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ボラボラと三人の王様




土の欠片がぱらぱらと落ちる天蓋を見上げ、ヨシュアはほぇと小さく呟いた。

つい先程まで、思わぬところで見かけた二人の魔物の様子を、雲の上から覗き込んでいたところだったのだが、突然黒い靄のようなものに呑み込まれ、気付いたら地下だと思われる暗い場所にいる。


悲しくなって瞬きをすると、すぐ近くで誰かがゆらりと立ち上がった。


「ほぇ。アルテアだ」

「…………なんでお前もいるんだよ」

「知らないんだよ。黒い靄に呑み込まれて、気付いたらここにいたんだ」

「と言うことは、ヨシュアも俺たちの近くにいたんだな。…………ここは、地下聖堂か……」

「ふぇ、ウィリアムもいる……………」



アルテアの奥でウィリアムも立ち上がり、ケープを指先で払い土埃を落としている。

魔術階位で汚れなどがつかなくても、上に重なったものはそうして払うのが普通なのだが、ごく稀に、そうしようとして払い落とせない汚れに出会うことがあるのをヨシュアは知っていた。


一度、何だろうと思いながら放置をしたところ呪いの一種だったので、それ以降、ヨシュアはこのような時の何気ない汚れにも気を遣うようになっている。

前回の時に触りを得て熱を出したのは、たまたま遊びに来ていたイーザの弟だったのだ。



(僕がうっかり呪いを持ち帰ると、近くにいるイーザ達にも影響するから気を付けよう……………)



ウィリアムのケープが真っ白になるのを見届け、念の為に自分の服も確認し、小さく安堵の息を吐く。

幸い、足は地面についていなかったが、ずしりと重い魔術の気配に、ここは世界の表層ではないなと眉を寄せた。



「それで、アルテアは、ここがどこだか知っているんですか?」

「……………さぁな」

「ほぇ。絶対に知っているんだよ」

「どうせ、お前達にもすぐに分かるだろうよ。…………くそ。あいつがいないのに、今年もなのかよ」

「絶対に嫌なところなんだ。ぼ、僕は帰ろうと思う………」

「帰れるなら、そうしろ。…………言っておくが、ここは隔離地だからな」

「ふぇ………。アルテアは、来たことのある場所なのかい?」

「さぁな」

「……………選択の系譜、ではありそうですね。ネアがいなくてもということだと、……………ああ」



何かに気付いたように眉を寄せ、ウィリアムはそのまま表情をなくした。



(……………ウィリアムが!)



それはつまり、ウィリアムにそれだけの表情をさせる状況だということなのだろう。

ぞっとしたヨシュアは、慌てて虚空を蹴って天井付近に近付くと、屋根を落として外に出られないのかを確かめたが、確かに強固な排他結界が敷かれているようだ。



(それに、このひび割れや天窓の向こうに見えている空ですら、表層のものではないみたいだ。ということは、あわいの中に落とされて更に隔離地に入っているのかもしれない……………)



高位の魔物を三人も呼び込むことが出来るとなると、かなりの基盤だろう。

同意なく引きずり込まれると、あわいとは言え土地が荒れるのだが、見た限りそのような気配もない。


そして、アルテアはこれ迄にも、同じような経験があるようだった。

この場所そのものに覚えがあるのか、同じような召喚を受けたことがあるのだとすれば。



(何だったっけ。………この時期に、イーザがネアの記録の本で読んでいるの…………)



イーザの手元には、毎月、ネアを見守るのが好きな仲間達から、分厚い本のようなものが届く。

研究記録や活動記録のようなものだけでなく、愛用している店やウィーム中央の警備の補填報告なども掲載されているのだが、ヨシュアは、あまりの分厚さに以前からちょっと怖いなと思っていた。


そんな、とある会の会報誌には、会員が欲しがるような情報をまとめた保存用の付録誌が付いていたり、必要な情報の集積が手厚いらしくイーザはとても気に入っているようだ。

その月にどんな祝祭や行事があり、昨年のネアの行動を追う特集などもあるので、イーザが何を読んでいたのかを思い出せれば、アルテアの昨年の行動も読み解けそうな気がする。



(このくらいの季節だと、雲の領地でも祝祭があるけれど…………)



重なる記憶の中からこちら側のものを外してゆけば、幾つか該当しそうなものがあった。

ついでに思い出した春留まり雲の妖精達との会談は、誰に押し付けるのかをそろそろ決めておかねばならないと覚えておこう。



「……………そう言えば、イーザが読んでいる会報には、ボラボラや暴れる傘の絵があったよ。選択の系譜だっていうなら、ボラボラなのかい?」

「やめろ。あいつらの名前を口に出すな」

「ほぇ。ボラボラだ…………」



ここで漸く現状が何によるものなのかを理解し、ヨシュアは周囲を見回した。

ボラボラは、既存の個体から分裂派生するもの以外は、選択の顛末としてあの姿になったものが多く、この時期は、精霊達が喜んで仕入れている季節の味覚でもある。


ヨシュアもあまり得意ではないが、とは言えなぜ、系譜の王であるアルテアがこんなに暗い顔をしているのだろう。



「系譜のものに、何か恨まれるようなことをしたのかい?」

「黙っていろ。お前には関係ないだろうが」

「僕も、ここに呼び込まれているんだよ。雲の系譜に、呪いや障りを持ち帰るのは嫌だから、この場所に呼び込まれた事に理由があるのなら、話しておくべきだと思う」

「………ヨシュア。アルテアは、暫く口数が少なくなると思うぞ。何か問題があるというよりは、毎年、系譜の王に会いたくて呼び落としているらしい」



なぜか黙り込んだアルテアに代わり、そう教えてくれたのはウィリアムだった。

それなら大丈夫かなと頷いたものの、どうしてウィリアムの表情も暗いのかはわからない。

ボラボラはよくわからない生き物なので苦手だが、こちらを脅かすようなものではない。

怨嗟の線状の個体も多いが、とはいえ、関わる事で障りを移すものでもないはずだ。



「ウィリアムも、リーエンベルクの裁縫室に入ったことがあるのかい?」

「ん?………それは知らないが、ネアから、ボラボラの時期にアルテアがどうなるのかは、何度も話を聞いているからな………」

「系譜の王なんだから、敬って貰うのはいいことだと思うよ。それとも、そうではないのかい?」

「敬われてはいるんだと思うぞ。………というか、この隔離地ごと、どうにか切り離して崩せないんですか?」

「無駄だろうな。あいつ等の隔離地は、犠牲魔術の成果としても成り立っていることが多い。加えて、本来の器用さで、余計なものが入り込まないように空間補填をこれでもかとかけてやがる………。こんなところに通行証なく入り込めるのは、ノアベルトくらいだぞ」



(…………そんなに、ボラボラが嫌なのかな)



ヨシュアは、少しだけ驚いていた。


アルテアがどのような魔物なのかは知っているし、ネアと一緒にいるとなんだか凄いことになっていることもあるにせよ、三席の席次に相応しいだけの実力を持つ魔物であることも承知している。

そんなアルテアが、どこからか取り出した椅子に腰かけて煙草を吸いながら、ひどく荒んだ表情になってしまっている。


その表情には見覚えがあった。

諦観である。



(あの、裁縫部屋は怖かったけれど………)


ヨシュアは一度、アルテアと共にリーエンベルクの裁縫部屋に閉じ込められ、ボラボラの人形に取り囲まれた事があった。



その時はさすがに怖かったし、二度とあんな目には遭いたくないのだが、今回は事情が違う。

得体のしれないものや祟りものなどとは違い、ここにいるのはせいぜいが系譜の生き物ではないか。

言語体系が違うにせよ、ある程度知的な暮らしをしている個体が多いので意思疎通が難しい種ではない筈だし、系譜の王を慕っているのであればここから出して貰えばいいだけだ。



そんな、系譜を治める王であれば当然のことを、どうしてアルテアはしないのだろう。



「ボラボラに、ここから出すように命じればいいと思うよ」

「ほお?お前も、自分の系譜の生き物に怯えて泣き喚いていたそうだが?」

「よくわからないものは嫌いだけど、ボラボラは意思の疎通が出来るんじゃないのかな………」

「だったら、交渉はお前に預けておいてやる。好きに話をしろ」

「僕じゃなくて、アルテアの系譜の生き物なんだよ……………」



自分で対応した方が早いだろうし、そのようなことは普段のアルテアであれば考えて当然だろう。

どうして今日ばかりはこんなに諦観の色が強いのか、その時のヨシュアにはまだ分からなかった。



ばたんと音がしたのは、その時のことだ。

直後、どこかで明かりを落としたのか、特に照明などはないと思っていた筈の地下聖堂が真っ暗になる。

害意があるのだろうかと眉を寄せていると、幸いにも明かりはすぐに戻った。



ただし、舞台演出などで見るような一部だけを照らす明かりである。

いつの間にかそこには木製の台が置かれていて、その周囲には花びらが振り撒かれていた。



「…………うわ。とんでもないものが始まった気しかしない」

「舞台かなにかかい?勝手に呼び出したんだから、心を込めてもてなすのはいいことだと思うよ」


ウィリアムはなぜか頭を抱えていたが、ヨシュアは、こちらを楽しませる為の準備があるのなら、暫くは様子を見てもいいのではないかと考えた。

ここには、自分もいるので偉大な王をもてなすのは当然のことであるし、他の系譜であれ、動機がこちらにとっても納得のいくものであれば、それを確認してから今回の出来事を判断しても遅くはない。



だが、ひときわ明るくなった場所に花飾りと、細やかな刺繍のたっぷり入ったレース飾りのようなものを巻いたボラボラが三体現れ、体をくねくねさせ始めるとちょっと嫌な予感がした。



「ムフォウ!」

「ムホッ!」

「ムフォ!」


現れたボラボラ達は、鳴き声を上げながら何かを訴えているようだ。


「ほぇ。なんて言っているんだい?」

「やめろ。俺に聞くな…………」

「アルテア。俺は先に帰っても?…………そろそろ、鳥籠も開きそうですから」

「いいか、あの場所で、お前が妙な言いがかりをつけて俺を呼び止めたせいで、あいつらの召喚に巻き込まれたんだぞ………」

「だとしても、俺が出口を作ってここから出られるのであれば、その方がいいでしょう。…………層が薄いのは、こちら側かな」



ヨシュアは、召喚された理由を聞かないで建物を壊すのはどうかと思ったが、ウィリアムは少しも躊躇わなかった。


だが、剣を抜いたウィリアムが力いっぱい壁を切りつけても、古びた大聖堂にしか見えない石壁には、傷一つつかない。

それどころか、奥に沢山のボラボラが現れ、ウィリアムが剣を手にする様子を見て嬉しそうに騒いでいるので、終焉の魔物が剣を抜いたことを喜んでいるようだ。



「なんで、ウィリアムが剣を抜いたら喜んでいるんだい?」

「……………知るか。どうしたんだ?お前が交渉するんじゃなかったのか?」

「アルテアはしないのかい?…………ほぇ」



気配に気付いて視線を戻すと、先程の三体のボラボラがこちらに来ていた。

手だと思われる部分で持っていた籠から取り出した花輪を、断りもなく首にかけられる。

いきなり近くに来ていてびっくりしたし、花輪をかけるときに手が伸びたので更にびっくりしてしまい、ヨシュアは椅子に座っているアルテアの後ろに隠れた。


出口が作れずに暗い目で振り返ったウィリアムは、手にした剣でボラボラを斬りたそうにしていたが、それでも我慢して花輪をかけられたようだ。


「…………アルテア。これで終わりですよね?」

「言っておくが、これまでの経験を踏まえると、これからだな」

「ほぇ。…………もう帰りたい。花は別に欲しくないし、ボラボラはもういいんだよ」

「誰か交渉してこいよ。場合によっては、予定より早く解放されるぞ」

「ぼ、僕は嫌だ。手が伸びるし、アルテアがするべきだよ」

「俺からあいつらに近付いてみろ。どうなるのか分かっているんだろうな………?」

「うわ、それもそれで嫌な予感しかしないな………」

「ここ、ボラボラの声が反響して響くんだけど、すごく増えてきたよ。…………ふぇ、またなんか出てきた!」



どうやら、先程のくねくねしているボラボラは、歓迎の花輪を渡しに来ただけだったらしい。

アルテアに花輪をかけたボラボラは傍に残りたそうにしていたが、アルテアと一度も目が合わないので寂しそうに退場していく。


どーんと、凄まじい音が響いたのはその直後だ。

思わず目を丸くして見つめてしまった舞台では、金属製の打楽器のようなものを首から下げているボラボラと、文字を書いた板のようなものを掲げたボラボラが歩いていく。


そして、次に現れたボラボラは、なぜか、剣舞をしながら火を吹く出し物を始めた。



「ほぇ。もう嫌だ…………」

「…………アルテア、どうにかしてください」

「言っておくが、俺がどうこうしようとしても、演出が変わるだけだぞ。通訳がいるならまだしも、伴侶は連れてきていないようだしな……………」

「ふぇ、なんだか慣れてるよ………」



慌てて魔術探索をかけたが、なぜかこの建物には出口がないようだ。

立ったままでいるのも疲れるので雲の椅子を出して腰かけたが、長居をしたい訳ではない。

ウィリアムはまだ立ったままでいるようだが、無駄に剣舞が上手いなと小さな声で呟いていた。


その言葉に、ボラボラの起源を思い出す。


(ああ、そうか。この形状のボラボラだと、大本の個体は怨嗟の前は人型だったのかな。ボラボラになったのなら、それ以前も優秀な一族だった筈なんだ………)


歴史上最も多くボラボラに転じたのは、森で生まれる小さな怨嗟だろう。

だが、そこから転じるボラボラは、手のひらくらいの小さな個体が多く、このように文化や学問のようなものを維持しながら集団生活を営むボラボラは、元々は人型だったものの顛末や、そのようにボラボラに転じたものから増えたものであることが多い。


最初に大型ボラボラに転じた一族が、その有能さと献身の篤さ故に高位の者達から摩耗されて怨嗟を蓄えた森の系譜の一族だったことから、その後も大型ボラボラに転じるのは、似たような性質の者達が多いのだそうだ。


となると、今は世代の交代も進んでいる筈だが、そこから増えた個体であれ、様々な分野に才能を持つものも多いのだろう。



ただし、大型ボラボラの全てがそうだとは限らず、なんだかよく分からないものから転じた個体も多く混ざっているというのが、イーザ家族である霧雨の精霊王の言葉だった。

何度かボラボラ鍋をふるまわれそうになって断ったが、元の素材によって味にも多少の変化があるらしい。


なんとも言えない表情でボラボラ鍋の感想を教えてくれたイーザによると、刺牛のような味わいのものから、キノコ類、更には燻製した魚のような味わいのものまであるらしいので、それだけ細かな素材の分岐があるのだろう。


イーザは、霧雨の一族が家族になったばかりの頃は、霧雨の精霊王が何度も嬉しそうに勧めてくるので、その内の数回は断ることが出来なかったと、ぐったりとしていた。



「ほぇ。今度は合唱が始まったよ…………」

「何だろうな。妙に歌が上手いのが、腹立たしいな…………」

「お前は、一度その顔であいつに接してみろよ」

「言っておきますが、毎年こんな目に遭うのなら、そろそろボラボラ種としっかり対話をしてみるべきでは?」

「もう一度言うが、俺が立ち上がって近付くだけで、あれがどうなるのかを知らないから言えるんだぞ」

「もう帰してくれるように、話をするべきだと思うよ。………ほぇ、料理が出てきた…………」



合唱は何曲か続くようで、またしてもいつの間にか背後に立っていたボラボラ達が、小さな軽食用のテーブルを運んでくると、葡萄酒と食事の準備を始めた。

テーブルにはすぐさまレースのクロスがかけられ、小さな花瓶が置かれて薔薇が飾られる。

レースのクロスには、アヒルの刺繍もあった。



「僕がアヒルで、アルテアは狐なんだね。………ウィリアムは、兎かな」

「…………あなたが狐なのは、まさか、そこまで事情を知っているからですか」

「やめろ。なんでだよ………」

「ほぇ。これ、持って帰ってもいいのかな。アヒルなんだよ………」

「ムフォウ?!」


アヒルの刺繍が良く出来ていたのでそう呟くと、料理を運んでいたボラボラ達が騒ぎ出した。

暗い目でこちらを見るアルテアとウィリアムが気になったものの、すぐに綺麗に包装された包みを持ってきてくれたので、同じようなアヒルの刺繍のクロスが入っているようだ。


「ムフォ!ムフォ!!」

「ムッフォウ!!」

「ほぇ。これもくれるのかい?」

「ムッフォウ!」


他にも何かを渡されたので、魔術金庫の中に入れておく。

葡萄酒はラベルを見せてくれるといいものだったし、料理も美味しそうなので、もう少しだけここにいてもいいかなという気になってきたが、なぜか、ウィリアムとアルテアが信じられないものを見る目でこちらを見ている。


気付けば、アルテアの膝の上にもリボンのかかった小箱や綺麗な色の紙袋が積み上げられているが、それよりもヨシュアが気になったのは、兎の刺繍が沢山入ったストールを首からかけられたウィリアムだ。

気付いたら不機嫌になりそうなので、気付かないまま食事の時間が終わればいいと思う。



「お前が、早く終わらせるように交渉しろよ」

「ほぇ。僕はこの料理を食べるから、もう少しいてもいいよ」

「…………は?」

「料理は美味しいし、葡萄酒もいい銘柄みたいだよ。それに、手間のかかる手作りの品物を差し出すのは、いい系譜の生き物の証なんだ。僕はこういう資質がある生き物は好きだからね」

「…………アルテア。諦めてこちらで対処しましょう」


ただ、思ったことを素直に告げただけなのだが、アルテアは暫く茫然としていた。

舞台の上では、なんだかよくわからないレースのスカート姿の小さめのボラボラが踊っていたが、その奥で一心不乱にピアノを弾いているボラボラが少し気になる。


(イーザがいたら、喜んだかもしれないのに)


芸術に秀でた人間達の支援をすることの多い霧雨の妖精の国で、何度か有望だという音楽家たちの演奏を聞いたことがあるが、その後に大成した演奏家と同じような技量を持っているのではないだろうか。

相変わらずボラボラはなんだかよくわからない生き物だが、地上で伴侶探しをしている群れに巻き込まれて怖い思いをするより、このようにしている方がずっといい。



(ウィリアムのストールの刺繍も立派だから、あの刺繍をしたボラボラがいたら、ルイザに紹介してあげたいけど、元精霊だからやめた方がよさそうかな………)



ルイザは今でもボラボラ鍋を食べるし、そもそも霧雨の妖精の国には霧雨の精霊王が住んでいる。

あの人間の元王子の為に刺繍を学んでいるらしいルイザの教師にと思ったが、食べられてしまいそうなので諦めた方がよさそうだ。



「…………ムッフォ」


そんなことを考えていると、またいつの間にか近くに立っていた黒いボラボラが、何かを差し出してきた。

何だろうと思って受け取ると、湖に浮かんで集まるアヒルの刺繍がされたハンカチのようだ。


「これはいいアヒルだね。くれるのかい?」

「ムフォ!」

「僕は偉大だから、こうして何かを捧げるのはいいことだよ」

「…………ムフォ」

「ほぇ、アルテアのもあるみたいだよ」

「…………お前のせいで、これが始まったんだからな」


静かな声でそう言われ首を傾げたが、視線を外していた間に今度はレース編みのショールをぐるぐる巻きにされていたアルテアは、それでも大人しくボラボラからの貢物を受け取ったらしい。

なぜか、奥に立って、何かを耐えるように目を閉じているウィリアムが、背の高いボラボラに囲まれて、人間の幼児用の音のなる玩具であやされているので、それを避けたのだろうか。



「僕は、ここのボラボラは嫌いじゃないよ?」

「……………だろうな。くそ、あとどれだけかかるんだ…………」

「アルテア。俺は暫く目を閉じているので、終わったら教えて下さい。それと、この貸しは必ず返して下さい」

「俺に殺気を向けるな!お前が暴れたせいで、そうなったんだろうが」


アルテアが声を荒げたせいで、ボラボラ達はなぜか狐のぬいぐるみを一斉に捧げ始めたようだ。

なぜか、果実の焼き菓子とエビのぬいぐるみもあるが、それはなぜなのか分からないので、きっとアルテアの好きなものなのだろう。



そんなボラボラたちのもてなしは暫く続き、ヨシュアは、どっさりと土産を持たされて帰路に就くことになる。


帰りがけに、とてもいい品物を沢山捧げたのでと雲の椅子を一つ残していくと、なぜか集まったボラボラ達が一斉に小刻みに揺れ始めて分裂を始めたので、怖くて泣いてしまった。

アルテアとウィリアムはぐったりしていたが、それでも叱られたので少し悲しくなる。



「でも、ボラボラは悪くないところもあったみたいだよ」

「彼等も、あなたのような主人を持てば、怨嗟の分岐を辿らずに済んだのかもしれませんが、今見掛ける個体の中には、その当時のもの達はあまり残っていないでしょう。こうして作られたものの表現が健やかなのも、それでかもしれませんね」

「うん。そうだと思うよ。…………これは、時々アルテアが擬態する生き物みたいだよ。アルテアが捨てようとしたから、拾っておいたんだ」

「…………これは素晴らしい!匿名でご主人様の手に入るとよう、会長と相談せねば!」



白い小さな獣姿の生き物の刺繍にあるハンカチを見せれば、なぜかイーザは興奮してどこかに出かけていってしまった。

ヨシュアは、イーザがいなくなってしまって少しがっかりしたが、疲れたので寝ようと思って寝台に潜り込む。



(アルテア達はネアに会いに行くみたいだったけど、貰ったものを見せるのかな…………)



小さく欠伸をし、イーザに寝台の横のテーブルに敷いて貰ったクロスのアヒルの刺繍を眺め、目を閉じた。


「…………今度、僕の奥さんの刺繍もしてくれないかな」



後に帰ってきたイーザによると、ネアはボラボラ経由の品物は使わないかもしれないということで、あのアルテアの擬態している生き物の刺繍は、会の会長が保管しておいてくれることになったようだ。

そう言えばグレアムはあのような生き物が好きだったような気がすると思ったが、グレアムのことは好きなのでまぁいいかと思うことにした。


その次に会った時に、グレアムからウィーミアのぬいぐるみなどはなかったか聞かれたが、ぬいぐるみはノアベルトの擬態している狐ばかりだったと答えると、なぜかがっかりしているようだった。











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― 新着の感想 ―
最後まで素晴らしい物語でした。まだまだ続きを読みたかったですが、作者さんはウィームに移住されたのでしょう。 素晴らしい景色を映像で見てみたかったですが、細かな色彩を世界を知る作者さんなくして表現するの…
素敵な物語を、たくさんありがとうございました。まだまだ先が読めるものと思ってここまで来ました。 もう先がないのかと思うと悲しいです。 ここから先はいつかウィームに迷い子になってから実体験にて続きを楽し…
素敵な物語をありがとうございました。きっと今も、どこかでお話が続いてる事を祈ってます!そしていつか橋を渡った先で読めますように。。。
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