14.秘密は彼によって暴かれるものである
心臓がバクバク言ってる。なんだ、今、私はなにを聞いた?
「嘘……」
「嘘じゃない。まさかこんな事になるとは思ってなかったけど」
「だって、だって! 初めて会った日、あの日、あの彼はトーマって名乗った! なんで? なんで初めて会った時からトーマだなんて名乗ったの?」
「それは俺じゃないよ」
少し困ったように、彗さんが言う。
「初めて会った日は俺じゃないよ。その日だけは本物の冬眞だったんだ」
頭を整理しながら彗さんの話を聞く。つまり、初めて会った日、洋書とノートを持ってた彼こそが冬眞。
「あ……」
そうだ。次の日に会ったトーマは洋書は持ってなかった。気にしていなかったけど、トーマじゃないから持ってなかったの?
「公園の鳥の観察」
「へ?」
「それを毎日やるのが冬眞の夏の課題。でもあいつ、日向と会った次の日、熱を出してな」
俺に行けと頼んで来たんだよ。しょうがないから、その頼みを聞いて公園に行ったんだ、と。
「そしたら日向がいた」
「私が……」
「あぁ。日向が俺に話しかけてきて。あぁ、冬眞が言ってたのはこの人かって思ったんだ」
「私の事聞いてたの?」
「うん。冬眞が言ってたよ」
ーーもしかしたら、俺に話しかけてくる人がいるかもしれない。小柄な大人の女で昨日知り合ったんだ。もし話しかけてきたら……。
「相手すると面白いかも、ってな」
「なによそれ」
「俺がワイシャツにスラックス着てただけで制服だと思うなんてな。案の定、俺を冬眞だと思って話しかけて来た」
「だ、だって。あの顔も雰囲気も、初めて会ったあの日のトーマだと思ったのに……」
「顔が似てるんだよ。今は成長期が過ぎたからあんま似てないけど」
違う人間なのに、間違えるとかあり得るのか……。いやでも、今でもこの二人似てるなぁとは感じるからなぁ。それでも、自分の節穴加減に愕然とする。
ん? じゃあ待ってよ。
「初日に会ったのがトーマなら、その後に会ったのは全部……彗さん?」
「あぁ」
「桜が綺麗って言ったのも、チーズケーキが好きって言ったのも」
「うん」
「鼻水も涎もつけちゃったのも?」
「ははっ、あれには驚いたなー」
「さよならって言ったのも」
「全部、俺だよ」
あの日の事を鮮明に思い出す。ベンチに座る姿も、目を細める仕草も、桜を見上げる横顔も。全部が彗さんだったのだ。
謝らなくちゃ。
あの日、彗さんに、というか自分より年下の少年に対して鼻水諸々も押し付けてしまった事、そしてキスした事。
「彗さん」
「なに?」
「ごめんなさい」
その場で頭を下げる。彗さんの息を呑む音が、聴こえた気がした。
「それはーーなんに対しての謝罪?」
「私が、その。彗さんに昔……してしまった事」
彗さんが一歩近付く。
「さよならって言い逃げした事?」
「それも」
「あの日から公園に来なかった事?」
「ん? んー……それも」
「鼻水とか流してた事?」
「それも」
「ーーキスした事も謝るの?」
「むしろそれ」
酷いことをしてしまったから、と。私が言うと、彗さんは静かに首を振った。
「酷い事をされたとは思っていない」
彗さんは私の顔を覗き込み、目を細めた。
「鼻水はさすがにだけど、ほら。なんていうか……好きだったから」
彗さんはそうして、その口で、私に想いを吐露する。
「いや。今でも。ちゃんと言うから聞いてて」
その瞬間はまるで、幸せを具現化したような時間だった。
「日向が好き。あの日から、ずっと。今でも」
目が熱い。
「私、酷い事したし、彗さんの事傷つけてばっかりなのに」
「傷なんていくらでもつけて。日向なら許す」
「彗さんより年上だし、頑固だし我儘だよ?」
「いいよ。むしろ我儘言って欲しいんだけど。日向の我儘聞いてみたい」
「……泣き顔、不細工だったでしょ」
それでも?
「可愛かった。どんな顔も見てみたい」
「……それはリップサービスしすぎです」
「ははっ。嘘はついてないけどな。あのな、日向。約束して? 日向に付けられる傷ならなんでもいいけどそのまま放置はナシ。つけたら必ず日向が治す事」
「うん。約束する」
「ーー日向、好き。日向の気持ちを聞かせて。日向は俺をどう思ってる?」
長年言えなかった想いを、今ここで彼に伝える。あの春の日に秘密にすると決めたその想いを今告げる。
「今も昔もずっと、彗さんが……大好き」
その後、彗さんが見せたのは私が大好きな彼の表情だった。