おしゃべりな、そうちゃん
1
あるところに、そうちゃんという男の子がいました。そうちゃんはどこにでもいるような、普通の男の子です。
そうちゃんと同じクラスに、わたる君という男の子がいました。わたる君は運動も勉強もできます。当然、みんなの人気者です。
そうちゃんはわたる君を見て、いつもいいなあと思っていました。自分もわたる君みたいに運動や勉強ができたら、みんなから注目してもらえるのに……。
そんなある日のことです、そうちゃんが外を歩いていると、わたる君を見かけました。声をかけようと思ったのですが、わたる君は歩くのが速くてなかなか追いつけません。そうこうしているうちに、わたる君はある家の中に入っていきました。
その家は、とても汚くて小さな家でした。そうちゃんはわたる君がこんな貧しそうな家に住んでいるのは意外でした。でも表札を見ると、その中に確かにわたる君の名前も書いてあります。
次の日の学校で、そうちゃんは仲のよい友達に言いました。
「わたる君の家って、すごくボロかったよ」
わたる君が貧乏だという噂は、瞬く間に学校で広まりました。
わたる君が運動も勉強もできるという見方は誰もしなくなりました。みんなが、わたる君のことを貧乏人を見る目で見ます。
そのようにしてわたる君は、みんなの人気者でなくなってしまいました。
2
そうちゃんのクラスの先生は、藤田先生という男の先生です。
藤田先生は、わたる君がみんなから貧乏だと言われているのを見て、心を痛めていました。誰がそんなことを言い出したのかを調べて、とうとうそうちゃんにたどり着きました。
「そうちゃん、なんでそんなことを言ったんだ」
強い口調で、藤田先生はそうちゃんに言いました。
「わたる君の家を見ました。すごくボロかったので、貧乏だと思いました」
「そんなことを言ったら、だめじゃないか」
「だって僕は見たんです。なんでだめなんですか。本当のことなのに」
「だめなものはだめなんだ」
先生はそうちゃんのことをしかりました。
そうちゃんはむかつきました。どうして自分が怒られないといけないのか、わかりませんでした。本当のことを言ってはいけないという先生を、とても悪い人だと思うようになりました。
ある日のことです。藤田先生が吉田先生と楽しそうに話していました。藤田先生は結婚しています。吉田先生は若い女性です。そうちゃんはさっそく、仲のよい友達に言いました。
「藤田先生って吉田先生と仲がいいよね。ひょっとして不倫してるんじゃないかなあ」
藤田先生が吉田先生と不倫しているという噂が、あっという間に広まりました。
その噂は、クラスのみんなのお母さんの間でも有名になりました。
藤田先生はきっぱりと否定しましたが、火のないところに煙は立たぬ、というわけで、藤田先生は別の学校に異動することになりました。
そうちゃんは得意げに、僕に逆らうからこういうことになるんだ、と思いました。
3
それから、そうちゃんはみんなの人気者になりました。
「そうちゃん、これってどういうことなの?」
「これはね、この人が悪いから、そのせいなんだよ」
みんなは、何かあるとそうちゃんに聞きました。
そうちゃんは得意げに答えます。そうちゃんの言葉にみんな感心します。
みんなは、そうちゃんが言うと安心するのです。直接に言いにくいことをそうちゃんが代わりに言ってくれると、みんなは楽なのです。
そのうちに、みんなは何も考えなくなりました。何かあるとそうちゃんに意見を言ってもらい、みんなそれに賛同します。そうちゃんが言うことが、そのままみんなの意見になるのです。
例えばこういう感じです。先生がみんなに何か質問すると、みんなはそうちゃんの方を見ます。そうちゃんはしょうがないという感じで自分の意見を言います。そうするとみんなはそうだそうだと言います。
また、そうちゃんはどう言えばみんなが喜ぶのか知っていました。
誰かの話をするときに、その人の悪口を言った方が、その人のことを誉めるのよりずっと喜ばれるのです。その人がいい人と思われていればいるほど、その人の悪口を言ったときにみんな喜ぶのです。わたる君が貧乏だと聞いたときの、みんなのうれしそうな顔が、そうちゃんには忘れられません。
さらにそうちゃんは、自分が気に入らない人のことも悪くいいました。そうちゃんに悪く言われた人たちは、みんなからも悪く思われて嫌われるようになりました。
そうして、そうちゃんに逆らう人はいなくなりました。今では、学校はそうちゃんの天下です。
そんなある日のことでした。突然たけし君が転校してきたのです。
4
たけし君は乱暴者でした。何か気に入らないことがあると、すぐに手が出ます。
性格はとても悪く、弱いものいじめが大好きでした。
みんなの不満が、どんどん高まりました。そうちゃんになんとかしてほしい、そんな期待が、みんなの間でふくらみます。そうちゃんは、そのことを十分感じていましたが、みんなの不満が限界に達するまで待ちました。
そしてある日、そうちゃんはみんなの前でたけし君に言いました。
「たけし君、きみは乱暴者でみんなが迷惑してるんだ。すぐに殴ったり、汚い言葉づかいをするのをやめたほうがいいよ」
みんなは知らないふりをしていましたが、心の中で喜びました。さすがそうちゃんだとみんなが思いました。
たけし君は、赤い顔になって怒っているようでしたが、みんなが何も言わないので黙っていました。
そうちゃんは、これでまた自分の地位が高くなったと喜びました。乱暴者のたけし君が転校してきたおかげで、またみんなの自分に対する評価を上げることができたと思ったのです。
5
その日の帰り道のことです。そうちゃんは「おい」と誰かに呼び止められました。
振り返ると、怖い顔をした、たけし君が立っていました。周りには誰もいません。
「今日はよくもえらそうなことを言ってくれたな」
そう言って、たけし君はそうちゃんを殴りました。
「痛い。君はなんてことをするんだ。こんなことをして、ただですむと思っているのか」
そうちゃんがそう言うと、たけし君はまたそうちゃんを殴ります。
そうちゃんは泣き出しました。実は学校にいたときからたけし君が怖くてしょうがなかったのです。
「あやまれ。すいませんでしたと言え」
たけし君が言いました。
「すいませんでした」
「なにがすいませんでした、なんだ?」
たけし君は殴りながら言いました。
「えらそうなことを言ってすいませんでした」
「今度から、俺にえらそうなことを言ったら、こんなもんじゃすまないからな」
「もう二度と、たけし君には逆らいません」
そうちゃんは泣きながら言いました。そして、逃げるようにして家に帰りました。
6
その日から、たけし君は前よりもずっと乱暴者になりました。
そうちゃんが何も言わなくなったので、たけし君を止められる人はいません。
何か気に入らないことがあると、たけし君はクラスのみんなを殴ります。
そんなときは、みんなは助けを求めるようにそうちゃんの方を見ますが、そうちゃんは、見てみないふりをしています。
「やめろ」
突然、大きな声がしました。
たけし君にそんなことを言うなんて、いったい誰なんだろうと、みんなは声のした方を見ました。
やめろと言ったのは、わたる君でした。
「なんだと」
たけし君は、自分に歯向かうやつが現れてうれしそうでした。
「もういっぺん言ってみろ」
「やめろって言ってんだろ。いいかげんにしろ」
そう言って、わたる君はたけし君を殴りました。
「お前、俺にこんなことをしていいと思ってるのか」
わたる君は無視して、たけし君を殴ります。
みんなは、心の中でわたる君を応援していました。彼はこのクラスの救世主になったのです。わたる君のおかげで、もとの平和なクラスに戻れる。わたる君を貧乏だと言ったことも忘れて、みんなはうれしくなりました。
「やめないか。わたる君」
また誰かの声がしました。そうちゃんでした。
「たけし君は転校してきて、まだこのクラスになれてないんだ。それを暴力で解決しようとするなんて、君はなんて乱暴なんだ。育ちがいやしいからって、そんな恥ずかしいことはするなよ」
みんながくすくす笑い出しました。わたる君が貧乏であることを思い出したのです。
それで、わたる君の元気はなくなりました。何もできなくなったのです。
「よくもやってくれたな」
たけし君が反撃に出ました。わたる君を殴り返します。わたる君はもう体が動かなくて、たけし君に殴られるままです。
それから、たけし君に逆らう人は完全にいなくなりました。
7
あるところに、そうちゃんという男の子がいました。そうちゃんのクラスでは、たけし君が権力を握っていて、みんなをいじめています。
そんな中で、そうちゃんだけはいじめられていません。そうちゃんはたけし君がよろこぶようなことばかり言うので、今のところいじめられるのは見逃してもらっているのです。