仏様からの贈り物⑨
506号室に後上のおばあちゃんを送り届けた殿倉は八階に戻って、806号室の扉越しに「お待たせしました、大河さん」と富子に声をかけた。
「後上のおばあちゃんは無事に送り届けたのでご心配なく」
「そんなことはどうでもいいから」と扉越しに富子は声を荒げた。「いいから早くそいつをどかして」
殿倉は「承知いたしました」と言って屈み、扉のまえの仏壇に両手を回した。大人一人で持ち上げるにはなかなか大変な重さではあったが、多少腰のあたりに違和感をおぼえながらも扉のまえからそれをどかすくらいはなんでもなかった。とりあえず廊下の真ん中に仏壇を下ろし、「もう開けて大丈夫です」と扉越しに声をかけた。
806号室の扉が様子を窺うように開き、中から不機嫌極まりないといった様子のTシヤツ短パン姿の富子が出てきた。
「災難でしたね、ほんと」と殿倉は自慢のスマイルを浮かべて言った。「こんなもの扉のまえに置いてかれるなんて」
富子は無言で殿倉を一瞥し、それから仏壇を見据えた。扉が閉ざされたままのそれは仏壇には見えなかったが、扉の隙間に白い封筒が挟まっていたからそれを抜き取り、中から便箋を取り出した。便箋は一枚で、数行しか書かれていなかったので読むのに時間はかからなかった。
「これを部屋に運ぶのを手伝って」と富子は便箋を封筒に戻すと仏壇の傍らで機嫌を窺っていた殿倉に言った。「どうやらこれはうちのみたいだから」
そして帰宅した美子の視線の先に仏壇はあった。大川を眼下に控えるリビングの窓際に近い壁沿いからそれは、「ただいま」とそこに至るまでの騒ぎのことなど何も知らずに帰ってきた彼女を出迎えた。閉ざされていたブラックボックスの扉は開かれ、仏前にはお水とお線香が供えられていた。
「どうしたの、これ」と美子はランドセルを下ろすのも忘れてリビングの椅子にうな垂れ、煙草を吸っている母に聞いた。
「ジージからの贈り物」
「シージからの?」
「まぁ、それはあたしなりの解釈だけど」と富子は力なく笑った。そして吸いかけの煙草を灰皿に押し付け、仏壇を見据えた。「でも、今日って日にここにきたってことはそういうことだって思うほうがなんか素敵じゃない」
美子は母を見据え、それからランドセルを下ろしてその視線を追うように仏壇のまえに正座し、お線香をあげておりんをチーンして目を閉じ、手を合わせた。遺影はなかったけどど、瞼の裏側では背筋をピンと伸ばしてはにかんで笑っているジージの姿が見えたし、その声なき声が美子にははっきりと聞こえた。
「お誕生日おめでとう、美子」と言うジージの声が。




