、見張りを付けることを条件に外出が許可された。

 そのために出されたのが島田とソルカ。二人はよく避難民との交流を行っているので、彼らからのウケがいい。だからこそ選ばれたのだが……


「……どうしましょうね、これは。むしろがっかりさせてしまう結果になってしまったかもしれませんね。皆さんのご好意が無駄になってしまうかも……」

「私もこりゃあどうにもならんわ。すまんなあ、イスカ」

「いやいや、何かあるはずですよ何か。そう見渡せばあるはずですよ……!」


 慌てて辺りを見回して、しかし避難民たちがそれなりに楽しんでいるのにイスカは気付いた。艦に乗っている時には見たこともない笑顔だった。


「……あれー、思ってたより楽しんでるみたいですよ。島田さん」

「あー、閉じ込められてたから外に出れるだけでもうれしいのかねぇ……」


 そう思ってくれるなら、無理をした甲斐があったというものだろう。何もないとは言っても、食事くらいは摂れるだろう。イスカはほっとした。


 ……のだが、イスカが元気よくいられたのはここまでだった。砂漠の熱気は容赦なく体力を奪い、日ごろ肉体を酷使しているイスカはもはや限界に至っていた。島田はそんな姿を見て、情けないと容赦なくなじって来るのだった。


「しょうがねえ、船に戻って休んどけ。水分補給は忘れるなよ?」

「気を付けてくれよ、イスカくん。熱中症で命を落とす人は多いからね」

「す、すいません島田さん、ソルカさん。あと、頼みましたよ御堂さん……」

「お、おう。ゆっくり休め、こういう時くらいしか休めないんだからさ」


 みんなに見送られ、イスカはふらふらとオリバセウスに戻って行った。フェンス床を踏む度にガシャガシャとやかましい音が鳴る。オリバセウスはまるで誰もいないように静まり返っていた。もちろん、そんなことはないのだが。


(……そういえば、たった一人でここを歩くのも初めてのことなんだな。そうだ、ここに来てから常に、俺の隣には、誰かがいたんだ……)


 それが必ずしもイスカが望む相手でなかったこともあった。というか、ほとんどはそうだった。ただ、長らく暮らして行くうちにそうではなくなった。

 感覚がマヒしたと言ってもいいかもしれない。彼は殺しの世界に順応した。


(僕は……本当に、あの世界に帰れるんだろうか……?)


 たった一人になると、おかしなことばかりが頭に浮かんでくる。両手を地で汚した自分が、果たして平穏な日常に戻ることなど出来るのだろうか?

 望んでやったことではない。例え殺しを楽しんでいたとしても。


(あっ……そういえば、夕菜はどこに行ったんだろう? あいつは……)


 この段に至るまで、すっかり失念していた。大事な妹を忘れるなど。


(僕は……僕が考えているよりもずっと、おかしくなっているのか?)


 暗澹とした気持ちで歩いていると、捕虜であるレンを捕えた部屋の前に通りかかった。というより、ここを通らなければ自分の部屋にも行けないのだ。

 いつもは兵士によって守られている部屋も、今日に限っては誰もいない。イスカは……そのとき何を考えたのか、彼にも分からない。気付けばドアをノックしていた。


「……誰だ?」


 思ったよりも低い声が扉の向こう側から聞こえて来たので、イスカは一瞬怯んだ。彼を拷問部屋から連れ出した時にも同じような声を聞いたのだが、その時は怪我で声が掠れているのかと思っていたのだ。


「……僕のことを、覚えていますか?」

「お前は……その声。確か、何日か前に会ったな。俺を撃墜したやつか?」


 戦闘中に漏らした声を覚えていたのか。意外にも執念深い子だな、とイスカは思った。覚えていてもらえたなら、それで十分だったのだが。


「……僕はイスカ、海東イスカです。キミは?」

「レン・グラウツ。何の用だ? 俺を絞首台に吊るす準備が出来たと考えていいのか?」

「いや、ちょっと待ってくれそんなこと考えてない! っていうか何も考えてないから! なんていうか、その、特に理由はないんだよこれには!」

「はぁ……? お前、軍人だろ。俺との接触も制限されているんじゃないか? 変なことを吹き込まれたらたまらん。それなのに、何の意味もない?」


 レンの態度は相当訝し気だった。

 このままでは何も聞いてくれないだろう。


「……僕は軍人じゃない。巻き込まれて、あの機体に乗らされただけなんだよ」

「オイオイ、それは……なんていうか、コミックみたいな話だな。それは」

「信じられないけど本当だよ。現実はそんなヒロイックじゃなかったけど」


 そう、ヒロイックな展開などなかった。あるのは現実的な脅威のみ。人を殺さなければ殺されるという過酷な真実だけ。イスカの心は折れかけていた。だから自分が捕らえた人間とはいえ、赤の他人に自分の心を吐露してしまう。


「それは……辛かったな。お前みたいな子供が、そんな……」

「いや、いいんだ。父さんから託された力を振るうことに、もう迷いなんてない。だけど子供が戦っているってんなら、キミも一緒じゃないのか?」


 やや間があった。そして扉が勢いよく蹴られた。


「テメエ、誰がガキだと!? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞこの野郎!」

「うわぁっ、何だよいきなり! こっちのセリフだよふざけんなよは!」

「誰がガキだと!? 俺はッ、20だ! 今年成人だよクソッタレ!」

「ええっ!? で、でもどう見てもその体格は」

「首洗って待ってろこの野郎! 出たら絶対テメエぶっ殺してやるからな!」


 このままでは話にならない。イスカは無理矢理会話を打ち切り、そこから離れた。それにしても……


(身長をネタにされてあそこまで怒るなんて……面白い奴もいるんだな)


 自然と笑えてきた。笑う度に何かを蹴る音が聞こえて来たが、それすらも笑いの種となってしまった。結局、イスカは部屋に戻るまで笑い続けた。

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