第八層 不毛な聖戦
「全社員、総力戦だ!
徹夜してでも提案書を完成させろ!」
フロアに怒号が響く。
今回の攻略対象は、競合他社との大型コンペ。
だが、その実態は酷いものだった。
相手企業の提案内容。
予算規模。
クライアントが求めているもの。
何一つ調査されていない。
ただ、上層部の思いつきだけで始まった無謀な特攻作戦。
勝率は限りなくゼロに近い。
それでも、この会社では「気合」と「根性」で押し切ることが正義とされる。
【広域状態異常:デスマーチの呪い】
フロア全体が重苦しい空気に包まれている。
社員たちの顔には、濃い疲労の色が浮かんでいた。
徹夜する者ほど頑張っている。
長時間働く者ほど貢献している。
そんな歪んだ価値観が、全員の思考力を奪っている。
誰も疑問を持たない。
意味の薄い資料作成という無限作業に、ただ時間だけが消費されていく。
そこへ、進捗確認に来たボス猿が現れる。
机を叩き、命令を落とす。
「おい! お前も全社プロジェクトの仕事は後回しだ!
このコンペ資料に入れ!」
続けて告げる。
「100ページのプレゼン資料を、明日の朝までに作れ!」
――典型的な思考停止攻撃。
内容ではなく、ページ数。
成果ではなく、作業量。
この攻撃に正面から付き合えば、削られるのは時間と体力だけだ。
さらに失敗した場合、その責任まで背負わされる。
【攻略者のアナライズ】
私は静かに画面を確認する。
競合企業の過去の提案傾向。
今回のクライアントの財務状況。
公開されている市場データ。
必要な情報を整理する。
「部長」
声をかける。
「クライアントの条件と競合の動向を分析しました」
画面を向ける。
「相手が求めているのは価格競争ではありません。
重要視しているのは、導入後の運用コスト削減です」
一拍置く。
「100ページの精神論資料を提出しても、決裁者には届きません」
「な……なんだと……」
ボス猿の表情が揺れる。
「じゃあ、どうするんだ!
降りたら上に何を言われるか……!」
焦りが滲む。
彼らは勝つために戦っているのではない。
戦っている姿を見せることで、自分たちの責任を回避しようとしているだけだ。
【スキル発動:オートマチック・カウンター】
私は、事前に構築していたデモ画面をモニターへ表示する。
「徹夜して100ページ作る必要はありません」
画面には、全社共通プラットフォームの分析結果。
「このデータと、実際の動作デモだけで十分です」
表示された数字。
コスト削減率40%。
「残り99ページ分の作業は破棄します。
全員、定時で帰らせてください」
「は!?
そんな簡単な資料で勝てるわけ……」
「勝てます」
遮る。
「クライアントが求めているのは、努力した証明ではありません」
画面を指す。
「導入した翌日から、どれだけ利益が生まれるか。その一点です」
そして最後のカードを切る。
「もし失敗した場合、責任はデータを作成した私が負います。
ですが、成功した場合の実績はチームの成果として提出してください」
【呪いの解除】
責任を引き受ける。
その代わり、相手には成功した場合の利益を渡す。
保身を優先する管理職にとって、拒否する理由はない。
「……ふ、ふん」
ボス猿が腕を組む。
「そこまで言うなら、試してやろうじゃないか」
そしてフロアへ向けて叫ぶ。
「全員! 今日の作業はここまでだ!」
その瞬間――沈んでいた社員たちが、一斉に顔を上げる。
徹夜という名の呪いが解除された。
【リザルト:完全勝利と信頼の獲得】
翌日
たった一枚のデータ。 そして、五分間のデモ。
それだけで行われたプレゼンは、クライアントに強烈な印象を残した。
結果。
当社は競合を抑え、案件を獲得した。
徹夜なし。 サービス残業なし。
最小限のリソースで、最大限の成果を出す。
それこそが、この迷宮を攻略する本当の方法だ。
第八層、攻略完了。
疲弊していた同僚たちの視線が変わる。
以前までの評価は、変人。
だが今は違う。
この迷宮で生き残る術を示した者。
守護者。 そう認識され始めていた。
しかし――この圧倒的な成果は、ついに最深部へ届く。
迷宮の最奥に鎮座する存在。 魔王の耳へ。
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