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弟、マルコ。

「そうか、兄貴旅するんだ」

「そうだ、俺の理想は潰えたが、セルフィの幸せのために敢てこの家を捨て――」

「また~あの話か、兄貴も頭固いっていうかー」

 ロイド眼鏡をかけた、丸顔の少年マルコは手にもった算用盤(この国の数値の計算に使用)を爪弾きながら、半分呆れたような目で、口元に苦笑を浮かべて言った。

「何を言ってる! 俺にとっては生涯賭けてもいいくらいの大事なことなんだぞ、セルフィを俺が見込んだ男のもとへ嫁にやりたかったんだ、だが、この街じゃもうだめだ、誰も相手なんか」

「だから、それがおかしいって。ライア家のコンソネリーだって言ってたじゃないか、セルフィーなら召使だろうと、世間体関係なく嫁にもらうぞって」

「あいつは俺が気に食わん、あのだらっと脂下がった目つきも、下心丸見えのところも、突き出たお腹も俺は許せないんだ。あんな男にはセルフィーはやれん! 」

「なら、マルホイはどうなの、彼セルフィーに本気だよ。まぁ、商家の雇われ人だけど、すっごい真面目だし、身分的にも一致してるじゃないの。いい夫婦になると思うんだけどなー」

「だめだだめだーあんな平凡な奴ではセルフィは幸せになれん」

 俺は外に止めた馬車に荷物を纏めてる最中、弟マルコと平行線を辿る問答を繰り返していた。

 真剣に話す俺とは対照的に、マルコは算用盤弾きながら交易の見積もりをしている。

 本来なら長男の俺がやるべき仕事だが、俺は交易に興味は今のところなかった。だから、祖父に任せてはいたが、祖父は祖父で家を守るため、放逸な性格の俺より怜悧で商才のありそうな若き弟にたまに仕事の一部を任せて、今から期待をかけているようだ。俺はそれはそれで、良いとは思っている。

「まぁ、でも兄貴、行ってきなよ」

「うむ、俺の失敗からセルフィがこんなことになったが、俺はまだ諦めてないぞ、どんな手――」

 俺が鼻息荒くこれからの旅の抱負を述べようすると、弟が遮るように口を挟んだ。

「いいっていいって、うちのことは俺に任せてセルフィー連れてあちこちの街回ってくるといいよ、商人としても勉強になるし、運よければ、セルフィーの相手も見つかるかもよ」

「あぁ、そうさせてもらう」

 マルコを尻目に俺は荷物をどんどん馬車に詰め込んでいく。

 

 

 太陽の光が真上から降り注いできて、幌の中も幾分熱を帯びてきていた。

 ほぼ荷物を詰め終えて、俺は忘れ物がないか荷物をチェックしていた。

 金を十分持ったし、当分の食糧、水、寝袋、後は――

 そんな時、弟が石垣の上から、さっきと違って少し改まった声色で尋ねてくる。

「でもさ、兄貴、一つ聞いてくれるかい? 」

「ん? 」

 マルコは算用盤を弾く手を止めて、石垣からひょいっと降りると、俺を真正面から見据えてくる。

 少し躊躇いがちだが、俺の胸の底を真っ直ぐ覗きこむような青い瞳で。

「話を聞こう」

「なら、お言葉に甘えて」

 マルコは地面に転がっていた丸いすを器用に足で操って、俺の前に立たせるとその上に腰掛けた。そして、鼻を挟むようにして顔付近に両手を持ってくると、しわぶき一つ漏らして静かな口調で話し始める。

「あのさ、セルフィを奴隷商から買ったのは兄貴だし、そのセルフィを兄貴がどうしようたってそれは兄貴の自由だと思う」

「まぁな」

「でも、正直、あの時最初は戸惑ったさ。奴隷ってのは大抵男に買われると、妾や娼婦扱いされるってのが世の中の常だし――」

「増せガキめ、どこでそんな知識身につけた? 」

 俺はからかいながら弟の額を指で弾くと

「いてぇ、もう12だぜ、それくらいは」

 額を手でさすりながらおどけた様に手の平を俺に向けて左右に振った。そして、また口に手を当て、一つ咳き込むと話を元に戻して続けた。

「だけどさ、兄貴に限ってそんなことはないとは思ってたし、それならなぜ、彼女を連れてきたのか不安だった。兄貴は家に女性を連れてきたことなかったし、その目的がさっぱり分からなかったからね。けど、兄貴の変てこな理想を真剣に話すのを聞いていて安心したさ。そして、その気持ちもなんだか分かるような気もするんだ。俺はさ、母が出て行った時、まだ2歳だったから、顔とか全然覚えていないんだけどね。家に立てかけてる肖像画とか見ると、美人だったのは分かる程度さ」

「マルコ……」

 マルコは右頬を指でつまみ何度か引っ張り始めた。

 気恥ずかしくなって言葉が詰まると、自然に表に出てくる弟の癖だ。

「だ、だけどさ、言わなくても分かってるだろうけど、セルフィは母の変わりにはなれないし、それに、彼女は大人の女性だし、そのーほら、理想もいいけど――」

 マルコは年の割りに大人びていて、歯切れ良く話す方だが、重要な締めくくりの部分で口を濁す癖があった。だが、弟の言わんとする事は十分分かっている。俺は金色の弟のおかっぱ頭に右手を置き、くしゃくしゃっと撫でると、

「大丈夫、俺の理想は飽くまで理想に過ぎない。それをセルフィーに押し付けるつもりはない。本当に心に決めた男がいるなら、あいつの心を尊重するさ。ただ、今、あいつにはそういう男はいないみたいなんだ。だから、俺はセルフィーのために何人かこれはって男を見つけて、彼女にその、機会をだな……」

 そこまで言うと弟は納得したように相好を崩した。

「分かった、後の事は任せて! 俺は兄貴を信じてるよ、うまく行くといいね」

「ふ、生意気小僧め! まぁ後は頼むわ」

「了解~! 」

 何か吹っ切れたように、弟はまたいつものからかうような調子で俺の肩を触って、屋敷の中へ戻って行った。

 

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