06-明日への遁走
「五倍の戦力……! ひゃ、百機以上のバトルウェアが来るってことですか?」
『バトルウェアだけではない。航空機、戦車、その他諸々……なかなか進まないオーストラリア侵攻に業を煮やしたのだろうな。奴さん、本気で攻めて来た』
そうなれば、この基地の戦力では一溜まりもないだろう。
『予定を繰り上げ、我々はオーストラリアから撤退する。そのために彼らも足止めを引き受けてくれた……その意志を無駄にしてはならないぞ、イスカ』
了解、と短く告げイスカはハッチに戻った。基地内では相変わらず整備員や作業員たちが慌ただしく作業を続けている。
「イスカ、こっちに! このカーゴキャリアーに機体を乗せて!」
足元からロナの声がした。そちらを見ると大型のキャリアーが艦船直通通路の前に停車していた。イスカはキャバリアーを寝かせコックピットから出た。
外に出てみると改めてすさまじい熱気を感じる。誰もが必死になって戦っているのだ。イスカは改めて気を引き締め、オリバセウスへと向かった。
「お疲れ様、イスカ。あなたのおかげでどうにかなったってみんな言ってるよ」
「そう言ってもらえると戦った甲斐がありますね」
足早に進みながらもイスカは周囲を観察した。かなり必死になって戦ったはずだが、それでもかなりの損耗率だ。戦車の装甲がヘシ曲がり、コックピットの潰れたAAが片隅に鎮座し、使い物にならなくなったヘリが下げられた。
昇降機で格納庫の上部へと昇り、オリバセウスへの直通通路へ。だが進んでいる最中、ぬっと彼らの前に現れる者がいた。
「キミたちが出て行く前に、会うことが出来てよかった」
「あなたは?」
「オーストラリア方面軍暫定司令、ジョナサン・ハーキュリーだ。忙しい時なのは分かっているが、少しだけ時間を貰えないだろうか?」
イスカはロナに目配せした。ロナは『先に行くよ』と短く言って二人の脇をすり抜けオリバセウスへと向かった。イスカはジョナサンと向かい合う。
「あの、こんな大変な時にいったい何のご用なんですか?」
「大変な時だが時間がないというわけではないさ。一度目の当たりは我々の勝ち、ならば敵は体勢を整えるために時間を必要とする。その間に我々も迎撃の準備を整えられるというわけだ……こうしてキミと話すだけの時間が得られたんだ」
そう言うとジョナサンはイスカのことを頭頂から爪先まで舐め回すように見た。
「ふむ、やはり普通の少年だ。戦うことに不安を感じてはいないかね?」
「覚悟して戦っています。それに決めましたから、もう迷わないって」
「羨ましくもあるね、その覚悟は。だが、少し肩の力を抜くことも必要だ」
ジョナサンはどこか遠くを見るような風にして言った。
「戦争は過酷だ。誰かと不安を共有出来なければキミは押し潰されるだろう」
「肝に銘じておきますよ、ジョナサン司令。もうよろしいでしょうか?」
ジョナサンの言葉は抽象的で、いまのイスカにはよく理解出来ないものだった。だからイスカは会話を打ち切りさっさと先に進みたかった。対処すべき事柄は現実であり、すぐそこまで迫って来ているのだ。ジョナサンもそんなイスカの様子を察して、苦笑したように微笑みながら彼に道を譲ってくれた。
「ここを生き残ったらまた会おう、海東くん。それまで死ぬなよ」
「分かっています。こんなところで、死ぬ気なんてありませんから……っていうか司令、そういうのって映画とかでお決まりの死亡フラグなんじゃ……」
「ははっ、そうそう死ねないものさ。トップなんてものはね」
そう言ってジョナサンは何が面白いのか笑った。イスカはジョナサンに一礼して走った。オリバセウスの連絡通路に入るのとほとんど同時に通路が切り離され、艦の出向を告げるアラートが鳴り響いた。
「遅かったな、イスカ。何をしていたんだ?」
入り口ではアスタルが腕組みをして待っていた。
「司令と話をしていたんです。それより、状況はどうなっているんです?」
「補給物資を積み込み出港したところだよ。いまのところ、ウチの隊に戦死者は出ていない。つまり、万全の態勢でオーストラリアを脱出出来るわけだ」
戦死。死という言葉がイスカに重くのしかかって来た。
(白浜で死んだ人の名前、なんて言ったっけ? 確か、AA隊の隊長だったよな。そんな偉い人でも、すごい人でも、一瞬で死んでしまう……それが戦場)
バトルウェアはAAや戦闘機、ヘリに比べて多少は安全だ。だがコックピットへの直撃、つるべ打ち、その他諸々。死因となるものはいくらでもある。
事実、イスカだって何人も殺して来たのだ。生き残るために必死になるのは誰でも同じこと。そこで他人の命を気遣う余裕などありはしない。
(絶対に死なない。僕は生き残って、もう一度日常へと還るんだ……!)
取り返せないものはいくつもあり。
取り返しのつかないことは数多だ。
それでも、イスカはあの日に帰りたいと願った。
進むことはなく、さりとて何も失うことのない日常へ。
イスカにとっての理想世界へ。
「オリバセウスはこれから隠密航行に入る。ブルーム港に入るのは二日か、三日と言ったところだな。それまでの間に敵襲がないとは限らん、準備を進めておけよ。いざという時に、後悔しないで済むようにな……」
「二日か、三日って。敵はすぐそこまで迫っているんですよ? なのに」
「確かにいま、アーガイル湖秘密基地は襲撃を受けているがな。一日二日で戦闘が終わるようなことは、そうそうない。しばらくの間は保ってくれるさ。少なくとも、俺たちがブルームから出港しオーストラリアから逃げるくらいの時間はな」
そういうものか、とイスカは納得した。本職の人間が言うのなら間違いはないのだろう。イスカは走って乱れた呼吸を整えながら考えた。
「まずは栄養補給ですね。飯を食いましょう、アスタルさんはどうです?」
「体は兵士の資本だ。分かっているみたいだな。いいだろう、俺も付き合うとしよう。それからお前はもうちょっと肉を付けろ。いざって時動けなくなる」
「アスタルさんみたいにガチガチになるのはちょっと。妹に嫌われる」
「安心しろ、もう嫌われてるだろ」
イスカとアスタルは並んで食堂に向かった。
こうやって気安い会話をすることが出来るのが、少しだけ嬉しかった。




