05-運命の出会い
イスカは島田に案内されて医務室へと向かっていた。自分が助けた人々の顔を、実際に見てみたかったのだ。島田もそれを喜んで受け入れた、元よりイスカに会わせるつもりだったので問題は何もない。あるとすれば一つだけだ。
「どうしてお前までついてくるんだ、夕菜」
「私が許可されているどこに行こうとも問題はないはずですよ、兄さん」
夕菜がその傍らにぴったりと寄り添ってついて来たのだ。まとわりつくように歩いているので、正直イスカにとっては歩きづらいことこの上ない。
「ははっ、兄ちゃんと離れられないとか可愛いトコあるんだな」
「触らないでください。セクハラで訴えますよ」
島田が伸ばす手を巧みに避ける夕菜。羨ましいくらいの反射神経だ。島田の方も不満そうな表情もしないので、案外いいコンビなのかもしれない。
「っていうか、僕が助けた人に会いに行くんだから夕菜が行かなくても」
「兄さんが粗相をしないように見張っておいた方がいいでしょう?」
いったい何をすると思われているのか。イスカは想像だに恐ろしかった。夕菜の中では自分がどれだけの化け物になっているのだろうか、と。
そんなことを気にしても仕方がないと分かっているが、それでも気にするなと言う方が無理だ。ただ、イスカは自信が欲しかった。自分が戦っている価値があるのだという証明が欲しかった。どこか歪んだ感情だ。
オリバセウスの医務室は上部、中部、下部とあるブロックのうち中部の尾に近い方にある。負傷した兵士たちを素早く収容するためであり、直通の階段もある。イスカたちは横開きの扉を開き医務室の中に入った。ツンと消毒液の匂いがした。
医務室のベッドは十床。うち四床が航空機事故の被害者で埋まっていた。長い口髭と顎髭が特徴的な壮年の男性、いかにも作業員といった風な筋骨隆々としたマッチョな男、頭をグルグル巻きにされた長髪の女性。負傷は重そうだが命に別状はないらしい。
「あっ……おはようございます、島田さん」
三人はまだ眠っていたが、一人だけ起きている人がいた。か細い声。
「寝てていいよ。まだ苦しいだろう?」
「みんなに守っていただきましたから……私は大丈夫です」
そう言ったが彼女は咳き込んだ。緩くウェーブのかかった赤い髪が揺れる。透き通るような白い肌、小さく細い体つき。小鳥が鳴くような小さな声と言い気弱そうな態度といい、イスカは庇護欲を掻き立てられた。
「メル、紹介するよ。彼がキミを守ってくれたイスカくんだ」
イスカは照れて首筋をポリポリと掻いた。視線を落とすと夕菜がドブを見るような冷たい視線を向けて来たので、慌てて目を背けた。
「あなたが助けてくれたんですね。どうも、ありがとうございます」
「い、いいんだよ。やって当たり前のことをやっただけだからさ」
いろいろと溜まりに溜まっていた文句や何やらが吹き飛んで行くのをイスカは感じた。こうやって目の前に感謝してくれる人がいると、張りが出る。
「でも、どうして飛行機に乗ったんだい? 危険だったろうに」
「おじいさんから、呼び出しがかかったんです。父が危篤だって、だから……」
それで危険な道程を進んでまで海を渡ろうとしたわけか、とイスカは納得した。オーストラリアと大陸とを結ぶ海底通信ケーブルはまだ生きていると聞いたことがあった。恐らくそれを使って通信を取っているのだろう。
メルと呼ばれた少女はまだ話をしたいようだったが、途中でまた咳き込んだ。ドクターストップがかかり、彼女はまた寝かされることとなった。
「……ねえ、メルちゃん。また来ていいかな? また、話をさせてもらっても」
「はい。イスカさんのこと、お待ちしていますね」
少し赤くなった顔でメルは笑いながら言った。
「私は……メルティオ・アルタイル。よろしくお願いします、イスカさん」
「うん。僕はイスカ……海東イスカだ。それじゃあ、また来るからね」
別れのあいさつを交わし、イスカたち三人は医務室から出て行った。
「彼女、これからどうなるんですか?」
「上からは一緒に連れて行ったやった方がいいんじゃないか、って言われてるんだよね。ここから先、航空便を出せるかどうか分からない。火星軍の攻勢が激しくなればそれどころじゃなくなるだろうし……それに、彼女は……」
島田は言い掛けたが慌てて頭を振るい、それ以上話そうとしなかった。
「それじゃあ、あの子とはしばらく一緒にいるってことですね」
「年下の女の子に鼻の下を伸ばすなんて。最低ですね、兄さん」
ジトリとした目で夕菜はイスカを睨む。
「なんだよ、夕菜。やけに突っかかって来るじゃないか。兄さんが誰とどこで会おうと別にお前には関係ないんじゃないのか?」
「まあまあいいだろうイスカ。大好きなお兄ちゃんを取られて嫉妬してるんだ」
「えっ、そうなのか夕菜? なんだよ、そうだったら最初から……」
「そんなわけがないでしょうが頭湧いているんですかあなたはアホですか」
夕菜は殊更強い否定を示してまくしたてる。そして表情を曇らせた。
「兄さんが誰のことを好きになろうとも、それは構いません。ですが、守るなんて安請負しないでください。守るってことは、つまり……」
「そうだな、戦うってことだ。あいつらと。でもなあ、夕菜」
イスカは腰を落とし、夕菜と視線を合わせた。視線を逸らそうとする夕菜の目を真っ直ぐ見て、イスカは宣言した。
「僕は戦う。あの子を、夕菜を、みんなを守るために戦う。迷いはないよ」
「ですが、兄さん……あなたがそんなことをする必要なんて……!」
「大丈夫だ、気にするな。お前の言った通り、僕は戦いが好きなんだからな」
夕菜はハッとしたような表情になり、そして視線を下げてしまった。イスカは立ち上がり格納庫の方に向かった。キャバリアーの調子を見るために。
(僕は戦う。そうしなければならないって、僕自身が思うから)




