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雑貨屋のアルバイトを終えた頃、もう20時になっていた。外はすっかり暗く、私は自転車をこいで、シェリーの自宅へ行こうとした。シェリーの部屋の窓にはライトがついており、シェリーは部屋で起きていると分かって、私は自転車を置いてシェリーの部屋の窓まで走り、シェリーの窓を二回叩いた。
数回試した後、窓が開いてびっくりした顔のシェリーが顔を出してきた。
「アン!何でこんな時間に」
「ちょっと話したい事がある」
「待って、今親がいるから、出るのは無理」
シェリーの長い髪は重く湿っていた。きっとお風呂に入っていたのだろう。
「そんなに時間がかからないから」
シェリーはしぶった。だけど、窓の間から体を捻らせて、外へ出てきた。
「寒い」
と、シェリーは両腕で自分の体を抱きしめていた。確かに今夜は凍てつく夜だった。
「ごめん」
私は罰が悪そうに、または後ろめたいように俯いた。
「どうしたの?」
シェリーは、私の様子に気づいたらしい。
「あんたに言いたい事があって」
言わなくちゃ。だけど、本人を目の前にして、私の心の中で、さっき言いたかった事はあっさり散り散りになっていた。
「言いたい事って?」
シェリーは不安そうに私を見つめていた。私は、腹を決めて言った。
「別れよう」
その時のシェリーの顔を、私はきちんと見ていなかった。だけど、今まで悲しませてきた時の顔よりもずっと、悲しい顔をしていたに違いない。
「何で?」
シェリーはそれだけ言った。
「もう、二人とも終わってるんだよ」
ジャン・ダンテの事は口から出なかった。
「終わってる?終わってるって、そんな事ないよ。私は好きだよ、アンのこと」
「どうでもいい」
「何か嫌なことでもあった?」
シェリーは、どこまでも優しく問てくる。そのたびに、私は私自身が小さくなっていく思いをする。
「全部。もう嫌なんだよ。あんただって、私よりいい人いるよ」
私は、なるべく冷たく突き放すように努めた。
「それでも、アンがいい」
シェリーは、私の事を完璧だと思ってる。私に、いつも勿体ないくらいの言葉や愛をくれる。だけど、その愛は、私にとって怖くて、一番信じたくないものだった。
「そういうところが嫌いなんだよ。私、最低な女なんだよ。あんたとは違って底辺な人生だし、愛なんてわからないし」
「そこがアンのいいところなんじゃない」
「私、昨日他の男とヤったんだ」
シェリーは黙った。私の心臓は速いだけど、ここで止まるわけにはいかなかった。
「幻滅したでしょ。だから別れよう」
「そういう時も、あるよね」
私の言うことを、何でもないものにするかのように、シェリーは笑顔をつくった。
「あと、薬も」
「薬!?そんな、ダメだよ!そんな事しちゃ」
シェリーは声を荒らげた。
「うるさいな。親じゃないんだから」
私は段々、身勝手に苛苛しはじめて、眉を寄せながら芝生を蹴った。
「もうやらないって約束して。内緒にしてあげるから。それにもうその男の人に会わない方がいいよ。絶対に危ない」
私は、シェリーにジャン・ダンテの事を言われて、一番嫌だったから、ムキになって言い返した。
「あいつはいい奴だよ。シェリーに言われたくない。もうアンタには会わない。アンタも私には二度と会わないで」
そう吐き捨てて、シェリーの顔を最後に見た。シェリーは、心配そうな顔をしていた。私は、置いてきた自転車を取りに走っていった。後には気持ち悪い感覚が胸を掻きむしっていた。手首が切りたい。いや、薬が欲しい。ジャン・ダンテに会いたい。抱きしめて欲しい。私はタイヤを地面に滑らせ、人の少ない場所へ走っていった。ホームレスが私に、「姉ちゃん、一発頼むよ」と言ったから、私は「そこの酒ビンとでもヤってな」と言った。ポケットをまさぐると、ぐしゃぐしゃのレシートが出てきた。そこには、ジャン・ダンテの電話番号が書いてあった。すぐに、その番号へ電話をかける。三回目のコールの後、ジャン・ダンテの声が出てきた。
「よお、こちらジャン・ダンテ。ご用件は?」
私はすかさず言った。
「会いたい。今どこ?」
「ああ。昨日の、信者か。あー、今ちょっと、いや、大丈夫。ボーンヤード酒場にいる。分からなかったら……」
「分かった。今行く」
私は電話を切って、ボーンヤード酒場に足を向けた。私の頭の中には、あの神聖で汚らしいセックスと、ジャン・ダンテが歌う栄光よ明日へ、それだけだった。




