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醜い婚約者①

幼い頃に家が火事になり、家族を失ったシェリア。

しかもその際彼女は、顔に火傷を残してしまった。

そんな心も体も傷付いた彼女を、天は見捨てたのか。彼女を引き取った家族は、彼女を醜いと言って虐待した。


そんなシェリアにも、婚約者がいた。

だが彼は表に出てこず、シェリアのエスコートすらしてくれない。


家族にも婚約者にも見放されたシェリアは、幸せになれるのだろうか?



全2話の短編です。

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更新:2022.4.16

 …クスクス…


 いつもと何ら変わりない光景。今日は義妹(ぎまい)の婚約パーティーだというのに、私が屋敷に入ると注目の的にされてしまいます。


 最初は驚いたような視線を向けられ、そしてそれは徐々にいつもと同じように、卑しいものを見るかのような視線へと変わっていくのです。嘲笑の声が聞こえ、憐みの様な視線を向ける者もおります。私はそのどれもが嫌で、会場の隅へと逃げ込みました。


「やはり来なければ良かった…」


 ひとり呟いて、嘲笑の原因である頬を手で隠すように触れました。手に当たる感触は、張りのある柔らかい肌ではありません。ガサガサで硬いものが、手に当たるのです。鏡で自分の顔を見ることが怖くて、もう十何年も自分の顔など見ていません。見なくても分かるのです。昔と変わらず、禍々しい色をした醜い顔なのだろうと想像できます。


 それは、化粧で隠すこともできない、火傷の跡でした。


 私がまだ5歳の頃。家が全焼する程の火事が起きました。それに巻き込まれて、私の両親は亡くなっています。唯一生き残ったのが、私とメイドであるアンナだけでした。


 アンナは燃え盛る炎の中、私を抱きかかえて命からがら逃げ出したらしいのですが、その火事で私は大火傷を負い、三日三晩生死を彷徨ったと聞いています。それでも何とか命を取り留め、今こうして生きているのですが、火傷が癒えることはなく、醜い跡となって残ってしまったのです。


 アンナには申し訳ないと思いながらも、あの時、両親とともに死んでいたらと、私は今でも考えることがあります。死んでしまえば、こんな風に人から笑われることも、蔑んだ目で見られることもないのです。


「あら、お義姉さま。こんなところにいらしたのですか?」


 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられます。私は慌てて涙を拭って、声の方を振り返ると、そこには自分と同じ銀糸の長い髪の義妹が立っていました。瞳の色は私と違って、少し薄めの茶色で彼女の母親譲りです。


 彼女はイリスと言って今日の主役です。華やかな薄ピンク色のドレスに身を包み、髪飾りも赤やピンクなど同色系の花々で飾られています。今、私がお世話になっている家の長女。


 両親が死んで、私は母の弟の家に引き取られました。

 叔父は家柄を大事にする人で、私が来ることをとても嫌がっていたのですが、身内は叔父だけだったので、断るのも世間的に問題になると、嫌々ながらに引き受けたのだと聞いています。


 そして、イリスとその母親も、私を醜いと蔑んでいました。


「聞いていらっしゃいますか?シェリアお義姉さまッ。」


「あ、え、ええ。聞いているわ。」


「全く…本当でしたら会いたくもないのですけれど、今日は彼を紹介するように、お父様に強く言われているので、わざわざ探したのですのよ。」


「そうだったの。ごめんなさい。」


「まぁ、あまり目立つところに居られても迷惑ですから、良いのですけれど…。コホン…」


 イリスの咳払いに、近くで他の人と話をしていた青年が、慌ててこちらにやって来ます。イリスとだいぶ年が離れているように見えます。私と同じくらいでしょうか?17,8歳に見える青年は栗毛の頭に、瞳はイリスと同じ薄い茶色で、周りがうっとりするような整った顔立ちをしています。


「シーク様、こちら私の義姉(ぎし)でシェリア・メイソン。」


 義妹の紹介に青年は不思議そうに首をかしげました。


「メイソン?キャンベルじゃなくて?」


「ええ、メイソンはお父様の姉の夫の家名ですのよ。」


「ふぅん…」


 そう言ってこちらを見る瞳は私の顔を捉えており、すごく嫌な感じがしました。そんなことは気にしていないのか、気づいていないのか、イリスはわざとらしい咳払いをして胸を張ります。


「それで、こちらが私の婚約者でジルべニア国の第一王子…シーク・ジルべニア様ですわ。」


 これが言いたくて仕方がなかったのでしょう。鼻高々に言う彼女はとても上機嫌に見えました。


「シーク殿下、ご婚約おめでとうございます。」


「ありがとう…えーっとぉ」


「どうぞ私のことはメイソンとお呼びください。」


「あ、ああ。ありがとう。メイソン。…君、イリスの姉ってことは、私の弟の婚約者なんだよね?」


「え、ええ。」


 私が戸惑っていると、イリスが怒ったようにシーク殿下を見ます。


「殿下、前にお話したではありませんか。」


「へぇ…あの、根暗ユリスに…ぷっ…」


 まじまじと私を見ていた殿下は、急に手で口元を隠すと、そのまま後ろを向いてしまいました。肩が震えているのが目に入り、笑いを堪えているのだろうと嫌でも分かりました。


「だから、笑わないために心の準備が必要だと、お伝えしたではありませんか。」


「君の言う通り準備してたよ。で、でも、あのユリスにこの婚約者って…あまりにもお似合いな組み合わせで…初夜とか想像したら…ぷっ…」


「シーク殿下ったら、下品ですわよッ。」


 そう言いながらもイリスもクスクスと笑っています。彼らのあまりにも酷い言葉に私は恥ずかしくなって、気付くとその場から逃げ出していました。

  無我夢中で走って、屋敷から中庭へと出てしまったようです。もうこのまま家まで帰ってしまおうと門の方に歩くと、霞む視界に人の姿が映ります。


「お嬢様!?どうなされたのですかッ?」


 声で、それが私のメイドだと分かりました。


「…アンナ…」


「また何か言われたのですか?」


 コクンと頷くと彼女は強く抱き締めてくれました。彼女の温かさに、心が落ち着きを取り戻します。


 私は城内での出来事を彼女に話しました。


「やはり私もついて行くべきでした。申し訳ございません。」


「…仕方ないですわ。王城にお付きは入れない決まりなのだから。」


「いえ、そんな決まりなど守らずに、ついて行けば良かったです。」


「そんなことをしては、アンナが捕まってしまいますよ。」


「大丈夫ですよ。その前に、アイツらを叩きのめします。」


 何が大丈夫なのでしょう?と、思いつつも笑ってしまいます。アンナはいつもこうやって、周りを明るくしてくれるのです。だから、私は彼女に口が裂けても死にたいなどと言えません。


「そんなことを言ってはいけないわ。」


「良いんですよ。誰も聞いておりません。それに、お嬢様にはユリス殿下がおられます。」


「またその話し?」


 アンナはいつも言うのです。私にはユリス殿下という婚約者がおられるから、心配ないと。だけど私はもう18歳で、本来なら結婚して良い歳です。


 ユリス殿下は私より年下だと伺っていますが、この国ではもう成人している年齢でした。それなのに、結婚の話は進みません。つまり、彼もまた私との結婚を渋っているのでしょう。


 普通に考えれば、こんな醜い人間と誰が結婚したいと思うでしょうか。なのにアンナは何かあると、自信を持ってその言葉を口にするのです。必ず迎えに来るから心配ないと。


「でも、私…殿下のお顔も覚えていないのよ。」


「仕方ないですよ。お嬢様がまだ小さい頃に、一度しかお会いしていないのですから。」


「パーティーで、エスコートすらして頂けないのですよ。」


「そ、それは、お忙しくていらっしゃるから。」


「今日、シーク殿下にも言われたわ。根暗ユリス…と…」


「あい…シーク殿下がそのようなことを?」


「え、ええ。」


「あんなや…シーク殿下の言葉など聞く必要はございません。気になさらないことです。」


 何だか汚い言葉が聞こえた気がしましたが、他に誰もいないので私は聞かなかったことにしました。


 こんな話は終わりにしましょうとアンナは言って、私たちはそのまま馬車で帰路に着きました。



▷▷▷



 それから数日後、次期王位継承について重要な発表があると、国王からの通達があったようで、屋敷内で話題となっていました。このジルベニア国では、王位継承権を持つ者が全員成人すると、王位継承者を先に決めるという法があります。一度決まると、その者が死なない限り王位継承権の剥奪は出来ません。


 今度、第3王子が成人する日に、王位継承者を決めるのでしょう。


 世間では第1王子が有力だと、専らの噂になっています。シーク殿下は性格に難ありですが、公務はしっかりとこなし評判もそこまで悪くありません。そして顔も良く表舞台に立つには相応しいと、評価が高いようです。


 それに比べ、第2王子であるユリスは根暗と周りに言われる程、ほとんど表に出てくることがない方だと聞いています。理由は様々噂されていますが、一番聞くのはお顔が醜いのだと言う話でした。ジルベニアの家系は代々、見目の良い方が多いと言われる中で、見られた顔ではないから表に出てこないのだと。

 全くもってひどい噂です。私も一度しかお会いしたことがないので顔はうろ覚えですが、見目が悪いとは思わなかったですし、とてもお優しい方でした。

 ですが、世間が評価するのは見た目と公務をこなせるかです。それで考えると、ユリス殿下に王位継承される可能性は少ないでしょう。


 そして、今度成人する第3王子ですが、彼は病弱で気も弱いと聞いています。こちらも王位を継ぐタイプではないという噂でした。


 これらから考えても、第1王子が王位継承権を獲得するのが有力だと思われます。まぁ、結婚の話すら上がらない私には関係のない話ですが。

 それにもし万が一にも第2王子が王位継承するならば、私との婚約は確実に解消されるでしょう。こんな見目の女が王妃になっては、国交に問題が生じるでしょうから。


「シェリア。」


 そんなことを食事中に考えていたら、叔父が私を呼びました。


「はい、叔父様。」


 叔父様が私を呼ぶなんて珍しいなと思いながら、私は食事の手を止めて、一番遠くにいる叔父の顔を見ます。


「明日の第3王子の誕生日パーティーだが、お前にも招待状が届いている。必ず参加するように。」


「えっ?」


「何だ、不都合でもあるのか?」


「いやだ、お父様ったら、不都合なんて見たら分かるじゃない。」


 クスリと笑うのは、私の斜め向かいに座るイリス。その隣にいたイリスの母も嘲笑しています。


「そんな急に言われたら、準備が大変じゃない…って、貴女には見た目なんて関係なかったわね。」


「っ…」


「何か文句でもあるのかしら?」


「い、いえ。…た、ただ…」


「何だ?」


 鋭く睨む叔父に一瞬怯みますが、私は思いきって言葉を口にします。


「エスコートはどうするのですか?さすがに王子の誕生日パーティーに一人で向かうのは…」


「問題ない。手配済みだ。」


 叔父がそこまでして、私を王城主催のパーティーに参加させるのは珍しいと思いました。前回の婚約パーティーですら渋っていたのにと、私は不思議に思いましたが、聞いても答えてはもらえないだろうと聞くことはしませんでした。

 それに何だか叔父がとても不機嫌そうに、私には見えたのです。




▷▷▷




 そして、パーティー当日。昼からのパーティーに、私はいつもより早く起こされました。


「アンナ?どうしたの?」


「どうしたの?では、ございません。さぁ、準備しますよっ。」


 朝からアンナはとても張り切っています。

 いくら第3王子の誕生日パーティーとは言っても、いつもと何ら変わりない王室のパーティーです。普段ならこんな早く起きることはなく、いつもと同じ時間に起きてゆっくり準備しても、時間が余るくらいなのに。今日はいつもより数刻も早い時間に起こされました。


 不思議に思う私などそっちのけで、湯浴みの準備をしているアンナ。私は彼女に促されるがまま、湯浴みをして自室に戻れば、知らない顔のメイド達がズラリと並んで私を待っています。

 私が呆けているのを良いことに、彼女達は慣れた手つきで次々に準備をしていきます。アンナの指示で、私に鏡を見せないようにするなどの配慮も完璧でした。


「さぁ、出来ましたよ。」


「私、こんなドレス持っていたかしら?」


「これは、贈り物ですよ。」


「贈り物?誰から?」


「ユリス殿下です。」


 アンナの言葉に私は驚きます。私のことなど忘れているかと思っていたのに…


 せっかく頂いたドレスですが、これは私には似合わないだろうなと思いました。普段着ている紺や黒を基調にしたものより、明るい色合いのドレスはさりげなくフリルが付いていて可愛らしい物でした。好みで言えば好きな形だったので着てしまったのですが、どう考えても私の容姿には合いません。


 そう思いながらもせっかくだからと、私はその姿でパーティーに向かうことにしました。少し不安な気持ちもありましたが、今更笑われたって気にすることではありません。


 今日の私は少しだけ強気でした。だって、今日はエスコートしてもらえるのです。今まで一人寂しく入室していたので、それだけで私は何だか気持ちが前向きです。


「お嬢様。パートナーがお待ちですよ。」


「えっ?もう?」


「ええ。エントランスで待っていただいています。」


 アンナに言われて私は慌てて、エントランスへと向かいます。

 するとそこには、一人の少年が待っていました。

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