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アクトレスは待ち受ける

「看護師が脱走を手助けした、ということみたいです」

「看護師が?」

楓はドゥリーパにこの表情を向けても無駄と知りつつ、あからさまに困惑した。

「なんで看護師が入院患者の脱走なんか助けるの? 身内が助け出すために潜入したとか?」

「明灘みかげに両親はいますが、娘との面会にもきていなかったくらいです。それに看護師は縁者などでは全くありませんでした。彼は一週間ほど前に病院に赴任していますが、それが初対面でしょう」

「……それ、脱走の幇助というより誘拐なのでは?」

「院長も『今は』そうだと言っているみたいですね。最初は脱走したんだ、と言っていたみたいですけど」

「話が見えない、というよりきな臭いわけか」

ドゥリーパはうなずく。

「とにかく、月浜ロベールというその看護師と明灘みかげは深夜の山中に消えて、まだ行方がわかっていない」

「なんか売れないピン芸人みたいな名前の看護師……。警察は? あなたのボスもコネがないとか言ってはいたけど」

「それが解せないのですが、病院は警察に報告していないようです」

「いよいよ後ろめたい事情があるみたいね。でも……」

「でも?」

楓は何かためらう表情になる。ためらうというか、要はドゥリーパの目的に供するような推理を自分がしていたことに気づいてしまったのだ。

「明灘さんの両親に、病院はどう説明しているのか、と思ってね。いくら面会にもこない親だからって、黙っておくわけにはいかないし、かといって両親に話せば警察に伝わる。普通なら」

「……なるほど。警察ではなく、家族になら買収は通用するかもしれませんね」

「もちろん両親が行方を知っているわけないけど、明灘みかげがどこに行こうとしているのか、手がかり程度は知ることができるかもしれない。他に当てがないならそうするしかない。消去法だけどね」


入手した住所を地図アプリで検索すると、明灘邸は盛岡ではなく仙台にある。娘を精神科に入院させるなら体面もあるから、それなりに離れた病院にしておこう、という意図を推測して、楓は腹の底に反感を感じた。単に邪推かもしれないが。

「けっこう高級住宅街みたいですね」

「直接家まで行ってしまったら、近所の目を気にしてインターフォンを取ってさえくれなさそう」

「富裕層に対する偏見では?」

「偏見はヒューリスティクスで得た結論が間違っている場合の別名。だけど、ヒューリスティクスが絶対に合っていることなんて原理的にない。とくに金持ちなんていろいろ恵まれているんだから多少の偏見は甘受すべきね」

ドゥリーパは「へえ、興味深い意見ですね」的な表情だが、なんとなくそれも演技のように見えた。この男、今のところは悪意や軽蔑を見せたためしはないが、どうも人をからかって楽しんでいるのではないか、と疑わせるものがある。

「ただ、メールにせよ通話にせよリモートでコンタクトしようとしても余計にリアクションは来ないでしょうね」

「じゃあ、一芝居うつくらいしかないわね」

ドゥリーパは今度こそ意外な顔をして、楓は口角をあげた。

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