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機甲戦騎キャバリアー  作者: クロイモリ
第二章:オーストラリア縦断編
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06-充足した日々

 アーガイル湖秘密基地から出港して二日。オリバセウスは既にブルーム港を視界内に収めていた。このまま夜を待ち、闇に紛れて出港する予定だ。


「本当に大丈夫なのでしょうか? ここから簡単に出ることは……」

「出来ないかもしれないし、出来るかもしれない。とにかく期を……痛ッ」


 話をしようとして夕菜に突かれた。

 激し痛みが全身を襲った。


「痛い痛い! 頼むからやめてくれ夕菜、僕にはその攻撃が効くんだ!」

「日ごろの運動不足が効いていますね。まさか全身筋肉痛とは……」


 アスタルは宣言通り生身での訓練もイスカに課した。兵隊の資本は体、それは単に怪我や病気をしなければいいというものではない。長時間の戦闘にも耐えられる強靭な肉体を作り、疲労を的確にマネジメントする手段を知り、最悪機体から投げ出された時安全な場所まで逃げ出せるように鍛えるのだ。

 アスタルが行ったのは兵士の基準では大分簡単な訓練だったが、都会暮らしで運動不足のイスカにとっては地獄に等しい訓練だった。訓練を行ったその日は動けなくなり、二日目にもまだ筋肉痛が残っている。いまも医務室から貰ったシップを全身に貼り付けているくらいだ。その臭いにまた夕菜は顔をしかめた。


「クソッ、一回同じ訓練受けてみろよ夕菜。お前も耐えられないはずだぞ」

「兄さんよりはもっとマシな状態になるとは思っていますのでご心配なく」


 実際スポーツ万能な夕菜であればこうはならないのではないか、と思って少しだけ落ち込んでしまう。工藤はイスカの後ろに回りその肩を揉んだ。


「はっはっは、結構こってるねイスカくん。妹さんの言う通り、もっと体を動かさなきゃダメだよ? 農家になるにしたって体が資本なんだからさ!」

「イデデデデデ! 確かに白浜暮らしだったけど農家にはならない!」

「いいもんだよ農家って。土と風に囲まれて暮らすんだから、こんないいものはない。故郷に戻ることが出来たら、もう一度畑を再建したいものだ……」


 工藤は最後の方、少しだけトーンを落とした。彼はオリバセウスに乗り込むことになった時も、自分の身よりも何よりも畑のことを案じていた。


「……それにこうして、仕事の合間に按摩の免許も取れるし!」

「大変ありがたいけど痛い痛い痛い! 滅茶苦茶痛いから勘弁して!」

「工藤さん、新入りを苛めてやんなって。ほれイスカ、これでも飲め」


 御堂はスポーツドリンクをグラスに入れてイスカの前に差し出した。


「訓練は免除されているんだろ? だったら今日はもう寝た方がいいよ」

「でも、いつ出撃になるか分からないし寝てる暇はないでしょう」

「ボロボロになって動けないお前さんが出てくる方がよっぽど問題だと思うけどな。戦うにしたって、何にしたって体が万全じゃなきゃいけないだろ」


 その言葉に工藤や、部屋にいた水谷たちも同意した。


「もしなんかあったら、軍人さんが起こしてくれるんだからな。それまでは安心して眠っておいていいだろう。体を休めるんだよ、働き詰めだろ?」

「……分かりました。お言葉に甘えて、寝かせてもらいますよ」

「ああ、そうしろ。誰か来たらそう伝えておくよ。おやすみ」


 イスカは机に手を突き立ち上がる。正直一歩歩くのも辛い、と思っていたら立ち上がったイスカの腰のあたりを夕菜が支えてくれた。


「……ありがとう、夕菜。ちょっと前までは僕が助けていたのにな」

「記憶を捏造しないでください。私の面倒を見ていたのは母さんが主でしたからね。そういえばジャングルジムからあなたが落ちて泣いた時は私が……」

「お願い夕菜、みんなの前でくらいお兄ちゃんにカッコつけさせてくれ……」


 夕菜は相変わらずツンとした様子だ。もうちょっと可愛げでもあれば、と思うのだがこのクールさが夕菜のいいところでもある、と思い直した。

 通路を一歩進むたびフェンスがガチャガチャと音を立てる。壁伝いに歩いて行った、突き当りがイスカの使っている部屋だ。


「兄さん、あなたが私たちのことを守ってくれているのは知っています」

「何だよいきなり、藪から棒に」

「感謝しています。でも、兄さんが無理をして戦い続ける必要なんて、ありません。あれをあなたは託されたのかもしれません、でも……」


 厳しいことを言いながらも自分のことを心配してくれる優しい妹。ジン、と胸に温かいものがこみ上げて来る。頭を撫でようとしたが腕が上がらない。


「ありがとう、夕菜。心配してくれて。でも心配はいらないよ」

「心配するななんて、そんなこと無理に決まってるじゃないですか」

「うん、まあそりゃそうなんだけど……いま俺は幸せなんだ。俺の力でみんなを守ることが出来るって。俺の力が何かの役に立つってことが嬉しいんだ」


 自分はそうするために生きて来たのだと、ここまで戦ってきたのだと、そう思えるのがイスカには嬉しかった。いままでそんなものはなかったから。


「だから大丈夫。僕は戦える。夕菜を、みんなを守るために戦える」

「……せめて、安らかに眠ってください。あなたが次に目覚める時まで、何事もなければいいって……私は、そう思っていますから」


 夕菜が扉を開けてくれた。イスカは夕菜と別れ部屋に入り、着替えもしないままにベッドに倒れ込んだ。疲労がまどろみを呼び、意識を覆い尽くす。


(ありがとう、夕菜。お前が心配してくれるだけで、僕は……)


 数秒もしないうちにイスカは眠りについた。

 視界が闇に包まれる……




 激しいサイレンの音が眠りの帳を切り裂いた。イスカはベッドから跳ね起きる。時計を確認してみると協定世界時16時、すなわちオーストラリアにおいては真夜中だ。オーストラリアを脱出する時間、何かがあったのだ。


「おはようございます、アスタルさん。もしかして何かあったんですか?」

『寝ていた分は仕事をしてもらうぞ。こちとら超過勤務だ。お前の予想通り敵の妨害があった、機動兵器隊には出撃命令が下っている。早く来い』

「了解。十分に寝たおかげで筋肉痛も全快です。やれるだけやってみます」


 通信を切り体調を改めて確認。

 ほんの数時間前まで死にそうになっていたとは思えないほど、体の調子は良かった。イスカは部屋から飛び出し向かった。戦場へと。

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