第六話 「人間は地球にとって、ただのニキビ治療薬だって言うのか?」
翌日土曜日。
高校陸上県大会のちょうど2週間前となる、この日。
休日なのに午前中から一日中練習漬けになるスケジュールが組まれていた。
午前中にアップ走や柔軟体操など軽い練習を行った後、
午後から各専門種目に分かれた。
長距離選手の俺と砂岡は、300mトラックを延々と何周も、
先輩たちの集団に離されないようにひたすら走っている。
その様子を顧問の柑子先生が、右手にmoltenのスターターピストルを持って、
厳しく監視していた。
大学時代は長距離走で有名な女子選手だった柑子先生は、
まだ先生になって3年目ということもあって、とにかく熱心だった。
大学卒業後は実業団チームに入る予定だったらしいのだが、
不景気のあおりを受けてチームが廃部となり、
うちの高校の体育教師になったのだという
今でも現役選手なのだが、生徒への指導も半端なく妥協を許さない。
「離されちゃダメ!」
言葉は厳しいけど、声はかわいい。
ルックスも小柄で愛らしいのだが、
右手に持つピストルが無言のプレッシャーを与えていた。
へばって集団から離されようものなら、
その雷管は突然爆音と白煙を上げて高校生男子の根性に喝を入れた。
300mトラックから少し離れたところで、のぞみは3mもある長い棒を携えていた。
土曜日は陸上部のOBが棒高跳びを教えに来てくれることになっている。
身長の倍ほどの長さがあるバーを、のぞみは両手で担いで走り、
踏切の練習をしていた。
準備だけでも手間と時間がかかり、特定の場所も必要な棒高跳びは、
県立高校の施設では毎日練習できるわけではない。
指導者もなかなかいないので、決まった日に集中して練習するしかない。
そして蒼生は、女子キャプテンの飛鳥先輩に頼まれたのか、
走り高跳びの練習を手伝っていた。
部活を終え、電車を自宅のある駅で降りた俺とのぞみと蒼生は、
河原の近くの公園に向かう。
途中、飲み物を買おうとコンビニに立ち寄ったのだが、
のぞみが炭酸飲料を買おうとすると蒼生が厳しく制した。
果汁100%のジュースかミネラルウォーター、お茶、牛乳など
天然成分で作られたもの以外は、蒼生が飲むことを許してくれない。
食べ物にうるさい理由は、
不純物を口にすると人間の体を通じて作られる「作品」の色や鮮度が悪くなるから、
ということらしい。
不純物の混じったものを地球に還元するなど、人間の行いとしてありえない、と
蒼生は公園までの道すがら、2人の地球原住民に熱弁をふるった。
蒼生が本当に宇宙なの人かどうかは別にして、その話は単純に面白かった。
のぞみはすっかり蒼生に師事する生徒になり、その授業を楽しみにしている。
「蒼生ちゃんの話を聞くと、なんかホッとするんだよね。
まぁ単に笑えるんだけどさ」
のぞみにそんな軽口をたたかれ、
「馬鹿にしないでください!」
蒼生はムキなって言い返す。
その可愛い気な様子に、俺とのぞみはつい笑ってしまう。
そんな不遜な地球原住民の態度に、蒼生は溜息をつくと、
急にさみしいそうな声で言った。
「残念ながら地球の人間は『うんこをするために地球に生まれてきた』
という使命を、まだ受け入れていません。
このままだと、いつしか人間は地球に淘汰されてしまうんです」
「地球に淘汰される?」
「そうです。
恐竜が6550万年前に絶滅したように、人間も地球に滅ぼされる日が来ます」
三人は公園の滑り台によじ登って、そのてっぺんに座った。俺は、
「恐竜って地球が滅したのか?その…地球自らの意志で?」
「そうですよ」
蒼生が何の迷いもなく肯定した。
珍しくのぞみは、腑に落ちないという顔をして蒼生に聞いた。
「恐竜って、地球の気温が下がって寒さで絶滅したんでしょ?」
「地表の温度を変える位、地球には何てことないですよ」
「地球が自分で温度を変えたってこと?」
「そうです」
きっぱりと蒼生は言い切った。
あれっ?でも恐竜絶滅の理由って、詳しくは何だっだっけ。
確か、隕石が地球に落ちて、気温が下がって、とかじゃなかったか。
「蒼生、恐竜は隕石が地球に衝突して、大量絶滅したんじゃないの?」
そんな正論をぶつけてみた。
ちょっと意地悪な質問だなと思ったが蒼生は、
「それは6550万年前に、メキシコのユカタン半島に直径10kmの隕石が落ちた事を指してますね?」
と、しっかりと打ち返して、さらに続けた。
「その時に発生した大量のチリが太陽光を遮ったことで、
地球の気温が下がって恐竜が絶滅したという『パプティスティナ原因説』の事を
山吹君は言ってるんだと思います。
確かに地球の多くの学者たちは、これを恐竜絶滅の原因にしようとしている
ようですね。
でも隕石が落ちる前から、恐竜の数が激減し始めていた事も分かっているんですよ。
それに隕石が落ちた後、50万年以上も生き残り続けた恐竜たちだって、
たくさんいるんです。ティラノサウルスなんかがそうですよ。
確かに隕石で死んだ恐竜もいますけど、それだけが恐竜絶滅の理由ではありません。
インドで火山の噴火だってありましたし、
地球上の様々な環境変化も原因となって恐竜は絶滅したんです」
蒼生は野菜ジュースのパックをストローでひと口飲むと、さらに先を続けた。
「結論から言うと、恐竜は、地球が自分の意志で滅ぼしたんですよ。
なぜなら恐竜が必要なくなったからです。
一瞬、という訳ではありません。地球にとっては千年だって一瞬ですから。
時には瞬時に。時には時間をかけてゆっくりと、です。
火山の噴火、有毒ガス、気温の変化、疫病、
そしてたまたま巡って来た隕石の落下の力も借りて…
本当に色々な手段を講じました。
その全ては地球自身が望んだことなんです」
またずいぶんと飛躍した話なので、すんなりとは理解できなかったが、
のぞみは、
「ねぇどうして、地球は恐竜が必要なくなったの?」
全てを受け入れたうえで、蒼生に質問をぶつけた。
「私が、向こうで学んだ話ではですね…」
蒼生の知識は、どうやら彼女が16歳までの間に向こうの星で勉強した事が
全てらしい。
なので、自分が知っている範囲の話なのですが、と時々話をする前に
一旦断りを入れる。
「そもそも、地球にうんこをしてもらうだけなら、恐竜で十分だったんです。
恐竜は体が大きいから、一度にたくさんの量が産出できます。
自然界のものしか食べないから、色もきれいな黄色だったそうですよ。
地球が誕生してから45億年位までは、恐竜の天下でも上手くいってたんですよ」
「確かに蒼生が言うように、地球がたくさんのうんこを欲しがってるなら、
恐竜とかクジラとか大きい動物だけで十分だよな」
俺も意外と蒼生の世界の中で会話できるようになってきている。
のぞみも俺の感想にうなずきながら、
「人間は、ちょっとしか出ないもんね…」
と恥ずかしそうに笑った。
「ちょっとって…」
言うようになったな、のぞみも。
「のぞみ、確かに人間は便秘だってするし、地球には役立たずだよな?」
のぞみは顔を赤らめ、怒ったような表情をみせた。
今度は蒼生に、さきほどから気になっていた事を聞いてみる。
「でも、どうして地球は人間が必要になったんだ?恐竜だけで良かったんじゃないか。人間なんて量も出さない上に、環境破壊やら天然資源の乱獲やら地球にロクなことしないぞ?地球にとって人間は、何一ついいことしていないように思えるけど…」
「いいえ、それこそが地球が人間を必要とした理由なんですよ」
蒼生は俺の意見をきっぱりと否定した。
「環境破壊が?」
「環境破壊だと思っているのは人間だけです。これは地球が望んだことなんです」
「地球が望んだこと?」
のぞみが身を乗り出して聞き返したので、俺は蒼生に対するツッコミを控えた。
地球に聞いたのかよ?と本当は返したかったんだけど…。
蒼生は、そのまま続けた。
「地球が人間を望んで、人間を創り出したんですよ。なぜだか分かりますか?」
問いかける蒼生を見つめたまま、のぞみが頭を横に振った。
「その理由を説明するには、恐竜の時代までさかのぼります。
その頃地球は、地球の体内にため込んだ膿がピークに達していたんですよ。
恐竜の時代までに地球はもう45億年近く生きていますからね。
体の節々に弊害が出ていたんです。
地球の『膿』っていうのは、人間の世界でいう石油、天然ガス等などの
天然資源の事ですね。
これらが地表の下に溜まったり、地表の外に吹き出したりしていたんです。
まぁ吹き出物みたいなものですよ。
石油や石炭、天然ガスは様々な生物の死骸や地殻活動などが元になって
出来ていますから、
時間経過につれてどうしても地球の表面に溜まるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
素直に感心するのぞみ。蒼生は続けた。
「これまではずっとほったらかしにしていたんですけど、いよいよ地球は、
自分の体表の下に溜まったこの吹き出物の治療が必要になったんです。
まあ吹き出物だから、ほっといても死ぬわけではないんですよ。
でも地球もお年頃ですから、綺麗にしておきたいわけです。
そこで作られたのが人間です。
地球は既存の類人猿をベースに、地球が元来持っている能力と宇宙から
手に入れた起源物質を使って人間を作ったんです。
小回りの利く体長、器用な手先、そして明晰な頭脳を持たせることが
ポイントだったようです。
恐竜をベースにして頭のいい種族を創ることも出来たんでしょうけど、
地球はその手段は選ばなかったようです。
もう恐竜に飽きていたのかもしれませんね。
人間なら上手に石油や石炭、天然ガス、鉄、金、ダイヤモンド、
放射性物質等といった吹き出物を取り除き、
地球に優しく上手に処理してくれるだろうと地球は期待したんです。
そして事実、ヒトは400万年という年月をかけて
地球の期待通りの生物に育ち、
地球の求める仕事を成し遂げるに至ったわけです。
まぁ400万年といっても、永遠に時間をもてあましている地球にしてみれば、
そんなに長い時間じゃありません。
逆に人間が成長する様子を眺めて楽しんでいる位の余裕があったと思います。
だから地球は、人間にはあまりうんこの量を期待していません。
人間の体は大きくなくていいんです。
人間には吹き出物の治療を優先して欲しいわけですから」
なんだそりゃ…。
人間は地球にとってニキビ治療薬だって事なのか。
俺はつい言葉を荒げた。
「おい蒼生、人間はうんこをして地球の吹き出物を治療することが
生まれてきた理由だって言うのかよ!」
「そうですよ。まあ…そんなものです」
涼しげな表情で蒼生は答えた。
「陽太、何興奮してるのよ」
のぞみが、俺をたしなめた。
いけない、
俺は蒼生の話をくだらない妄想話として聞き流していたはずだったのに。
つい人間の尊厳を侮辱された気がして、本気になってしまった…。
だがのぞみは、そんな人間の存在理由にいたく感心したようで
「なるほどね」
感嘆まじりにつぶやくと、蒼生に質問を始めた。
「人間が生まれた理由は分かったけどさ、どうして恐竜は絶滅したの?
そのまま生きていてもいいのに…」
「それは、人間の脅威になると思われたからですよ」
蒼生は、いい質問ですねと言わんばかりに何度もうなずいた。
「人間が活動する上で、恐竜は邪魔だと判断されたんです。
だから恐竜は人間のために地球からリセットされたんですよ」
リセット?
「地球にしてみれば、自らの体温をちょっと下げるだけで恐竜なんて
コロリですから。何ていうことないですよ。
まぁわざわざ気温を下げなくても、恐竜を駆除する方法なんて地球には
いくらでもありますし…」
地球にしてみれば恐竜など取るに足らない存在なんだと胸を張る蒼生。
そりゃそうなんだろうけど…。
小さい胸を張るしぐさが、何かエラそうで可愛いけどさ。
「こうして恐竜がいなくなった地球上で覇権を握ったのが人間です。
人間がやるべき仕事はふたつ。
うんこをすること、そして地表の吹き出物の治療です。
地球の期待通り、人間は石油や天然ガスなどの地中の有害物質を掘り起し、
地球にやさしい方法で、それらを消費してくれています」
蒼生は、まるで地球の代弁者であるかのように人間の功績を褒め称えた。
だが、のぞみの表情は話の途中からだんだん険しくなっていた。
「ねぇ蒼生ちゃん、お掃除が終わったら人間はどうなるのかな?」
あっ確かに…。
どうなるんだ?あと何年かで地球の資源は尽きるって言われているし。
「お掃除が終わったら、人間は地球上に必要ありません」
あっさりと衝撃的な事を蒼生は言った。
「人類は石油や天然ガスなどを掘り尽くした時点で、地球に廃棄されるんです」
「えぇっ蒼生ちゃん、どういうこと」
「廃棄って何だよ」
興奮気味に問い返す二人に、蒼生は冷静なままだった。
「地球が人間を必要としなくなったとき、地球は人間を削除します。
恐竜を大量絶滅に追いやったのと同じようにです。それは本当にあっさりと」
蒼生は夜空を見つめながら淡々と説明した。
「地球はいらなくなったものを何の未練も無く捨てます」
蒼生は言い切った。
その潔い言葉に、俺ものぞみも二の句が継げなかった。
「地球にとって人類は、一時的な掃除係でしかないんです。
地球にしてみれば人間なんて、地表に湧いた寄生生物くらいの認識なんですよ。
どんなに人間が地表に文化や文明を築き、
新しい未来を創造していると思っていても、地球にしてみればそんなものは、
皮膚の上に出来たカサブタみたいなものです。
人間がやるべき掃除が終わったら、地球はとっとと人間を用済みにします」
教科書に載っている解説を読み上げるように、蒼生は人間の末路を淡々と、
あたりまえのことのように語った。
「蒼生、用済みって、絶滅するってことか?」
「そうですね。それが『人間』という種族が抱えた運命ですから」
蒼生は、2人を感情を欠いたような冷めた目で眺めた。
その静かな空気を嫌がるように、のぞみが言葉を放つ。
「人類は滅びるの? いつ?」
「そんなに遠い日じゃないです、多分」
「地球に何が起きるの?」
「方法はいくらでもあります。
地球にしてみたら人間を消滅させるくらい、何ら難しい事ではありませんから」
「蒼生、なんでそんなこと言えるんだよ。何を根拠に言ってるんだ。
それって…ただのお前の妄想じゃないか」
蒼生の言動を看過していた俺も人類が絶滅すると言われ、感情的になっていた。
だが蒼生は、優しく笑みを見せながら答えた。
「私の星の人間たちも、そうして自分の星に捨てられたからですよ」
蒼生は微笑を浮かべたままだった。そして俺たちを暖かく見つめていた。
「星は私たち人類の事なんて、なんとも思ってないですよ」
確かに人間が地球にとっての掃除係なら、掃除が終わったら不要なんだろうな。
蒼生の話をどこまで信じるかどうかは別にして、
人間が地球にとっての寄生生物という点に、証拠はないけど
反論する材料もなかった。
「ねぇ、私たちは、どうすれば助かるの?」
人類滅亡という言葉に、のぞみが動揺していた。
「地球に必要な生命体になればいいんですよ。それしかありません。」
地球に必要な生命体…
「えっ、それは大きな…アレをたくさん出すって事?」
アレって…。
まだのぞみは、うんこって言葉を口にするには抵抗があるんだな。
だがのぞみは真剣だった。
「便秘を治して、毎日いっぱい食べて、いっぱいすればいいの?」
まるで、すがるかのように問いかける。
しかし、蒼生は首を振った。
「人間がうんこをする量には限界があります。
人間の体のサイズでは、地球の要求する量は到底満たせないんです。
人間が求められているのは、量ではありません」
確かに、量を求められて人間が創られた訳じゃないって蒼生は言ってたよな。
だったら恐竜で十分だった訳だし。って事は…
「蒼生、資源を大切に使えって事か?」
地球に吹き出物がある限り、人類が延命できるのなら、
答えはおのずとそういうことになるはずだ。
人間は資源をゆっくりゆっくり掘り起こせばいい。
しかし蒼生は、これも否定した。
「節約した所でいずれ資源は無くなります。
遅かれ早かれ人間は不用品になりますよ。
地球に求められた行動は、実は人間の寿命を縮める行為でもあります。
地球の言いなりになっていては、根本的な解決にはなりません」
確かにそれは正論だった。
地球が人間に求めている事を忠実に実行していくと、
いずれ人間は必要では無くなる。
それならボイコットすればいい、
なんて子供じみた作戦は地球には通用しないか…。
では、どうすればいいのだろう。
すっかり俺は蒼生の思考ルールの中にはめられて知恵をしぼっていた。
だが、その答えを知りたいとも思った。
クイズの答えを教えてもらえないもどかしさ、みたいなものかもしれないが…。
どうにも解決策が浮かばない。
「分からないよ。地球に必要な生命体になるってのはどういう事なんだ」
「蒼生ちゃん、知ってるなら教えてよ」
地球を代表して二人が答えを求める。
だが蒼生は、その質問に急に顔を赤らめた。
「あの…。ちょっと恥ずかしので、また今度でいいですか」
えぇっ。なんだそれ。
「もったいぶらずに教えてよ!」
のぞみは悲壮な顔で蒼生に答えを要求した。
いくら何でもそれを教えないってのは無しだろ、と俺も憤ったが、
蒼生ワールドにすっかりはまっている自分に違和感を感じる位の客観性を
まだ俺は保っていた。
蒼生は、頬を赤らめて照れているばかりで、また今度ね…の一点張り。
「何だよ、蒼生にも恥ずかしいことなんかあるのかよ」
「ありますよ!当たり前じゃないですか」
「へぇー」
平気でうんこは言えるのにな。不思議なものだ。
「じゃあ、私にだけ教えてよ」
のぞみは、女同士という特権を生かして、さらににすがった。
まあ確かに男には言いにくいことかも知れないしな。
だが蒼生は手をパタパタさせて、
「いや、まだそんな、すぐに人類が絶滅するって事じゃないですから…」
と、この話題の幕引きを始めた。
何がそんなに恥ずかしいんだ?
とても人類絶滅の話をしているとは思えないような狼狽ぶり。
まぁ、この話題はこのくらいでいいか。俺は蒼生に助け舟を出した。
「でも資源が無くなったら、また地球上に恐竜が復活したりするのか?」
「えっ恐竜?」
のぞみが驚いたように声を上げた。
「いや、もう一度いっぱい量が必要になるんだろうからさぁ」
蒼生の論理ならそうなっても、おかしくないはずだけど。
でも人間と恐竜の共存って可能なのか?
「やだよ、恐竜なんて…」
のぞみは一瞬、顔を引きつらせたが、
「あっ、でも恐竜が襲ってきても今の人間なら倒せるよね」
「そうだな」
飛行機もミサイルもあるし。
でも、映画のジュラシック・パークで見た恐竜は、頭がいい上に敏捷で、
強かったな…。
小型、中型の恐竜は隠れたりも出来るから、結構苦戦するかも。
「地球が恐竜を復活させるというのは、あまり現実的ではないと思いますよ」
蒼生が、話に入ってきた。
「そうなの、よかった」
安堵の溜息をつくのぞみをながめながら、蒼生は続けた。
「恐竜や人間に続く、新しい生命体を地球が生み出す可能性の方が高いですよね」
・・・。
それって最悪の事態じゃないの?
人間に代わる新しい生命体の想像をめぐらしてみたが、
なかなかそんな未知なる生物は想像もつかず、
蒼生もそこまでは分からないと言った。
時間も遅くなったので、この日はここでお開きになった。
のぞみは蒼生に、次の講義の約束を取り付けた。
蒼生の話は壮大な妄想だとは思うが、そうかもしれないと感じる部分も確かにある。
「地球が人間を作った」
「人間はうんこをするために生まれてきた」
「人間は地球のニキビ治療係」
蒼生の話に根拠はない。
彼女が宇宙人である確かな証拠を見せてもらうことも出来ない。
ただ、その話に妙な説得力はある。
蒼生が木蔭で見せてくれた光り輝く不思議な青い花にも、
彼女の話が妄想だと切り捨てられない神秘性が顕在していた。
※ ※ ※ ※ ※
家に帰ると、今日も姉貴がリビングのソファに寝転がりテレビを観ていた。
俺はカバンをソファーの上に置くと、
「姉貴、何見てるんだ?」
「温泉が湧いてるんだってさ。世界中で」
「そりゃまた、のどかな…」
鼻で笑って覗き込んだテレビの画面は、そんな情緒あふれる画面ではなかった。
世界各地の繁華街や幹線道路、駅前などからお湯が噴出していた。
地下水が噴き上げて地下が空洞になったことで、
地盤沈下や陥没を起こしている地域もあった。
「すごいことになってるな」
画面に引きつけられるようにテレビに近づいた俺に、姉が、
「こうなると、人間は無力だよね。ただ受け入れるしかない」
そんな哲学的なことをつぶやいた。
「お腹が空いても人間は無力だよ。今日の夕飯、何?」
「そこにあるだろ」
テーブルの上にマク●ナルドの紙袋が置いてあった。
「ハンバーガー買って来たのかぁ」
ちょっとガッカリした気持ちが、言葉にしっかり乗っていたと思う。
姉は俺を無視したまま、黙ってテレビを見ていた。
今日の夕飯は手抜きか。
珍しいな。まぁたまには面倒になることもあるんだろうな。
普段はしっかり作ってくれているので、別に姉を責めるつもりはない。
俺は何も言わず、紙袋からビッグ●ックの容器を出しフタを開いて、驚いた。
容器の中身はハンバーガーではなく、豪華なおかずが贅沢に詰められていた。
「何これ、すげえじゃん」
「ははっ驚いたか」
サプライズを狙ったらしい。
俺だけしか驚いてくれる対象がいない自宅という環境で、
わざわざこんなに力を入れなくてもと思うのだが。
とんだ才能の無駄遣い。
「フランスの有名なシェフが、好んでやるサプライズらしいよ。
星付きレストランに行ったら、ビッグ●ックが出てきて、驚いて箱を開けると、
豪華な料理が入っていたりするらしい。ちょっと私なりにやってみたよ」
もう一つのチーズバーガーの包装紙の中には、
かやくごはんのおにぎりが入っていた。
そんな奇抜な夕飯を食べながら、姉は今、
手探りで自分の羅針盤を探しているんだなと思った。
父が提示した航路とは別ルートの可能性を探るため。
「人は何のため生まれてきたと思う?」
俺の口からそんな質問が自然とこぼれた。
姉は溜息をつきながらも返してくれる。
「それが分かったら、苦労しないよ」
そう答えると、姉はテレビのニュースを見ながら、
「生まれて来たことに目的なんかないよ。
人間だって犬や猫と同じただの生き物だから。
人間は、自分が生まれたことに意味を求めたいだけなんだ。
でも本当は、人間には生まれてきた意味なんてないんだよ。
意味がないから、意味を求めて悩むことは無駄なのさ…。
それでも意味を求めちゃうんだけどね…」
姉が、普段見せない饒舌な一面を覗かせた。
「俺の友達に、人間が生まれて来たのはうんこするためなんだって
言うやつがいたよ」
「なんだそれ」
「地球のために、うんこをしてあげるんだってさ。
そのために人間は生きているって」
そんなざっくりした俺の説明に笑う姉。
「意外とそうかもしれないな」
姉は疑問を挟むことなく、すんなりと蒼生の話を受け入れた。
ハンバーガーの容器に入ったカツオのたたきや、かやくごはんをつついていると、
スマートフォンにのぞみからのメールが届く。
そこには「蒼生ちゃんと話したら元気が出たよ」と書かれていた。
「しょせん人間は、そんな存在でしかないんだなと思ったら楽になった」と。
確かに気楽にはなるよな。
うんこをするために生きてる、なんて馬鹿馬鹿しい位の方がいいのかもな。
色々なことを考えすぎて人生を停滞させている姉を見ると、そう思う。
のぞみのメールをスクロールさせると、続きがあった。
「蒼生ちゃんが宇宙人だとしたら、何のために地球に来たのかな?」
そういえば、そうだな。何でだろ。
蒼生が地球に来た理由。
本当は「地球で生まれて地球で育った、正真正銘の地球人」
が正しい答えだとは思うんだけど…。
今度蒼生に聞いてみよう。
どんな答えを返してくれるのか、ちょっと楽しみでもある。
とりあえずのぞみには、
「もちろん蒼生は、地球にう●こするために来たんだよ」
と返信しておいた。




