幕間:グラディウス解放同盟
短い休憩を終え石動は艦橋に戻り、入港手続きに入った。
「こちら国連軍極東方面軍所属、第三種補給物資運搬隊です」
石動はキャバリアー極秘移送のために付けられた、そしてそうそう呼ばれることのない隊の名前を告げた。元々は情報が流出した際、それが秘密裏に建造された新兵器に関するものではないと敵を欺くために付けられた名前だ。キャバリアーの存在が露見したいまとなっては、まるで存在価値がない。
『遠路はるばるご苦労様でした、石動大尉。私は中東方面軍、ビスキス基地司令のウーガルと申します。貴官らを歓迎いたしますよ』
「短い間ですが、よろしくお願いいたします」
石動はモニター越しに頭を下げた。ウーガル司令は石動よりも一回り年上だったが、肌のハリツヤだけを見れば年下にさえ見えた。蓄えられたもじゃもじゃの髭が顔の全体像を覆い隠し、かえって若く見せているのかもしれない。白を基調とした軍服と頭に撒かれたターバン布、おとぎ話に出て来るアラビア商人のようだった。
入港手続きを終え、これでやっと一息つけると石動は思った。しかし、ウーガルの方の話はまだ終わっていないようだった。
『よろしければ指揮官殿、この後お時間をいただけるでしょうか?』
「何かあったのです、ウーガル司令」
『中東脱出に関して、重要な話がございます。もちろん、そちらのご都合がよろしくなければ先に延ばしてもいいでしょう。ご判断はお任せします』
延ばしてもいいとは言われたが、しかし聞かないという選択肢はないようだった。つまり、それこそがここから出るうえでもっとも重要な話なのだろう。
石動は背後を仰ぎ見て、どこを見ているかも分からぬヘイゼルに許可を取った。
「分かりました、すぐに向かいましょう。ただ、訂正しておく必要がありますな。オリバセウスの艦長はヘイゼル・クルーガー少佐で私ではない……」
停泊後の諸々の処理を乗員たちに任せ、ヘイゼルと石動はほぼ三週間ぶりに地上に降り立った。アラビア半島は放射能によって汚染されているが、汚染度合いにはばらつきがある。基本的に首都があった内陸側ほど高く、沿岸部ほど低い。特に、この辺りには重要な拠点がなかったため質量兵器による攻撃を免れていた。
それにしても、風防すらないとは。舞い上がる砂に打たれながら石動は呻いた。周囲にはビルが立ち並んでいるが、少し目を町の外周部に向ければ伝統的なレンガ造りの住宅が点在している。これらはもちろん数百、数千年前に建てられたものではなく、懐古主義者が再現したものだ。耐久性は似たようなものだが。
ここは軍事基地ではない、都市の中に基地があるのだ。もしこんなところを火星に襲撃されたら……石動は身震いを押さえられなかった。
「寒いのか、石動大尉。むしろ暑いくらいだと思うのだがな」
「いえ、そういうわけではありません。お気になさらず、少佐」
そんな心の動きをヘイゼルが理解してくれるとは思っていなかった。石動は強いて自分の想像を頭から追い出し、無心に先へと進んで行った。
風よけすらない道を通って軍司令部へ。空調が利いた快適な室内、案内役である若い兵士に連れられ二人は専用の応接スペースに通された。
(ほぼ同格の士官を相手にするのに、応接室を使うのか?)
石動は内心で疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。
「おお、これはこれは。お招きに応じていただき恐縮でございます」
待っていたのはウーガルではなかった。
黒人だが、別の若い男だ。
浅黒い肌に銀色の髪のコントラストが映える。ところどころほつれ、擦り切れているが、錦糸の刺繍が施されたジャケットはなるほど高価そうなものだった。それだけではない、スラックや身闇に着けている装飾品、果ては髪飾りに至るまでほとんどに金が使われている。わざとらしいまでの金持ちアピールだった。
豪華な調相だが、しかしそれを纏っている銀髪の男はどこか軽薄さを感じさせる。ニヤニヤと歪んだ口元、キツネのように細い目、全体的に人を小バカにしたような表情……少なくとも石動は好きになれそうにない男だった。
「おっと、自己紹介が遅れてしまいましたね。私は――」
手をパッと大きく開いて男は言った。いちいち動作が芝居がかっているが、それだけに途中でそれを止められると滑稽だった。ウーガルが部屋に入って来て、皆の視線がそちらに向いた。男の口元が忌々しげに歪むのを石動は見た。
「遅くなってしまい申し訳ありません、お二人とも。実は」
「こちらの肩と我々を引き合わせるためにこちらに呼んだのですか?」
ヘイゼルの問いにウーガルは頷いた。そして銀髪の男を紹介する。
「こちらの方はアハマド・ウラ・グラディウス殿下。お分かりに放っているでしょうが……彼は滅びたとされたグラディウス王家の血を引いています」
グラディウス王家。
質量兵器攻撃によって王国の首都が壊滅し、それによって当時の王を含めた王族の大半は死傷したと石動は聞かされていた。目の前にいる軽薄な男が、王族なのか? どうにも事態を彼は飲み込めずにいた。
「なるほど、王家の人間ですか。それで?」
ヘイゼルの方はと言えば、平然とした表情で話を続けようとした。『それで?』に彼の意志がすべて籠もっているような気が、石動にはした。彼にしてみれば、王家だろうが何だろうが関係のない民間人に変わりはないのだろう。
「極東からいらっしゃったお二人にはピンと来ないでしょうが、王国国内では未だに王家を支持する人が多く残っていらっしゃいます。それは滅び去ったことも無関係ではないでしょう、グラディウス王家は抵抗のシンボルなのです」
「なるほど、話が見えてきました。つまり、アハマド殿下は……」
「その通り。民兵組織『グラディウス解放同盟』の長なのですよ、私は」
アハマドは長い髪を掻き上げながら言った。
「情けない話ですが、国連軍単体では火星軍の侵攻に対して対抗出来ずにいるのです。殿下の助力を受けて、ギリギリのところで保たせている状況で」
「つまり、ここを突破するには殿下の力を借りなければならないのですね?」
「そ、そうです。その通りです。お話が早くて大変助かります……」
何ということだ、と石動は嘆息した。関東圏に駐留していた極東方面軍は壊走し、オーストラリアでは組織的抵抗力を失いゲリラ化。あの様子では鎮圧されたのだろう。そしてアラビア半島でも似たような状況になっているとは。
(果たして我々は、本当に火星軍に勝てるのだろうか……)
いや、こんな状況に至っては講和すらも難しいのではないだろうか。そんな風に浮かんで来た弱気を石動は振り捨て、話を続けた。
「それでは具体的な話に移ろうではありませんか、司令。それに、アハマド殿下。我々は欧州ドイツまで向かわねばならない……そのためのプランを」




