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計画通りの婚約破棄

ある日突然、婚約破棄を告げられたアーシア

しかもまさかの誕生日パーティーという祝いの日。


だが全ては計算通りだった。




1話の短編です。

サブタイトルごとに、全く違う話を記載しています。


更新しました。

2022.4.16

「アーシア…僕との婚約を解消して欲しい。」


 唐突に投げつけられた言葉に、私は言葉を失った。


 アーシア・トルバレインそれが私の名前だ。


 シャンデリアがキラキラと輝くホールでは、この日のために集まったオーケストラが演奏をする中、色とりどりのドレスで着飾った女性やそれをエスコートする男性が楽しげにダンスを踊っている。

 そんな中に落とされた砲弾は、その全てをぶち壊した。近くで談笑していた者たちは、驚いてこちらに視線を送る。その空気はあっという間にホール全体に届いてしまい、ダンスをしていた人でさえも足を止めた。


「……それは、どう言う意味でしょうか?」


 私は静かに言葉を返す。凛とした声が会場に響き、皆の注目をさらに集めた。

 その視線に耐えられなかったのか、婚約解消を突きつけてきた当の本人が戸惑いを見せた。空色の瞳が泳ぐ。あまりにもおどおどした様子は、せっかくの整った顔立ちを台無しにしている。


「えっと、その…だな…」

「ウォルム殿下、ご説明を頂けないでしょうか?」


 痺れをきらせて先を促せば、私の婚約者であるルベルニア国の第一王子―ウォルム・ルベルニア殿下は、弾かれたように私へと視線を戻した。

 視線がぶつかりじっと見据えれば、


「わ、悪いとは思っているんだ。」と、上擦った声で答える。


 "悪い?私の誕生日に婚約解消することかしら?

それとも、こんな場で公言したことかしら?"

 と、私は突っ込みたくなるのを我慢して、私はウォルム殿下を見つめたままこ首をかしげる。


「何をでしょうか?」


 すると彼はさらに動揺して、助けを求めて隣に寄り添う女性を見た。


「アーシア様のために、ちゃんと言って差し上げないと…ウォルム殿下。」

「…そ、そうだよね。…うん。」

 

 視線を受けた女性は優しく微笑むと、そんな言葉を口にした。

 彼女の名前はリーシャ・ルベイン。伯爵家の長女で、私より5つ年下。幼さの残った可愛らしい顔立ちをしているのだが、私の方を哀れんで見ている表情は腐った大根のように黒ずんで見えた。

 リーシャのそんな影になんて一つも気づいていないウォルム殿下は、意思のある瞳を私に向けてくる。


「き、君はガサツ過ぎるんだ。ぼ、僕には合わない。」


 "はあ?"


 アーシアは下品な言葉が出かかって、それを飲み込む。

 さすがに公爵令嬢としての自覚はあるし、それくらい押さえられる自制心は残っていた。


「このまま僕たちが結婚すれば、君は次期女王だ。き、君のようなガサツな人間には到底勤められない。君自身、辛い思いをすると思う。

だ、だから、君のためにも婚約を解消して欲しい。」


 "私、二度も言われる程、ガサツだったかしら?"


 首を捻って考えるが思い当たる節はない。周りの人たちの反応を見ても、私と同様に首をかしげていた。

 他から見ても、ガサツではないようで私は内心ホッとしてから、とびきりの笑顔を二人に向けた。


「承知致しました。」


「だ、だからっ…へ?」


「婚約を解消しましょう。」


 自分で言ったくせに、何を呆けているのか?ウォルム殿下は、虚を衝かれたような顔をしてこちらを見ている。


「で、でも…」


「婚約を解消したいのですよね?」


「う、うん。」


「だから、承諾します。」


「…。」


「正式な文書が必要になりますね。こちらで用意させていただきますので、サインをお願いします。」


「…分かった。」


 リーシャに小突かれて、何とか返事をする男はとても情けなく見える。こんなにあっさりと、婚約解消を承諾してもらえるなんて思ってもいなかったのだろう。


 だがどちらに非があるかなんて一目瞭然のこと。周りの者たちもそう感じているのだろうと、周りを見れば間違いないと確信できた。

 周りはヒソヒソと何か話をして、その全員がウォルム殿下を冷たい眼差しで見ていたからだ。


 それはそうだろう。と、思う。


 第一王子の婚約者として、私は恥じることを何一つとしてしていないのだから。


 それどころか、ウォルム殿下の両親-つまりは現国王と女王-は私のことを気にかけてくれていたのだ。それが王子の浮気で、しかも王子本人から婚約破棄された。


 後で、問題になるだろうなと思いながらも、知ったことではなかったので、私は二人を残して部屋を出た。




▶▷▷▷▶▶▷▷▷▶▷▷▷▶▶




「よっしゃー!!」


「アーシア様。」


 部屋を出て自室に戻ると、抑えきれない気持ちが溢れ出してしまい、令嬢らしからぬガッツポーズをして跳び跳ねた。

 そんな喜びに満ちていたところに、呆れたような声で、はしたないと(とが)めるのは、私の専属の騎士であるルイン。

 私より少し年上で、金糸の髪に紫色の瞳が印象的な人。


「気持ちは分かりますが…」


「良いじゃない。やっと念願が叶ったのよ。これ以上の喜びはないわっ!」


 今まさに、自分の誕生日パーティーで婚約者であるウォルム殿下に、婚約解消を公言されて来たところだ。


 もう一度言おう。

こんなに、喜ばしいことはない。



 私はこの日が来ることを願っていたのだ。



 私がウォルム殿下と婚約したのは5歳の時。親同士が勝手に決めた婚約のせいで妃教育に追われ、自分の時間などなく何が楽しいのかと思う日々を過ごしていた。

 友達を作りたくても、第一王子の婚約者である私を利用しようとするか、妬むような人ばかりで、まともな友達が期待できなかった。


 私はハンス・トルバレイン公爵を父に持つ、正真正銘の公爵令嬢。だから、殿下との婚約が決まったのも当然だし、妃教育も避けられないものだった。


だけど、人生は一度きりなのだ。


 そんな大切な人生をあんなダメ男に捧げたくはない。あの男、二人きりの時は、傲慢で自分の自慢話しかしないくせに、王子としての公務は何もできず、全て私に押し付けてくるのだ。

 そのくせ、社交場では色んな女性に話しかけて、自分はいかに王子として相応しいのかを語るのだから腹立たしい。

 そして、キャーキャー言われて、モテると勘違いしているのだ。


 そんな時、あのリーシャという伯爵令嬢が現れた。

 身分は違えどあの王子が熱を上げれば、あのバカのことだから、自分との婚約解消をするのではないかと考えた。そして、こんなチャンスは二度と訪れないと思い、リーシゃを焚き付けたのだ。

 そして見事に自分の思惑通り、話が進んだと言うわけだ。


「これで晴れて私も自由の身。はぁ…何て幸せなんでしょう。」


「お嬢様、幸せ絶好調のところ、水を差すようで申し訳ありませんが、今後はどうするおつもりなのですか?」


「どうって…謹慎だろうから、謹慎先の別荘でのんびり過ごすわよ。」


「のんびりって…」


「大丈夫よ。私、王子の婚約者として、間違ったことはしてないから。」


「いえ、婚約破棄させるために、ご自身の婚約者にご令嬢を焚き付けているのですから、間違ったことしていますよね。」


「あら?そうだったかしら?」


 何を言っても無駄だと判断したのだろう。ルインは諦めたように、それ以上は何も追及しなかった。


「ただ、私は悪いことをしてなくても、体裁があるからね。形だけ謹慎になると思うわ。もちろん、あなたもついて来てくれるわよね?」


「ええ、まぁ…貴女の騎士ですから。」


「なら良いわ。何も問題ない…計画通りよ。」


「何かおっしゃいましたか?」


「いいえ、こちらの話よ。」


 思わず綻んだ口許を私は手で隠して、微笑んで誤魔化した。




▶▷▷▷▶▶▷▷▷▶▷▷▷▶▶




 ルインはアーシア・トルバレインの専属騎士。彼女が生まれてから、ずっと彼女の騎士として勤めている。


 アーシアはいつも明るく、楽しげな姿が無邪気で、とても愛らしい女性だ。彼女の騎士となってから、退屈な日はなかったと言っても、過言ではないだろう。



 彼女の婚約が決まるまでは…。



 アーシアが5歳になられた時、ウォルム殿下との婚約が決まった。そして、彼女の妃教育が本格的に始まったのだ。それからだ。彼女の笑顔に、疲れが見られるようになったのは…。明るく振る舞ってはいたが、前のような生き生きとした姿はなかった。品位を下げないようにと、感情を殺しているようにも見えた。彼女にとって、苦痛な日々だったに違いない。


 そんな多忙で窮屈な日々を送るアーシアだったが、ウォルム殿下のために刺繍した品をプレゼントしたり、着飾ってみたりと彼への努力は惜しまなかった。


 それなのに、あの方は見向きもしなかったのだ。そればかりでなく、あろうことか彼は婚約者がいるにも関わらず、他の女性をエスコートしてパーティーに参加したというのだ。


 それを聞いた時のお嬢様は、とても悲しそうな微笑みを浮かべていた。


 ルインは彼女のあの顔を、今でも忘れられないでいる。あの男を元の顔が分からなくなるくらい、殴りたいと思った。あんなに人を憎いと思ったのは、初めてだろう。


 どうしてそんな気持ちになるのかと考えて、ルインは自分の気持ちに気づいてしまった。彼女を…アーシアを主ではなく、一人の女性として見ているのだと。しかし、身分違いの実らない恋は、彼女を困らせるだけだと、感情は心に閉じ込めてきた。


 その後もウォルム殿下の良くない噂はなくならず、やり場のない気持ちに、一層のことアーシアを連れ去ってしまおうかと、馬鹿なことを考えたこともあった。


 そんなある日、アーシアが昔のように楽しげなようすで、今回の計画を打ち明けてきたのだ。はじめは驚いたが、それで彼女の笑顔が戻るのならと、ルインも手伝ったのだ。


 そして念願叶って、今はアーシアと郊外にあるトルバレイン家の所有する別荘に来ていた。別荘のテラスで夕日を眺めながら、静かな時間を過ごしている。



「ねぇ、ルイン。」


「何でしょうか?お嬢様。」


「いつもありがとうね。」


「急に、どうしたのですか?熱でも…」


「ないわよっ。失礼ね。」


「申し訳ございません。驚いたもので…」


「いつも無茶に付き合わせてるなぁって、思ったから。」


「とんでもございません。とても楽しいですよ。」


「…。」


「どうかなさいましたか?」


 珍しく黙ってしまったアーシアの顔を覗き込むと、何だか頬を染めてそっぽを向かれてしまう。


「あ、あのね…」


「はい、何でしょうか?」


「えっと…その…わ、私といて楽しい?」


「はい、それはもう毎日。」


「…それなら…わ、私と…」


 ゴニョゴニョと、何かを呟くように言うので私の耳には届かなかった。


「申し訳ございません。アーシア様、風で声が聞こえません…」


「わ、私と結婚して!」



 ………



「わ、私、貴方が好きよ!ずっと好きだったの。だ、だから…」


 見上げて来るのは、年相応に見える可愛らしい少女。いつもは大人びて見えるのに、今は頬を染めて恥ずかしそうにしているせいか、とても幼く見えた。


「な、何か反応して欲しいんだけど。」


「…」


「…そ、そうよね。私なんて貴方にとったら、子どもにしか見えないわよねっ。生まれたときから、私専属の騎士で…。ご、ごめんなさい。浮かれすぎていたわ。

 …実は私ね、今回の婚約が向こうの都合で破談になったら、ルインと結婚したいと両親に伝えていたのよ。」


「え?」


「両親もねウォルム殿下の噂は知っていたの。だから、向こうが何かをしでかして、婚約が破談になったら、私の好きなようにして良いって約束してくれていたの。

 だから、今回の計画が成功して、私、浮かれていたわ。肝心な貴方の気持ちを、考えていなかった。」


 俯くアーシアの瞳から涙が零れた。それでルインは我に返る。


「ごめんなさい。今の話はなかったことに…」


「しません。」


「えっ?」


「なかったことにはしませんよ。」


 ルインは涙を流すアーシアを抱き締めた。


「る、ルイン?」


「アーシア様はずるいです。いつも勝手に決められて、一人進んで行ってしまう。」


 抱き締める腕に力を込める。彼女を決して離さないようにと。


「私がどれ程、貴女を想い、その気持ちを殺してきたか…ご存じないでしょう?」


 抱き締めた愛しい女性の顔を覗き込むと、彼女は頬を真っ赤に染め上げていた。それがとても可愛らしくて、ルインは思わず彼女の額に口づけする。


「る、ルインっ…」


 意地悪のつもりだったのに、反応があまりにも可愛くて、ルインまで頬が熱くなった。


「アーシア様。」


「は、はいっ。」


「一つだけ譲れないことがございます。」


「な、なんでしょうか?」


 身構えるアーシアに、ルインは苦笑してからその場に片膝をついた。そっと彼女の手を取る。見た目通り、細くて華奢な白い手は頼りなく、ルインが守らなければと強く感じた。


「アーシア様、私と結婚して頂けませんか?」


「えっ…」


 アーシアは戸惑い、少しの時間沈黙が辺りを支配した。夕日は沈み、星が輝き始めている。


「やはり、プロポーズの言葉は私からと思ったのですが…」


「え、えっと…その…」


 戸惑っている姿も可愛らしく、いつまでも見ていたかったが、返事がもらえないと言うのも辛い。


「お返事は頂けないのでしょうか?」


「…い、いいえ。お受けしますっ。」


  少し頬を染めて言うのも、また可愛らしいなと思う。


「アーシアと、呼んでも?」


「え?あっ、ええ、許可するわ。」


 慌てるアーシアの頬にルインは手を触れる。


「アーシア。」


 名前を呼べばアーシアの頬が熱くなる。本当に可愛いなと思い、ルインは微笑みを浮かべる。

 そして、キスをするために顔を近づければ、拒否はされない。ただ少しだけ落ち着かない様子でアーシアは目を閉じてくれた。

 そっとルインは彼女の唇にキスをした。

 柔らかい感触にいつまでも触れていたいと思うが、初めてなのにそれは良くないかと、ルインは後ろ髪引かれる思いで唇を離した。


「よ、よろしくお願いしますね。ルイン。」


 離れて少しだけぎこちない様子で、アーシアがそう言うのでルインはその初々しさに胸がざわつくのを押さえながら答えた。


「はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。アーシア。」


 そして結局感情を抑えきれなかった彼は、アーシアを抱き締めてキスを交わした。

 それは今まで抑えていた感情を、もう抑える必要がなくなったのだと言うように、いつまでも続いたのだった。

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