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十三話:通りは星々に彩られ

「明日にはここを出るわ」

「なんだ、随分と急だな」


 日が沈み月が空に昇って来たころのこと。天を飾る数々の小さな光の下で、イリスとニトは歩いていた。

 石畳の表面は、通りに面した宿屋が店頭に置いている大小さまざまな青い角灯によって照らされており、まるで暗い海の中を漂う電気クラゲの群れを見ているようだった。


 風が吹くと揺れる光。昼間の暑さは消え去り、涼し気な空気が気持ちいい具合に漂う。

 居酒屋やキャバレーはすでに賑わいを見せていた。酔ってつぶれた行商人が、仲間に担がれて荷馬車に積まれているのを見た。


 二人は、露天商から買った骨付き肉をほおばりながら宿を目指す。ニトが「準備は?」と聞くと「必要ないわ」とイリスが答える。

「だって街道に沿って行くんだもの。周囲は屈強な戦士や冒険者が周囲を固めてるわ」


 何気なく言ったその言葉だったが、ニトは一つの単語に興味を示した。 

「冒険者なんてのがいるのか。面白そうだな」


「ええ面白いわ。私、あの人たちの武勇伝聞くのが好きなの。よくネタにさせてもらってるくらいよ」

「俺たちは冒険しないのか?」

 そういい、ニトが骨付き肉の最後のひと口を食べ終わった。ちらりとイリスを見ると、彼女は難しい顔をして、その場に止まっていた。


「わかるわ。私だってできることなら冒険したいし、有名になって生きる伝説なんて呼ばれてみたいって思ってた時期も・・・・・・正直あったわ。でも私たちは吟遊詩人なの。勇者でも賢者でも屈強な戦士でもないの。だから、ごめんねニト。冒険はできそうにないかも」


 イリスがしょんぼりと下を見つめる。ニトは慌てて「いやいや気にしないでくれ!」と手と首を一緒に振る。

 なぜか彼女のそんな姿を見ると心が痛んだのだ。 


「いいんだ、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。それに、俺だって危険なのは怖いし、何よりも命が大事だ。だから、冒険じゃなく、詩を歌おう。それで生きる伝説になろう! な、イリス」

 しばらくして、イリスの笑う声がくすくすと聞こえた。下を向いていた彼女の顔を横から覗き込むと、予想に反して楽しそうな表情を見ることができた。


 急にイリスが顔を上げる。彼女は自身の両手を胸の前でぐっと握りしめ「よしっ」と一言。そしてこくっと頷いた。

 イリスはニトの正面に歩き、振り向いた。イリスの金髪が揺れ流れる。角灯の青に照らされ、二色のグラデーションが表面を彩った。手を後ろに隠し、体を前に少し倒す。そのまま上目づかいでニトに見つめた。


 その瞳は水晶か宝石か。見てうっとりするような輝きを中に秘めたそれに、見つめられる。心臓が一つ跳ねた気がした。

 そして彼女は、なんだか随分と機嫌がよさそうに笑うのだった。


「いいこと言うじゃない! それでこそ相棒よ! そう、私たちは世界一になるんだものね!」

 目を見張ったニトだったが、継ぐ言葉をやっとの思いで探し、口を開いた。

「そ、そうだな相棒!」


「じゃあ行きましょうか」イリスはニトに手を差し出した。ニトは少し悩んだが、それを取る。

「イリス、ほんとにだなぁ・・・俺は・・・」

 言わんとしていることを理解したのか、イリスは意地悪そうな顔でほほ笑んだ。


「――――今日だけは惚れてもいいわよ? 今の私、気分がいいの」

 頬が熱くなるのを感じた。急いでイリスの手を払う。次いで自分の手をぶんぶんと宙に振る。「ああああ!」と気が触れたかのように叫んだ。


「危ない! セーーーーフ! セーーーーーーーフ!!」

 イリスをにらみながら、自分の手を抱きしめ守る。対してイリスはぽかんとした顔でそれを見ていた。

「あはは、そうね。余計なこと言ったわ。忘れて頂戴?」

 気まずそうにイリスに視線をそらされる。ニトはまだ心臓がどくどくと脈打っていた。


「ああ忘れる。きれいに忘れる。もう金輪際思い出さない!」

「そ、そこまで言われると傷つくわね・・・!」

「イリスが悪いんだぞ! 俺が正常な判断力を取り戻すのにはまだ時間がかかるんだよ!」


「はいはいもうわかったわ。行きましょう? でも並んで歩くくらいは許しなさいよ?」

 イリスは深くため息をついてニトの横につく。

 ニトもニトで深く深くため息をついた。安心とほかの何かが混じったものが、肺から一気にもれた。


「このまま宿に戻るんでいいんだよな?」

 イリスが頷く。が、すぐに「あ」と何かに気づいたような声を上げた。

「そういえばニトに買わなきゃいけないものがあったんだったわ! 忘れるところだった!」


「買わなきゃいけないもの?」

 イリスは道の奥を指さす。ちょうどもう少しで通りかかる場所だった。


 光の漏れる店が一軒。特に周りと比べて変わったところは見受けられないが、しかし一階建てで屋根の低いことを見ると、宿屋や酒場というわけではないように思える。地下に部屋があるという場合は別だが。


 ニトが手を水平に額に当てる。しかしまだ遠く、詳細はわからない。

「あれは何の店なんだ?」


 すると、イリスがニトを指さした。

「あなたが運命に出会う店よ」

 自信たっぷりに告げるイリス。しかし、全く聞きたかった答えは返ってこなかった。


「運命に出会う・・・?」


 果たして真意にたどり着くには、まだ歩数が足りない。

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