04-海上戦
もともと軍艦である万能潜水艦『オリバセウス』は居住ブロックとそれ以外の部分が独立していない。避難民に対しては入場制限を付けることで対応しているが、それでも軍人と民間人との接触を断つことは出来ない。
「おい、俺たちはいったいいつになったら降りられるんだ!?」
「安全なところにつくまでだ。それまでは指示に従っていてください」
「信じられないな。俺たちを戦争に巻き込むような人たちの言葉なんて!」
こんな益体のない言い争いを聞くのは、一度や二度ではない。聞くたびにイスカの気は滅入ったが。民間人のストレスは日に日に高まっているし、軍人も何度も同じやり取りをするうちに対応がどんどん投げやりになって来ている。このままでは決定的な対立を起こすまで時間はかからないのでは、と思ってしまう。
また、攻撃の矛先は軍だけに向かない。イスカの方にも向いて来る。
「お前があんなところに行かなきゃあ、俺たちが巻き込まれることなんてなかったんだ! どうするんだよ、お前! ちゃんと責任取りやがれ!」
「そうよ、元はといえばアンタのせいじゃない! アンタの親父が何やってたのかは知らないけどさあ、どうせあれに関係しているんだろう!」
寸胴体型の男、工藤と化粧の濃いおばさん、水谷が怒りの矛先をイスカに向ける。奥で配給食を食べている大家も、御堂家の御母堂も同じようなことを思っているのだろう。イライラとしながらも、それをぶつけないだけの分別はイスカにはあった。
自分に配給された食料を掻き込み、さっさと食堂を出た。キャバリアーの調整を見学したり、シミュレーターで操縦感覚を掴んだりと、やるべきことはいくらでもある。これまでは物珍しさで命を拾ってきたが、これから追いかけて来るのはキャバリアーの性能を知る者たちだ。いままでのようなラッキーは期待出来ない。
「兄さん、待ってください」
格納庫まで行こうとして、夕菜に呼び止められた。
「なんだよ。お前も僕に文句があるのか? 分かるよ、そんなことは」
「そうじゃありません、兄さん。あなたは……」
「戦いを楽しんでいるって言いたいんだろう? だったらどうだって言うんだ、楽しくても楽しくなくても戦うしかないんだったらそれでいいだろう」
イスカは妹の視線を振り捨てて格納庫へと向かった。その背中をずっと追いかける夕菜に、一抹の罪悪感を覚えながらも。
格納庫ではキャバリアーの装甲取り付け作業が行われていた。イスカの挙動は人工筋肉を酷使するため、戦闘毎に調整を行う必要があるのだという。
「やれやれ、データを取りやすいのはいいけどもうちょっと、こうね……」
「仕方がないじゃないですか、殺されないためにはああするしかない」
「まあ、機体をケチって死なれるよりはずっといいんだけど、さ……」
整備員のロナは嘆息した。イスカは格納庫を見回し、気になるものを見つけた。左右にタンクを備え、それを長い棒で繋いだ奇妙な物体だ。
「アレはいったいなんですか、ロナさん?」
「海中戦用の、まあ補助ユニットみたいなものかな。キャバリアーの両手であれを掴んで、積み込んだ武装で水中戦を行う。何があるか分からないから、基地にあったものを取り敢えず持ってきたんだ。使えるかは分からないけど」
「どれが有用か、いまは実戦で試験している段階なんですね」
さしずめ自分はモルモットか、とイスカは現状を皮肉った。
「オリバセウスはオーストラリアを経由しアラビア半島……現『グラディウス王国』領を経由してドイツに入る。長い旅になるだろうけどね……」
「どうしてそんな回りくどいルートを……」
ロナは懇切丁寧にその理由を説明した。奇しくもそれは、アッシュが使った理論と同じなのだが、もちろんそれを彼らが知る由などない。
「ふうん、国連って思っていたよりもがたがたなんですね」
「そうだよ、だから新兵器を作ろうなんてことになったのさ。真正面から当たってどうにかなるような相手だったら、ここまでこじれちゃいない」
イスカは不思議だった、どうして戦うことが前提になっているのか。今回の戦争では地球が悪いと誰も彼もが叫んでいる。本当に地球が悪いのならば頭を下げて、それで蹴りを付ければいいのではないかと思った。
もちろん、そう出来ないだけの理由はある。火星側に非がないわけではない。それらは巧妙に押し隠されているだけなのだとイスカには分からない。
「とにかくキャバリアーを持ち帰り、新型を作らないことには私たちは……」
ロナがそう言った時、振動がオリバセウスを襲った。イスカはつんのめって床に倒れ、ロナは壁に縋りついて何とか堪える。警報と命令が下った。
『現在オリバセウスは敵軍の魚雷攻撃を受けている。総員、持ち場につけ』
魚雷攻撃。こちらの動きがバレていたのだ。イスカは狼狽するが、兵士たちの動きは迅速だった。それぞれが揺れと混乱の中すべきことをした。
イスカもロナに促され、昇降エレベーターを使いキャバリアーの胸元へ。何度も揺れに襲われ、落ちそうになりながらも必死に歩き続ける。シートに腰掛け、ハッチを閉めた時ようやく一心地ついた。だが安心している時間はない。
『海東くん、キミは表に出て敵の攻撃部隊を迎撃してくれ』
「表って……海の中ですよ? そんなこと出来るわけがないでしょう!」
『オリバセウスは浮上する。キミには上空の敵に対応してもらいたい』
有無を言わせない口調だった。そうこうしている間に、キャバリアーのランドセルユニットが取り換えられた。ごてごてとしたブースターがいくつも取り付けられた不格好な装備。肩にも足にもいろいろと付けられている。
『フライトユニット、っていうか打ち上げユニットかな。理論上はこれを使えば、空戦を行えるだけの推力を得られると思うんだ』
「フワフワした説明をありがとうございます。どいつもこいつもぶっつけ本番、ってことか。たまには僕を安心させてほしいもんだな……!」
武装の構成はこれまでと同じ。ランドセルも改良され、144mmハンドキャノンも取り付けられるようになっている。つまり戦闘能力は変わらず、複雑さと重量が増したということでもある。
使い勝手の変わった機体、テストもせず操ることが出来るのか。勝てるのか。
(勝たなきゃ死ぬ、単純な話だ。やるしかない)
キャバリアー、リフトアップ。
海東イスカは再び戦場に立った。




