04-見えない道筋
オリバセウスは崖の中に身を隠し、火星軍の攻撃をやり過ごした。そしていまも進んでいる、オリバセウスは海中航行能力と飛行能力だけでなく、低空ホバー飛行能力さえも持っているのだ。ヒラメにしては多機能過ぎる。
「これからどうするんですか。っていうか、どこに進んでるんです?」
戦闘後ブリーフィングルームに送られたイスカは、隣に腕を組みながら座るアスタルに質問した。彼はじろりとイスカを睨む、少しイスカは怯んだ。
「オーストラリア本隊と合流するのが先決だろうな」
「本隊と……でも、この辺りは火星軍の勢力圏なんですよね?」
「先程の砲撃を見る限りは、そうだな。だからオリバセウスは低空航行を続けレーダーや目視に引っかからないように動いている。物資に乏しく、また人員も足りていない。どうにかこの状況を解決する一手を掴めればいいのだが……」
アスタルは懇切丁寧にイスカに話をしてくれた。いままで誤解していたが、もしかしたらこの男はそれほど悪い人間ではないのではないか……とイスカは思い始めていた。
「キャバリアーと、お前に頼るしかない現状は歯痒いがな」
「……気にしないでください、悪いのはあなたじゃないんですから」
「知恵は出す。だからお前も、お前に出来る限りのことはしてくれ」
イスカが頷いたのとほとんど同時にブリーフィングルームの扉が開き、ヘイゼルと石動が入って来た。中にいた戦闘班は全員立ち上がり敬礼した。
「楽にしてくれ。我々は現在、火星軍の勢力圏内で孤立している。対空砲火を警戒し浮上することが出来ず、また増援が来る見込みもないから強引な手に打って出ることも出来ない。状況を打破するために、諸君らの知恵を貸してほしい」
どうにかする手を持っていないのか、とイスカは少しだけヘイゼルに失望した。いくつか意見が出て来て、ヘイゼルと石動はそれを吟味して却下する。
なかなか有用な意見は出てこない。イスカは段々と飽きて来た。
「ひとまずは夜を待ち、そこから移動を開始するしかないでしょうな」
「ああ、質量兵器クレーターの周辺は特に磁気干渉を受けやすく、光学観測機器やレーダーの類が使い辛い。こちらにとっても、奴らにとっても条件は同じだ。警戒を厳に、第二種戦闘配備を維持しつつ行動する。以上、解散」
何を言うことも出来ないまま解散となった。これで本当にいいのだろうか、とも思う。いいアイディアが浮かんでくるわけではないのだが。
「なに、抜本的な解決策などそうそう浮かんでくるもんじゃあないさ」
「そういうもんですか……軍人ってのはもっとこう、有能ですぐにすごい解決策を出してくれるんだと思ってましたよ。俺たちを巻き込むくらいですから」
「普通の人間さ、どこにでもいるな。だから、俺たちは戦っているんだ」
そう言ってアスタルはイスカの背中を大袈裟に叩いた。派手な音はするが大した力は込めていない。鍛えていないイスカにとっては凄まじい衝撃だったが。
「格納庫に行って、整備班にレポートでも提出して来い」
「レポート、って……」
「キャバリアーの装備を換装しただろう? その時の使用感や問題があると思ったところを提示すればいいんだ。そう難しいことをさせられるわけじゃない」
いま飯を食う他に出来ることがあるとすれば、そんなことくらいだろう。イスカは納得し頭を下げ、格納庫に向けて気だるげに歩き出した。
格納庫内では整備員たちがせわしなく動き回り、作業を行っていた。廊下に突っ立っていたら『邪魔だ』と怒鳴られ押し退けられてしまう。彼らが足早に向かっていったのはキャバリアーの足下、彼らはバトルウェア整備員なのだ。
「おかげさまでこっちはてんやわんやだよ、イスカ」
そばかすの整備員、ロナ・ミツキが欠伸交じりに話しかけて来た。
「被弾はまったくしなかったはずですけれど……」
「人工筋肉の疲労が結構蓄積していてね。キミ、いろんな場所を蹴ったり無茶な軌道で飛んだりしているだろう? そのせいで結構ガタが来てる」
非難めいた言葉だが、口調としてはそれほどキツいものではない。むしろ冗談のようなものなのだろう。けれど必死で戦っているイスカはムッとした。
「壊れるかもしれない、なんて考えながら戦うことなんて出来ませんよ」
「悪い、悪い。冗談だよ、本気に取ってくれるなよ?」
ロナは両手を上げて『降参』とでもいうような格好をした。
「で、スラスターの調子はどうだった? 使ってみて」
「ちょっと機体がガクガクする気がします。パワーが強過ぎるんですよ」
「なるほどね、推力が高すぎると。確かにスラスターは付けられる限り付けたから余分なものがあるかもね……機体のデータと突き合わせて削ってみるよ」
「後はいいですか? 何だか疲れてしまって……」
「随分余裕がないね。何か嫌なことでも……たくさん、あっただろうね」
「別に……そうしなきゃ死ぬってだけです。なんてことはありませんよ」
イスカはぶっきらぼうに言って、視線を機体の方に戻した。ロナは何か言いたげに手を伸ばしたが、しかしすぐに思い直してひっこめた。
(そうだ、僕はみんなを守るために戦っているんだ。批難される謂れなんてない。それに、あいつらは僕に勝手について来たんだ。守る義理もない)
どうしてこんなことになってしまったんだろう、とは思う。夕菜を守るために倉庫まで走ったのは確かだ。巻き込んでしまったことは申し訳ないと思う。
だが白浜の避難民たちは勝手に自分に着いて来て、軍事機密に触れて、そして宙ぶらりんの立場に立っている。それは自分のせいではない、と彼は思う。勝手について来て、重荷になって、その上恨まれるなど理不尽だとイスカは思った。
(自分のしたことの責任くらい、自分でとれよ! どいつもこいつも……)
内心で毒づいていると、艦内に高い警報が鳴り響いた。
「これは……なんですか。出撃警報とは違うみたいですけれど……」
「警戒態勢を取れ、ってことだと思う。でも全艦で命令があるまでは第二種戦闘配備で待機していろ、とすでに言われているはずなんですが……」
どんな理由であの警報が鳴ったのか、ロナも分かっていない。二人は固唾を飲んで次の言葉を待ち、十秒後スピーカーから次の声が聞こえて来た。
『こちら機動兵器隊隊長、アスタル・ペンウッド大尉だ』
「アスタルさんから? いったい何が……」
『11Km前方に国連軍の人員輸送用航空機が不時着した』
ロナのモニターにはその時の様子が映し出されていた。エンジントラブルか、黒煙を吐きながら落ちて行く飛行機。不時着時にも爆発はなかった。
『軍籍とはいえこれへの攻撃は条約で禁止されている。火星軍もおいそれと手出しは出来ないだろう……だが、救助活動に入るというのなら話は別だ』
「? どういうことですか、それ?」
「つまり、救助名目で乗員を拘束されるかもしれないってことでしょう」
『我々はこれより不時着した航空機の人員を救助するため作戦行動に入る』
『えっ?』とイスカとロナは同時に口を開いた。
『我が軍の情報を一つたりとも火星に渡すわけにはいかない。機動兵器パイロットは第一種戦闘配備に着け。整備班はそれまでに仕事を終わらせておけ』
それだけ言うと、アスタルは通信を切った。
イスカは呆然とした。
「自分から厄介事を抱え込むなんて……何を考えているんですか!?」
「さあね。でもやれと言われたらやるのが軍人だ。やるしかないよ」
ロナは大きなため息をついて仕事場へと戻って行った。イスカはどこか釈然としないものを感じながら、ぼうっと彼らの作業風景を見続けた。
(これ以上、厄介事を抱え込んで何になるっていうんだよ……? 僕たちには他人のことを考えているような余裕なんて、ほんの少しだってないはずなのに……)
それに答える者はいなかった。
出撃するその時まで、誰も。




