醜い婚約者②
更新:2021.10.25
ショートヘアの黒髪にアメジストのような紫色の瞳を持つその少年は、見惚れてしまうほどに綺麗な顔立ちをしています。
こんな綺麗な方にエスコート?何かの間違いでは?
そう思いながらも、私は待たせてしまったことを謝ります。
「お、お待たせして、申し訳ございません。」
「…。」
じっと、見つめられて私はドキリと胸が鳴ります。ですが、これはいつも皆から見られる時の視線。驚き見開かれた目を見て、私はそう思いました。やはりこの方も皆と同じ反応をするのかと、少しだけ気持ちが沈みます。
「…あ、あの…」
「あっ、不躾に失礼だったね。申し訳ない。」
「いえ、慣れていますので」
「…それと、こちらが早く着いてしまったんだ。君が謝ることはないよ。」
好奇の目は、すぐに柔らかい笑みに変わりました。少しだけ驚きです。他の方は、いつまでもジロジロと私の傷を見ているので。どうやらお優しい方のようです。
私はそんな戸惑いを隠しつつ、ドレスの裾を軽く持ち上げて挨拶をします。
「私、シェリア・メイソンと…」
「知っているよ。」
「え?あっ、そうですよね。叔父の依頼ですものね。」
それはそうかと慌てると、彼は何故か小首を傾げました。
「何だ、忘れてしまったのか?」
「えっ?」
悲しそうな様子に、私は遠い記憶を思い出します。言われて少年の顔を見れば、昔、同じような顔を見たことがあった気がするのです。
何処だったかしら?と、考えていたら、少年は少し恥ずかしそうに頬を掻いて、視線を反らせてしまいます。
「そう見つめられると照れるものだなと」
言われて私は失礼なことをしたと気付きました。自分がされて嫌だと思っているのに、相手をまじまじと見つめてしまっていたのです。
「し、失礼しました。何処かでお会いしたことがあると思って、考えておりました。」
「それで?」
「えっ?」
「思い出せたのかい?」
聞かれて私は戸惑ってしまいます。もし間違っていたらと思ったのです。ですが、相手は私の答えを待っているようで、それ以上は何も言ってくれません。私は仕方なく、思った名前を挙げました。
「ユリス殿下ですよね?」
少しだけ嬉しそうな顔で彼がこちらを見ました。また、私の胸がドキリとなります。今日の私は、どうしてしまったのでしょうか?何か変です。
「久しぶりだな、シェリア。」
「え、ええ…本当に…。お会いしたのは、まだ両親がいた頃なので、もう十年は経っていますね。」
「そうだな…」
会話が途切れて気まずい空気が流れます。何を話したら良いのか、全く思い付かないのです。
「とりあえず、城に向かおうか。」
「ええ。」
殿下も気まずかったのでしょう。まぁ、無理もありません。こんな傷があって話ベタな女性など、相手にしてもつまらないでしょう。
それにこれは望んだ婚約ではありません。おそらく今日も渋々、私のエスコートさせられているのでしょうから。私は何だか申し訳ない気持ちになります。
それでも殿下は完璧なエスコートで、私の手を引いてくださいます。本当にお優しい方なのだと、私はお顔を覗き見て少しだけ寂しい気持ちになりました。
私がこんな姿でなければ、楽しくお話出来たのでしょうか…。
私たちは馬車に乗ると、ますます気まずい雰囲気になってしまいます。聞きたいことはたくさんあったのですが、そのどれもが聞きづらく私は言葉に出来ませんでした。
そんな時、ユリス殿下の胸ポケットに見える、ハンカチに目が止まります。
「それ…」
「ん?ああ、これのことか?」
彼が取り出したハンカチを見て私は驚きます。
「それ…私が刺繍したものでは?」
「ああ、これだけは手放せなくて、ずっと持っていたんだ。送ってくれたのは、一度きりだったから。」
そのハンカチは、私がまだ両親と暮らしていた頃に作ったものでした。なかなか会えないユリス殿下に、私は習いたての刺繍をしてハンカチを送ったのです。ですがそれからすぐあの火事があり、私はユリス殿下との結婚は諦めていたので、手紙を書くこともなくなりました。
そのハンカチをユリス殿下は、とても大事な物のように扱い見つめています。
「どうしてそのようなものを?殿下なら女性の方からいくらでも頂けるのではありませんか?」
「私がそんな浮気性に見えるのかい?」
「えっ?い、いえ、そう言う意味では…」
婚約を解消されると思っていた私には、ユリス殿下の言葉は不思議でしかありませんでした。
「ユリス殿下は…」
「ユリス。」
「え?」
「ユリスと呼んでほしい。…ダメだろうか?」
子犬のような瞳でこちらを見てくる彼は、とても可愛らしく胸が跳ね上がります。ですが、私は心を鬼にして首を左右に振りました。
先ほどから思っていた疑問も含めて、勇気を出して聞いてみます。
「だ、ダメです。だって…婚約は解消されるのでしょう?」
「なぜそう思うんだ?」
「え?」
怖くてうつ向いていたのですが、反射的にユリス殿下を見ました。すると彼は怒ったような、でも悲しそうな顔をしています。
なぜ、私が責められているのでしょうか?そう考えたら少しだけ腹が立ってきました。
「…だって、こんな容姿になってしまって…婚約の話しも全く進まず、パーティーでエスコートすらしてもらえない。周りには笑われ馬鹿にされて…。殿下だってこんな醜い女は嫌なのでしょう?だから、会いに来てもくださらなかったのでは…」
言葉が途中で途切れてしまったのは、ユリス殿下に抱き締められたから。頭が混乱しパニックになります。
「すまない…」
そこへ耳元に優しい声が届きます。
「僕は君との婚約を解消するつもりはない。会えなかった事情を今説明することは出来ないが、ずっと君に会いたかったんだ。」
「今更それを信じろというのですか?」
「僕のわがままだが信じて欲しい。」
「…。」
「…やはり、こんな僕では嫌だろうか?」
そんな声で囁くのは反則だと私は思いました。私の頬は熱くなり、鼓動が早くなっています。自分の耳にまで心臓の音が聞こえるくらいです。
「嫌ではありません。ただ…」
言いかけたのですが、馬車が止まったので私は口を閉ざしました。殿下もそれ以上は聞いては来ません。腕も解かれます。
私は何だかそれを寂しく感じました。やはり、今日の私は変なのだと、だからこんな気持ちになるのだと自分に言い聞かせました。
「そうだ、言い忘れるところだった。」
「何でしょうか?」
「そのドレスとても似合っているよ。僕はいつもの君も好きだけど、今日も一段と素敵だ。」
そう言ってもらえると、お世辞でも嬉しくなります。
「今日は今まで君のことを笑っていた奴らを見返してやろう」
「殿下、言葉遣いが…」
「君と二人の時だけだ。」
「はぁ…それに、見返すって…」
どうやって?という疑問は馬車の扉が開けられて、聞くことは出来ませんでした。
ユリス殿下にエスコートされて、私は王城へと進みます。私を笑う者達の待つ場所がどんどんと近くなり、私は怖くなってユリス殿下に添えた手に力が入ってしまいました。
「大丈夫だ。」
そっと手を重ねてくれます。それだけで私の心は落ち着くのですから、不思議です。
そして、私たちは会場へと足を踏み入れました。
え?どういうこと?
私は予想外の出来事に驚きます。
というのも、いつもの嘲笑のコーラスは起こらないのです。疑問に思って、俯いていた視線を上げると、周りは驚きの顔でこちらを見ています。
ユリス殿下の方を見ている人も多かったけれど、ほとんどは私の方に釘付けといった様子でした。私は何が起きているのか分からずに、ユリス殿下を見ればニッと無邪気な笑顔を見せてくれます。その笑顔に、女性陣の黄色い悲鳴が聞こえました。
「これは、どういうことですの!?」
何だか慌てた様子で私のもとにイリスが来ます。彼女が自分から、私のところに来るのは珍しいです。前回は叔父の言いつけで、仕方なくと言う感じでしたが、今日は様子が違います。
ですが、どんな理由があれ社交場では、挨拶しなければいけません。義妹はそう言うところが、少々抜けていました。仕方なく私から挨拶をします。ドレスの裾を軽く持ち上げて軽く会釈しました。
「イリス、ごきげんよう。」
「ごきげんようでは、ございませんわっ。」
「ごきげんよう。」
なにを呑気なこと言ってるの!?と、言いたげな彼女でしたが、ユリス殿下に声をかけられて言葉を失います。彼女は綺麗な顔に目がないようです。婚約者であるシーク殿下も顔が良いからと、自慢げに話していたのを聞いたことがあります。
そんな理由で、婚約者を決められるのですから、叔父の権力もまだまだ衰えたものではないようです。そんなことを考えていると、イリスが戸惑いながらも挨拶をするのが目に入ります。
「ご、ごきげんよう。えっと…」
「ユリス・ジルべニアと申します。」
「えっ?ゆ、ユリスって…第2王子の…」
「はい。イリス・キャンベル様。シェリアがずいぶん世話になったようですね。」
「え?」
「まぁ、もう彼女が君たちの屋敷に戻ることはないですから、安心してください。」
ユリス殿下は変わらない口調のまま言ってますが、その目は笑っていません。正直怖いです。さすがのイリスも身震いをさせて怯えています。
「あなた方が彼女にしたこと、知らないとでも思っているのですか?」
「ひっ…」
今度は声までも冷たく、明らかに蔑んだような態度です。私ですらビクリと身を竦めてしまいます。それを向けられた本人はもっと怖いでしょう。そう思ってイリスを見ると、案の定半べそになってふるふると震えていました。
「どうしたんだ?」
「シークさまぁ…」
やって来たシーク殿下に抱き付くイリス。事情が分からずとも、婚約者を泣かされたという事実にユリス殿下を睨み付けるシーク殿下。
「誰だ貴様!無礼だぞ!」
「え?」
私は思わず驚きの声を上げてしまい、それにユリス殿下が声を上げて笑いました。
「な、何だ。」
「いえ、知性の足りないところ変わりませんね…兄さん」
「なっ…」
「ユリスですよ。」
「なっ…ユリスだって?あの根暗ユリスがこんな…」
「弟の顔も覚えられないとか、どれだけ愚鈍なのですか?」
「き、貴様、兄に向かってなんと言った!?」
「頭だけでなく耳も悪いようですね。」
シーク殿下は怒りでふるふると震え出します。私がヒヤヒヤしながらその様子を見ていると、楽器の音が部屋へと響きました。
全員が音の方に注目すると、部屋の奥から国王が姿を見せました。
「よくぞ集まった。」
陛下の声に皆が礼をします。そんな中、シーク殿下は先程の怒りが嘘のように消え、今は勝ち誇ったような顔でユリス殿下を見下しています。流石に揉め事は収まったようで私はホッとしました。
ユリス殿下もそんなこと気にも止めず、陛下に礼をしています。
「今日は我が息子の誕生日であると共に、王位継承者を皆に披露する日でもある。」
陛下の声に、皆が顔を上げます。会場の誰もが、シーク殿下の名前を期待しているようでした。
音楽が最高潮に達して急に音を止めました。広い会場が一気に静かになります。話していた人達も王の言葉を待つように、シーク殿下や王を見ています。
「…ユリス、こちらに来なさい。」
「はい、陛下。」
ですが呼ばれたのは期待に反する名前でした。
予想と違う名前に会場はざわめき立ちます。
ですが陛下に呼ばれたユリス殿下は、それが分かっていたかのように落ち着いた様子です。そして何故か私の手を取り、陛下の元へと向かいます。周りがさらにざわつきます。
「静粛に!」
陛下の隣に控えていた宰相が、声を上げて周りを静めました。
ユリス殿下が陛下の横で、私がその少し後ろに並ぶと、陛下は高らかに宣言します。
「王位継承者は、このユリス・ジルベニアとする。」
え?これは、どういうことでしょうか?ユリスが王位継承者?私が驚き彼を見ると、ウインクをされてしまいます。王の宣言に周りは驚きつつも拍手喝采です。
そんな中、納得行かない人が2名おりました。
「父上!これは、どういうことですか!?」
「そうです、お義父様。次期王は、シーク様ですわよね。」
「二人とも止めなさい、みっともない。」
二人の訴えを陛下はため息と共にたしなめます。確かにこの場で抗議するのは、あまり良いことではありません。私も驚きましたが、どんな理由があれ、それを決めたのは現国王です。反論は本来なら許させることではないのです。
「これはもう決まったことだ。」
「ですがっ!」
食い下がるシーク殿下に国王は大きなため息をついて、重い口を開きました。
「…お前の家臣が不正を働いていたのだ。」
「は?」
突然の言葉に、シーク殿下は言葉をなくしたようでした。
「お前、公務をその家臣に任せきりにしていたな?そこを利用されたのだよ。それを見つけたのが、ユリスだ。それだけではない。ここ最近の公務のほとんどをユリスがこなしていたのだ。」
「な、何を…?」
「何も気づいておらんかったのか…。本当に情けない。そんな者に、この国は任せられん。公務を怠ったことや、機密事項を家臣に漏らした罪は償ってもらうぞ、シーク。」
知らされていなかったのでしょう。シーク殿下は力なくその場に崩れ落ちます。隣にいたイリスもその場にヘタリ込むと肩を落として、黙ってしまいました。
「陛下。」
「おお、そうであったな。…次期国王より皆に伝えたいことがあるそうだ、聞いてやってくれ。」
国王の言葉に皆がユリス殿下を見ます。
「私は時期国王として皆のため、国のために力を注いでいくつもりだ。よろしく頼む。だけど、そんな私もただ一人の人間でしかない。出来ることは限られるし、壁にぶち当たることもあるだろう。」
そう言ってユリス殿下は私の方を見ます。それから、手を伸ばすと少し強引に私を隣へと引っ張り出しました。
「そんな私の心の支えとなる婚約者であるシェリア・メイソンを、妻として迎えようと思う。」
私はその言葉に驚き、頭が真っ白になります。皆の視線がこちらに向き、注目の的です。
「シェリア・メイソン?」
「どういうこと?」
「やっぱり、だから俺はそうじゃないかって…」
ですが何だか様子がおかしいのです。なぜか戸惑いの声ばかりが聞こえてきます。
「火傷の痕は?」
「あんな傷、どうやって隠したのかしら?」
「やっぱり、別人なんじゃ?」
え?何を言っているの?
私は戸惑いユリス殿下に助けを求めるように見ると、優しい笑顔を向けてきます。そして、ユリス殿下は皆の方へと視線を戻しました。その瞳には怒りの感情が見えます。
「皆が彼女のことをどう言っていたのか、知っている。だが、彼女は心優しく美しい。少なくとも、私はそう思っている…。だからこれから先、彼女を泣かせる者がいたら、私の全権力を用いて潰す。それだけは心得ておくように。…私からは以上だ。」
そう言うと私の腕を引いて、部屋を出てしまうユリス殿下。私は引かれるがままについていきます。
しばらく歩くと彼は止まりました。そこは国を一望できる素晴らしい景色のバルコニー。何もなければ素晴らしい景色に感嘆の言葉をあげていたでしょうが、今の私はそれどころではありません。
「ユリス、これはどういう…」
「すまない。」
「えっ?」
「順番が逆になってしまった…」
そう言うと、ユリス殿下は膝をつきます。私の手を取りました。アメジスト色の瞳が私を捉えて離しません。
「私と共に歩んでもらえないだろうか?」
「ユリス?」
「結婚してほしい。シェリア。」
「で、でも、私の顔は…」
「僕はそんなこと気にしない。婚約を交わした日から、ずっと君のことを想ってきた。僕が好きなのは、あの日から君だけなんだ、シェリア。」
とても、嬉しいお言葉です。本当なら、頷いてお受けしたいのですが、そうもいきません。
「いくらユリスが気になさらなくても、王妃になってしまえば注目があります。公でこの顔は…」
側室ならまだしも、正妃は他国との国交もあるので、やはり見目というのは大事なのです。必ずしも美人である必要はないのですが、さすがにこんな火傷の跡がある私では問題が出てくるでしょう。
そんなことを考えていると、ユリス殿下は思い出したような顔をします。
「そう言えば君は鏡を見ないのだったね。」
「どういう意味でしょうか?」
「アンナ。」
「はい、こちらに。」
どこからともなく現れたアンナは、何故か手に鏡を持っています。そして、その鏡を私に手渡すのです。どういうことでしょうか?
私はこの傷のせいで、鏡を見ることはなくなりました。それはアンナも、もちろん知っていることでしたので、私はどうしたら良いのか困ってしまいます。
「嫌かもしれないけど、騙されたと思って見てごらん。」
アンナも頷いて私を見ます。本当は怖いですが、仕方くユリス殿下に言われるがままに、恐る恐る鏡を見ます。
そして言葉を失いました。
「どういう…こと?」
やっと出てきた言葉は驚きで掠れて、誰も聞き取ることは出来なかったでしょう。
鏡の中に映る私は、真っ白な肌をしていました。そこに火傷の痕などありません。確かに、化粧の時間が長いとは思っていたのですが、まさかこんなことになっているなんて思ってもいませんでした。
どんな手品かと、ユリス殿下を見ると嬉しそうに笑っています。
「これを開発させるのに、時間がかかってしまったんだ。本当はもっと早く君を迎えに行きたかったのだが、申し訳ない。」
「えっ?ど、どういうことですか?」
「君を正妃に迎えるためには、やはりどうしても火傷の痕は障害となってしまった。だから、それを隠せる技術を開発したんだ。僕の力が及ばず、君にはたくさん嫌な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。」
「…。」
「こんな僕だが、シェリアには正妃として一緒に隣にいて欲しい。…ダメだろうか?」
そんな子犬のような眼差しで見られずとも、私の心はもう決まっています。
「…私で良ければ喜んで。」
涙を拭って、心からの笑顔をユリスに向けました。
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