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第1話 祠の神が堕ちる日


その日、街の空は奇妙なほど静かだった。


昼だというのに、鳥が鳴かない。


風もない。


まるで世界が息を止めているようだった。


そして――


祠が、割れた。


「……ひっ」


通りを歩いていた商人が声を漏らす。


街の中央広場にある小さな祠。


何百年もそこにあった石の社。


それが、内側から膨れ上がるように歪んだ。


ミシ……ミシ……。


石が悲鳴をあげる。


次の瞬間。


バキィン!!


祠が砕け散った。


中から現れたものを見て、誰もが言葉を失う。


それは――


神だった。


だが。


神ではない。


白い面はひび割れ、黒い靄が身体から溢れ出している。


腕は異様に長く伸び、指は刃のように尖っていた。


背中からは歪んだ影が何本も生えている。


そして目。


真っ黒な穴のような目が、街を見下ろしていた。


「か、神様が……」


誰かが震える声で言う。


「違う……」


老人が首を振った。


「神堕ちだ……!」


その言葉が広場を凍らせた。


神堕ち。


それは神が壊れた姿。


世界の災気を吸いすぎて、災厄そのものになった存在。


神は世界を守る。


だが――


壊れる。


そして壊れた神は、人を殺す。


「逃げろォォ!!」


誰かが叫んだ。


街が一瞬で混乱に包まれる。


人々が逃げる。


屋台が倒れる。


子供が泣く。


その中心で。


神堕ちはゆっくりと腕を振り上げた。


空気が重くなる。


黒い靄が広がる。


地面がひび割れた。


ドンッ!!


振り下ろされた腕で石畳が砕ける。


破片が吹き飛び、建物の壁に突き刺さった。


「ぎゃあああ!」


人が吹き飛ばされる。


瓦礫が崩れる。


街は一瞬で地獄になった。


その時だった。


カツン。


石畳に靴の音が響いた。


誰もが振り向く。


広場の入り口に、一人の剣士が立っていた。


黒い外套。


腰に一本の刀。


長い黒髪が風もないのに揺れている。


女だった。


若い。


だが目は冷たい。


まるで氷のようだった。


彼女は壊れた祠を見上げる。


そして小さく呟いた。


「……遅かったか」


神堕ちは彼女に気付いた。


黒い目がぎょろりと動く。


次の瞬間。


ドォン!!


巨体が跳んだ。


建物の屋根を踏み砕き、剣士へと落ちてくる。


普通の人間なら。


逃げる。


悲鳴をあげる。


だが彼女は動かなかった。


ただ、刀に手をかける。


「神喰らい、サクヤ」


静かな声。


「任務開始」


神堕ちの腕が振り下ろされる。


その瞬間。


キン。


刀が抜かれた。


音は小さかった。


だが。


次の瞬間。


ズンッ――


神堕ちの動きが止まった。


空気が静まり返る。


ゆっくりと。


神堕ちの体に一本の線が走る。


スパァン。


巨大な身体が真っ二つに割れた。


黒い靄が噴き出す。


神堕ちは声にならない悲鳴をあげた。


そのまま崩れ落ちる。


ズゥゥン……。


広場に沈黙が落ちた。


人々は言葉を失っている。


神を。


斬った。


神を殺す存在。


それが――


神喰らい。


サクヤは刀を振り、黒い霧を払う。


そして淡々と呟いた。


「……処理完了」


神の残骸は崩れていく。


黒い靄が空に溶けていく。


だが。


サクヤは眉をわずかにひそめた。


「……災気が濃い」


おかしい。


普通なら、祠の神が一体堕ちる程度ではここまで濃くならない。


街の空気が重い。


まるで世界が歪んでいるような。


その時だった。


上から声がした。


「うわあああああああああ!!」


サクヤは顔を上げる。


空。


青空の真ん中に――


人がいた。


落ちている。


ものすごい速度で。


「…………」


サクヤは無言で一歩横に避けた。


ドゴォォォン!!


広場の中央に人が落ちた。


石畳が爆発する。


砂煙が舞う。


人々がまた悲鳴を上げる。


「な、何だ今の!?」


「空から人が……!?」


煙の中から声がした。


「いってぇぇ……」


男だった。


青年。


灰色の髪。


ボロボロの服。


彼は地面に座り込んだまま頭を押さえている。


サクヤは近づいた。


青年は顔を上げる。


目が合った。


その瞬間。


青年の目が大きく見開かれた。


「……え?」


そして彼は、サクヤの後ろを指差した。


「なんで、そこに神がいるんだ?」


サクヤの動きが止まる。


周囲の人間には見えない。


だが。


青年の視線は確かに――


神の残滓を見ていた。


サクヤはゆっくり言った。


「……見えるのか」


青年はきょとんとした顔で答える。


「え? うん。普通に」


普通じゃない。


神は普通の人間には見えない。


神喰らいか。


神官だけだ。


サクヤは青年を見下ろした。


「名前」


「え?」


「名前を聞いてる」


青年は少し考えてから言った。


「……リョウ」


その名前を口にした瞬間。


青年の頭に、何かが走った。


世界。


祠。


無数の神。


そして――


巨大なシステム。


彼は頭を押さえる。


「う……」


サクヤが眉をひそめた。


「大丈夫か」


リョウは空を見上げた。


ぽつりと呟く。


「……思い出せない」


「何を」


長い沈黙。


そして。


リョウは言った。


「でも」


「一つだけわかる」


サクヤを見る。


その目は、どこか遠くを見ていた。


「この世界の神」


「もう、壊れかけてる」


風が吹いた。


祠の残骸が崩れ落ちる。


サクヤは静かに目を細めた。


その言葉は。


まるで――


最初から知っている者の声だった。


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