愛のない世界
1
「愛ってなんですか」
俺の前に立っている男がそう言った。男は別に、俺に何か皮肉を言いたかったわけじゃない。この世界には愛がなかったのだ。
2
一家に一台の宇宙船が持てる時代だった。あてもなく、俺は一人で宇宙をぶらぶらと散歩していた。そのとき突然、宇宙船が激しく揺れ始めた。どうやら磁気嵐に巻き込まれたようだった。
なんとか体勢を整えてから外を見ると、俺の宇宙船は元いた場所から遥か遠くに飛ばされていた。しかも宇宙船が激しく揺れたせいで、自分の位置を特定できる装置が故障していた。それを修理するためには、どこか地上に下りなくてはならなかった。方角も何もわからない状況で、修理ができそうな星を探すことは不可能に近かった。だから、そのどこか地球に似た青い星を見つけられたことは奇跡と言ってよかった。
しかも、その星には我々にそっくりな宇宙人が住んでいた。彼らの文明はさほど発達しておらず、その星の住人はまだ宇宙に進出していなかった。
地上に着陸した後、俺は自動翻訳機を持って宇宙船から出た。彼らとのコミュニケーションはスムーズだった。宇宙からやってきたという俺の荒唐無稽な話を彼らは信じてくれた。
また、彼らはとても親切だった。可能な限り協力すると言ってくれ、実際その通りだった。それから生活に困ることはなかった。俺はなぜか気に入られ、いつまでもいてくれてかまわない、いっそこの星の住人になってはどうかとまで言ってもらえた。おそらく何百年も前の地球のような生活をしている、この星で暮らすのも悪くはないと俺は思ったが、地球に残している家族の顔が浮かんだ。だから俺は、愛する妻や子供が待っているんだ、と言った。そうすると彼らが、
「愛ってなんですか」
と俺に聞いてきた。
3
どうやらこの星には、愛という概念がないようだった。
それがどういうことなのか、俺にはよくわからなかった。
例えば男女が恋人になるときに、この星ではどういう感情を相手に抱くのか俺は聞いた。
「そうですね……それは”信頼”や”尊敬”ではないでしょうか」
なるほど、それは間違ってないように思えた。ただ、何かが足りないような気がした。そこまで高尚なものじゃなくて、異性に対して感じる情熱のようなものだと俺は言った。
「ああ、それは性欲ではありませんか」
そう言われるとそうであるような気がした。俺の中でも、愛とはいったい何なのかがあやふやになってきていた。
「他に愛とはどのような時に使われるのですか?」
と彼らは聞いた。
そうだな、親の子供に対する感情に使われたり、何か物に対してそういう感情を抱く人間もいる、と俺は答えた。
「ますますわかりません。単純に、”好き”ということとは違うのですか」
そうだな、そうかもしれない。愛とは、すごく好き、といったぐらいの意味しかないのかもしれない。
4
しばらくして宇宙船の修理が終わり、俺は地球に帰ることができた。
地球に帰ると、俺が死んだと思っていた妻は子供を連れて他の男のところに行っていた。
「新しい父親に子供もなついているから、もう会わないでほしい」
彼女は俺にそう言った。
それから俺は、自分がいなかった間に地球で起こったニュースを確認した。
地球では相変わらずどこかで戦争をしていたし、殺人事件も毎日のように起こっていた。
ニュースの中で、誰かが愛を叫んでいた。我々には愛が足りない、もっと愛を、とその男は叫んでいた。
俺はベッドに横になると、愛のない世界のことを考えた。