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三千世界  作者: シェイフォン
東方文明
2/7

全ての始まり

 世界の東端に位置する国、ジパング。

 女王――卑弥呼を頂点に据えたその国は『巫女』や『忍者』、『サムライ』といった世界でも類例を見ない独特な職業が溢れ返る摩訶不思議な島国だった。


ガイア協会、ジパング支店。

「計算が出来ました。猿飛佐助様、六番までお越し願います」

「ようやく終わったか」

 河童からそう発せられると同時に立ち上がる一人の青年。

 黒装束に頭巾、黒いマスクを装着しているせいか青年の容姿は判別つき辛いものの、瞳から発せられる鋭い眼光から切れ者という印象を与える。

 群衆でごった返しているのに誰にも当たらずにすいすいと進む様子は相当の手練れだと予想がついた。

「ご苦労様ですにゃん」

 六番受付に辿り着いた佐助を迎えるのは人――ではなく三毛猫。

 しかも尻尾が二本生えた、猫又と呼ばれる化け猫だった。

「猿飛佐助様の獲物は……子鬼の角が三本、八咫烏の羽が二枚、そして狼の毛皮が三枚合計二千五百三十二円、そして依頼達成ということでプラス二万の計二万二千五百三十二円だにゃ」

「随分と安いな」

 猫又が示した額に苦渋の声を出す佐助。

「あれだけの苦労をしておきながら見返りがこれだけとは。赤鬼が出てくるなど聞いていなかったぞ?」

 佐助が受けたのはある領域の駆除。

 依頼主の領地内に妖怪が住み着いたのでそれを退治してくれというのが発端。

 情報では魑魅魍魎に毛が生えた程度だったのに、実際だと複数で相手をするのが基本の鬼が出てきた。

「特別料金が欲しい」

 赤鬼を倒すために少なくない道具を消費してしまった

 予定外の出費に対して佐助は抗議するが。

「まあ、そんなことは日常茶飯事ですにゃ」

 猫又は前足で顔をなでながらそうのたまった。

「……」

「っと、それは冗談として――このお詫びとして面白い依頼が来れば優先的に回すということで勘弁してもらえないかにゃ?」

 コメカミに血管を浮かび上がらせた佐助の顔を見て慌てて付け足した。

「それが妥当だろうな」

 猫又の提示した条件に納得したのだろうか。

 佐助は矛先を収め、早く金を出せと請求する。

「やれやれ、せっかちさんだにゃ」

 そう呟きながら金を用意する猫又は続けて。

「しかし、赤鬼を単体で倒してしまうのなら、パーティを組んで依頼を受けても良いのでは?」

 戦闘系依頼の大半は大抵が複数人揃えていることが条件。

 単体でも可の場合、今回のように情報が不確定なのに旨みも少ない依頼しか回ってこない。

 その点を猫又は指摘すると。

「師匠が許さない」

 佐助の師匠は彼にパーティを組んでも良い許可を与えていない。

「それ以上にそんな時間がない」

 さらに日々が訓練に次ぐ訓練のため、二日以上暇をもらうことが出来なかった。

「残念ですにゃ、猿飛佐助様ほどの御方なら引く手あまたでしょうに」

「本当に残念だ」

 ペタンと猫耳を折り曲げて悲しみを表現した猫又に対し佐助は面白くなさそうに肩を竦める。

「この話題はやめてくれ。万が一師匠の耳に入ったら俺は副業が二度とできなくなる」

「それは大変ですにゃ。猿飛佐助様が失うのはこの支社の大きな損失となるにゃ。気を付ける……さて、はいお金にゃ」

 金を差し出す時の表情は万人に向けられる事務的表情。

「うむ、確かに受け取った」

 それで佐助は雑談が終わったと判断し、文句を言わずに受け取る。

「では猿飛佐助様、次回もまたご贔屓に」

 最後に猫又はそう声をかけ、こちら側では見えない帳簿に目を落とし、何やら書き込み始めた。

「さて、今日の夜ぐらいは外食するか」

 袋に入った貨幣を一瞥した佐助はそう漏らす。

 明日からまた厳しい勲等が待っている。

 それに耐えられるよう、疲れを明日に残さない程度に遊ぼうかと佐助は考えた。


 夜半の浜辺。

 久しぶりの外食に舌鼓を打ったせいか佐助の機嫌は非常に良い。

 どれぐらいかというと、鼻歌を口ずさみながらブラブラと歩くほどである。

 波はほとんどなく、満月が水面に映るほど。

 波音に心を任しながら佐助は時間をかけて家路についていた。

「ん?」

 海を見ていた佐助の目に異物が映る。

 当初は流木かと考えたが、あまりに人の形をし過ぎている。

「少し行ってみるか」

 どうしようか逡巡したのもつかの間、好奇心に負けた佐助は波打ち際へと向かった。

「……」

 佐助の目に飛び込んできたのはずぶ濡れの人間。

 が、白肌に金髪とジパングではまずない容姿に加え、着ている服も佐助に覚えはない。

「おい、大丈夫か?」

 とりあえず佐助はうつ伏せ状態から仰向けへと体位を変える。

 背丈と体重、そしてあどけない顔から年齢は十二、三頃。

 少女と呼ぶのが相応しい背格好である。

「……」

 佐助の呼びかけにも少女は応えない。

 胸がかすかに動いていることから生きているだろう。

「……やれやれ、余計な拾い物をしてしまったな」

 少女を抱えながら佐助は溜息を零す。

 こうして出会ったのも何かの縁。

 見捨てるのは忍びない以上に、もし師匠にこのことがばれたら確実に殺される。

「帰ったら真っ先に風呂だ」

 ずぶ濡れの少女を背負うということは必然佐助も濡れる。

 体調を万全に整えるためにもまずは風呂だと佐助は心に決めた。


「――っ」

 真夜中。

 少女は目を覚ます。

「え? え? え? え?」

 そして反射的に辺りを見まわし、己の状況を理解することに努めた。

「べとべと……」

 ざらつく感覚を覚えた少女は不快そうに顔を歪める。

 海水に浸かり、その後に真水で洗い流していないから当然だろう。

 だが、それでも体が冷えなかったのは上から毛布らしき羽織を何枚も重ね、さらに暖炉らしき囲炉裏で火をくべていたのが大きかった。

「あ、食べ物」

 次に少女は目の前に置かれた干し柿と水筒に気付く。

 クルルルルルル。

 それを見た途端お腹が鳴る。

「いただきます」

 少女ははしたなさに真っ赤となりながらも置かれた食べ物に手を付け、最初は恐る恐る、ついには掻き込むように口へ入れていった。

「ふう……」

 一息ついた少女は改めて周りを見渡す。

 十人の人数が生活できそうな大きい部屋だが、窓と玄関の関係上一部屋しかない。

「牢獄じゃないみたい」

 鉄格子もなく鎖もない、逃げ出そうと思えば何時でも実行できる環境。

「――」

 だからだろうか、部屋の隅から人影が立ち上がり、己の方に向かってきても少女はさほど警戒心を抱かない。

「あの、ここはどこ? あなたは誰?」

 それどころか少女は目の前の男を見上げてそう尋ねた。


「――、――? ――?」

(全くわからん)

 少女が何かを訴えているが、ジパング語ではないため佐助には皆目見当がつかない。

 容姿といい服装といい、言語といい、佐助の予想通りに少女は外来人だった。

「なあ、俺の言葉は分かるか?」

 試しにそう聞いてみるが少女は首を傾げるだけ。

「――、――。――?」

 そして何事かを聞いてくるが、佐助には理解できなかった。

 少女も言葉が伝わっていないことに気付き始めたのだろう。

 段々と瞳が揺れ始めていた。

 言葉が伝わらないのなら体言葉で意思表示をしようと思い、佐助は身振り手振りで説明を始める。

 お湯で濡れた暖かい布と浴衣を取り出して少女の前に置く。

 そして笛を渡し、終わったらそれを吹くよう仕草で示して佐助は外に出た。

「これからどうしようかな?」

 満月を見上げた佐助は明日のことを考える。

「とりあえず明日、師匠の下へ行く前に役場へ寄るか」

 ジパングの海外関係は役場に集約されている。

 そこで少女が手配されているかもしれないし、何よりも通訳者がいる。

 ピーーー。

 控え目ながらも聞こえた笛の音。

 それによって佐助は現実へと引き戻された。

「……丈は問題ないから良いか」

 佐助の用意した服はジパングに住む者を基準に考えられた代物。

 外来人である少女が着るとちぐはぐな印象があることは否めない。

 しかし、ずっと着るわけじゃないのだから、この際目を瞑ろうと佐助は考えた。

「もう寝ろ」

 佐助は布団に入って眠る仕草をする。

「明日、行く」

 日が昇る様を手で示し、玄関口を指さす。

 これで少女は理解したのだろうか。

 佐助は少女の反応を待った。

「――イズン」

「ん?」

 少女の言葉に佐助は片眉を上げる。

「イズン、イズン……――イズン!」

 少女は己を指さして同じ単語を繰り返してきた。

「ああ、そういうことか」

 佐助は納得する。

「お前の名はイズンだろう?」

 指を差してそう指摘すると少女は案の定笑う。

 白い歯を見せ、喜色を満面に表現した少女は紛れもなく美しかった。

「俺は猿飛佐助。サスケだ、サスケ」

「サスケ、サスケ……――サスケ!」

 少女は佐助の名前を覚えたらしい。

 何度もそう繰り返した。

「さて、イズン。寝ろ」

 佐助は寝る仕草を繰り返す。

「――、サスケ――」

 意思疎通が出来たからなのだろう。

 少女の顔から険や恐怖が消え、布団に横になった。

「さて、俺も寝るか」

 少女が寝息を立て始めるのを確認した佐助は連なった座布団に体を寝かせる。

「何事もなく終われば良いけどな」

 佐助のやるべきことは今日拾った少女を役場へ送り届けるだけ。

 誰にでも出来る簡単な仕事だが、これで終わらない予感がひしひしと佐助の本能が感じていた。


「ほら、起きろ」

 日が昇って間もない時刻。

 すやすやと眠っているイズンの肩を佐助は揺らす。

「――、――」

 イズンは起きるどころか毛布を頭に被る徹底抗戦。

 どやら彼女は朝に弱いらしい。

 もし母性が強い者ならイズンをもう少し眠らせようとするだろう。

 しかし、生憎と佐助は母性よりも父性の方が強かったので。

「起きろと言っているだろ」

 毛布を引っぺがし、嫌がるイズンを無理矢理起こさせた。

「サスケ――、――」

 イズンが何事か喚くが、外来語なので佐助に意味が通じない。

「――、サスケ――、――」

「お前、俺を馬鹿にしただろ?」

 が、その仕草と態度から己をコケにしていると推測する。

「――」

 佐助の目が細くなったのをイズンはどう捉えたのか。

 首を振った様子からおおよそ察したのだろう。


「珍しいか?」

 邪馬台国。

 ジパングの首都だけあり、街並みは相当整備されている。

 今は早朝ゆえ人通りは少ないが、時間が経っていけば通りは人で一杯になるだろう。

 ほとんどの店が開店準備に勤しみ、瞳を輝かせていた。

「――、――」

 イズンは視線を縦横無尽に駆け巡らせている。

 それは恐らく町人の格好ゆえだろう。

 振り袖や袴といった着物を身に纏う、黒目黒髪、肌色の皮膚を持つ人で溢れ返っているのはイズンからすれば興味そのもの。

 己とは違う容姿格好をしている人に興味を持つのは当然だと言えた。

「が、お前もまた興味の的なのだがな」

 イズンは夢中ゆえ気付いていないだろうが、金髪碧眼で白磁の肌を持つイズンに好機の目を向けている人は少なくない。

 ちらっと一瞥する者もいればじっくりと観察する者まで多種多様であった。

「さて、着いたぞ」

 少し歩いた先、佐助とイズンはある役場へと到着する。

 ここが外来人関係を扱う場所。

 見知らぬ外来人に出会った場合、ここに連れてくるのがジパングのルールだった。

「じゃあな、イズン」

 役人と二、三言話、数枚の書類を書いた佐助はイズンに別れを告げる。

「――、サスケ、――」

 突然去ろうとした佐助に抱き付いたイズンに非はなく、むしろロクな説明もないまま行こうとした彼に問題がある。

「どうかしましたか?」

 と、そこに声をかけてくれる者が現れる。

「――、――?」

「その言語は……――、――?」

「! ――! ――!」

「――。――」

 イズンは意思疎通が可能な人と出会ったのが嬉しかったのだろう。

 夢中で、感情を交えながら言葉を発し続ける。

「それでは、これで」

 その様子を見て安心した佐助はこの場を後にする。

 大分遅れてしまった。

 早く行って師匠に遅れた理由を説明しなければならないという感情が佐助の頭を占めていたので、彼はさっさとこの場を去って行った。


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