変態がまともに人助けして悪いだろうか。
(セルウィルス視点)
何かヤバい気がする。
サベラを地上に送って水晶宮に戻ろうとしたら、辺りの空気がびりびりと感じた。激しい怒り悲しみ苦しみが空気中に漂う。息苦しくて仕方がない。
これは何処から来るんだ?
「クウァエレレ」
呪文を唱え諸悪の根源を探る。高い耳鳴りがして、超音波がセルウィルスを中心にして円を描く様に広がる。鈍い音が遠くない場所からした。
セルウィルスは自身を風に変えて鈍い音の場所に向かう。湖の上を通り対岸が見えると黒い靄が広がっていた。靄の濃いところをよくよく見ると、2人の男がいた。1人は腰を抜かして地面に座り込んでいる。もう1人は肌がドス黒い。瘴気に蝕まれた人間は肌が墨を塗ったように黒くなると文献で読んだことがある。そしてそれを魔物と呼ぶ。魔物は腰を抜かした男を乱暴に持ち上げて、湖に、沈めた。
その人溺れるじゃんと思い、ウィルが近づこうとすると、黒く染まった木の枝が伸びてきてウィルの動きを阻む。風姿が人型に戻ってしまい枝がつるの様に身体に巻きついた。
このドス黒い靄のせいで木が魔物になってしまう。しかもサラマンダーまで現れた。
「そこのトカゲ助けろよ!」
ぶらーんと宙吊りにされたウィルは大声で叫んだ。
もともと別属性の精霊同士の仲はあまり良くない。風と水の精霊はそれなりに交流があるが所詮はそれなりである。
「やだねー。意味わからん」
サラマンダーのやつあっかんべーしてきた。腹立つな。
結局それが現状なのだ。枝を風の刃で切ってみるがまた新しい枝が伸びて身体に巻きつく。溺れている男を助けるために頑張るものの、なかなか到達しない。風姿になれないし意味わからん。
溺れている男は魔物になった男により、水面から出す顔を踏みつけられた。あれは酷い、その内力尽きて死んでしまう。
ザザーーーーンッッ!!
当然、湖から大きな波が押し寄せてきて男2人が波に飲まれた。
「ヴィニー!!」
サラマンダーが叫ぶ。よほどヴィニーのことを気に入ってるみたいだ。ってあれヴィニーだったのか!黒くなってて分からなかった。
「おい!シルフ助けやがれ!」
「助ける訳ないだろう!この馬鹿!」
黒ずんだ木から伸びる枝が動きを緩めた。それを風の刃を飛ばして斬り刻む。身体が自由になったウィルは湖に勢いよく潜った。
リウィアは危機を感じていた。ゴーッと水が流れる音が水晶宮の内部で響く。記憶のない母と何気ない会話をしていた心温まる時間はアンゲラの目覚めで一変する。
「おのれーーーー!!!」
いつもの落ち着いた声と違いけたたましい声だ。アンゲラは何もない空間から2メートルの木製の杖を出して握りしめて勢いよく振った。
ブンッ
アンゲラ以外のリウィアを含む周りのウンディーネの動きが止まった。金縛りにあったみたいに力が入らない。
「魔力を貰うぞ」
アンゲラの目は怒りに染まっていた。
身体の感覚がどんどんなくなる。アンゲラの怒りの感情がかわりに流れ込み自分が無くなる恐怖を感じた。
誰か助けて!!
視界が真っ暗になり意識を失った。
水晶宮の壮麗な扉を開き、水のない空間に入るとそこは地獄絵図だった。セルウィルスは来たことを後悔した。
ウンディーネはアンゲラを除いて全員大理石の床に倒れている。青いオーラを纏うアンゲラは目を吊り上げ発狂している。アンゲラの後ろには丸い球体の水があり、中にはフリッツが気絶している。
何より1番恐ろしいのは、瘴気を纏うヴィニーが氷漬けになってる。氷が内側からヒビが入りバリバリ割れて、魔物と化したヴィニーが何食わぬ顔で氷から出てきた。アンゲラが氷の3メートルはありそうな刃を宙で勢いよくぶっ放してヴィニーの身体を貫く。しかし、氷がまた割れてヴィニーの身体に空いた穴が瘴気の渦を巻いて塞いだ。
この化け物め!!アンゲラめフリッツの身柄しか守ってないし!!
リウィアに息があるか確認すると気絶しているだけのようだ。セルウィルスはとりあえずウンディーネ達をヴィニーから離れた場所に運ぶ事にした。飛び火されたら困るので風で盾を形成しながら、ウンディーネを肩に担ぎ隣の部屋に運ぶ。
俺ってなんて優しいんだろう。こんな事しても誰も褒めてくれない。まあ、いいんだけどねぇ。思わず涙が出ちゃった。だって風の精霊だもん。
フリッツはまあ触れるとアンゲラが怒りそうだから、置いとくか。
全員を運び終えて、ウンディーネ達を守る為に部屋の扉の前にいる事にした。
セルウィルスがせっせと運んでいる間も激しい戦闘が繰り広げられた。ヴィニーは黒くなった手を何十メートルも伸ばしてアンゲラをぶっ叩こうとして瞬時に発生した氷のバリアに弾かれる。ナイフほどの大きさの氷の刃が大量に生み出されヴィニーにぶっ刺さるが、粉々に砕けて身体を瘴気で再生された。そんな事が延々と繰り返される。
魔物ってみんなこんなんなの!?勇者なめとったわ!そりゃ人類絶望するわ!
セルウィルスがはらはらして観戦している頃。神の心を持つ人間は湖のほとりで悩んでいた。
足がない。
アベルの悩む足とは身体の足ではなく交通手段の方である。
...誰も迎えに来ない。
「来ませんね〜」
サベラは地べたに座って空を見上げている。湖を見下ろすアベルは、しゃがんで湖の水に手を浸した。
神さま時代の母が祝福をあげるとか何とか言ってたよねぇ。祝福って何だろう。もしかして神秘の事かな。
少しわくわくしながら、神秘を発動した。手を浸した水がアベルを避けるように動いた。
水と空気の分離ができた!手は消えたりしないよね?
手をまじまじと見たが通常通りの手だった。
やった!これこれ!この神秘が使いたかったんだよ!うちの母神ってる!これ瘴気に有効なんだよ!
「何遊んでるんですか〜?あっあれサラマンダーじゃないですか?なんかオロオロしてますねー」
光る1メートルほどのトカゲがこちらにささっと近づいてきた。どさどさと両足を動かす姿がなんとも言えない。
「おい。お前らオイラを水晶宮に連れてけ!」
散々こちらに迷惑かけといてそれかよ。
アベルは半眼になりながら、何で?と言っとく。
「ヴィニーの奴瘴気に呑まれて魔物化したんだ!そしたらでっかい波に飲み込まれたんだ!助けに行かないと!」
ヴィニーが魔物化ってマジか!でも意外ではないな。アンゲラはどうにかは出来なさそうだし、ヤバいな。
「サラマンダーは行ってどうするの?魔物になったってことはもう人格ないよ?助かったって瘴気をばら撒く元凶をほっとく気?」
サラマンダーは下を向きながら、ぽつぽつと喋り始めた。
「おいらあいつと戦った。おいらのが有利な戦いの筈だった。でもヴィニーはそこらの人間より気持ちが感情が強かった。死んでも勝ちたいって気持ちの奴と初めて戦っておいらは負けた。根気負けだった。おいらは勝つ事にこだわりがなかったから羨ましかった」
そうかヴィニーは強いのか覚悟しないとな。
「悪いけど、ヴィニーには死んでもらう」
アベルの冷たい言葉にサラマンダーは焦る。
「その強さの原因を調べたら、ヴィニーは弟を生贄にされて、当主にならなければとプレッシャーを抱えてたんだ。あいつも被害者なんだよ!」
生贄のことは文献に載っているから知ってる。
「こっちだって被害者なんだ。下らないね」
サベラがまあまあと言い出した。
「可愛いからもう少し優しくしましょうよ」
頰が僅かに赤い。この裏切り者!そういえば爬虫類好きだったわ。
「俺だって人殺しはしたくない。でも人間にこれ以上被害が出るのであれば殺す。サラマンダーは無駄だろうけど、ヴィニーを説得してみろ。そしたら協力する」
サラマンダーは目をパチパチさせてから、わかった!と頷いた。
「手始めに瘴気が充満している場所ない?」
「ある!木々が真っ黒!じわじわ侵食してる!」
「ならそこに案内して」
「わかった」
サラマンダー意外と素直で可愛いなと思い始めた自分がいた。




