苦しい。
だが、俺の考えは浅はかだった――
「あーすみませんピロ様」
「そそっかしいなーセルフィーは」
俺は彼女をここへ連れてきたことを今になって後悔していた。
己の愚かさに絶望していると言ってもいい。
そそっかしいのは実はセルフィーではない、俺が一番阿呆なんだ。
自分で割ったグラスを片付けるセルフィーを見下ろしながら、これまでの愚を思い起こして、俺は頭を抱えて首を振った。
2年一通りの作法やレディーとしての教育を俺自ら施して、彼女は明らかに生まれ変わった。
しかし、生来彼女が持つ不器用さだけは直せなかったし、粗野な口ぶりも俺の指導で変わりはしたが、総じて俺が抱く理想像とは程遠い。幼子から育てたわけじゃないし、急ピッチな俺の更生カリキュラムではこれが限界なのか。とにかく、蓋を開けてみれば、彼女は母にも女神様にも遠く及ばないごく普通の女になってしまった。理想は高くても現実はうまくいくもんじゃない。だが、それは、俺の犯したミスと比べれば――些事な事だった。
「セルフィー、好きな男はいるか? 」
俺は一旦、我に返ると顔を起こし彼女に尋ねた。
「いえ、いません」
「そうか」
俺が掲げるもう一つの理想、彼女を俺が見込んだ男と結婚させるというものだが、これに於いて、俺は致命的なミスを侵していた。彼女を小間使いとしてこの家に迎え入れたことだ。俺は彼女の嫁ぐ相手先は、当然俺の身分相応か、出来ればそれ以上の地位の人間のもとへと考えていた。だが、もしそうするなら、彼女は小間使いなどではなく養女とするべきだったのだ。
「はぁ、俺は馬鹿だ」
この失敗は避けれるものだった。あの時一緒に奴隷商の元へと出かけたトルストンに彼女の素性の口止めをして、早いうちから彼女を養女として迎えていれば。だが、そんな事も当時の俺は気づいていなかった。もうこの街では、いや、俺を知る人間がいるこの近辺では、彼女を俺が理想とする相手に嫁がせる事はできそうにない。召使の身分ではいくら彼女が美しくても相手にされないだろう。今更、養女にもできないし。俺の理想はもう跡形もなく崩れ去ってしまったも同然だった。
「ふー」
「どうしたんですか? 」
「いや、ちょっと気分が悪い、セルフィ水持ってきてくれ」
「はい」
キッチンへ向かう彼女背を見送りながら、俺はまた顔を両手で塞いだ。
「は~」
俺は理想に目が眩んで、先を見通す事を欠いていた。
あぁ、本当駄目な男だ。
所詮は俺は成り上がり商人のぼんぼんだ。
いや、商人としても失格だ。
何もかもいい加減で浅慮な考えでしか行動ができないなんて。
絶望に打ちひしがれていると彼女が盥に水が入ったグラスを載せて戻ってきた。
俺は水を受け取ると、ある決心をして彼女を見つめた。
「セルフィー、俺は家を出るぞ」
「はい、お出かけになられるんですね」
「いや、この家を捨てて当て所のない旅にでることにした」
「はぁ……」
俺は呆然とした顔で首をかしぐ彼女をじっと眺めていた。




