お召し列車
明石市は兵庫県の中央部、海に面しており、以前は対岸の淡路島へ渡るフェリーもあった。
明石海峡大橋の存在で有名だが、実はこの大橋、明石市内には1ミリたりとも入っていないという事実は市内における最高機密であり、これを漏らした者はすぐさま逮捕され、市中引き回しの刑を受けると子供らは信じている。
昭和の始めごろ、明石駅の西側には踏切があり、かつて明石城の大手門に通じていたことから、大手踏切と呼ばれていたが、作造の母はそこで踏切番を職業としていた。
現代では想像もつかないが、列車が近づく踏切で車や歩行者を通せんぼするあの遮断機。あれを手で動かす仕事だ。
ちょうど地面から腰ほどの高さに丸いハンドルがあり、それをくるくる回すと遮断機が上下する。
列車の接近は、けたたましい音のブザーが事前に教えてくれる。
ブザーが鳴ると遮断機を下ろし、列車が通り過ぎると遮断機を上げる。
これを日に何度も繰り返すのだ。そんな生活だから、子供時代の作造のあだ名は、自然に遮断機となった。
「おい遮断機、そこで立ち止まれ。特急ツバメが通るぞ」
とガキ大将が言う。
殴られたくはないので、小学校の廊下であろうが運動場であろうが、作造は従うしかない。
すると意地悪げに笑い、特急ツバメことガキ大将は、作造の前をわざとゆっくり通り過ぎるのだ。
そんなふうにして、作造の日々は過ぎていったのである。
父親はおらず、母親と2人きり。平和だった。
母はよく働き、時々は小さなサイフで少し無理をして、作造の好物を食べさせてくれた。
そんな作造の生活に変化が訪れたのは、ある夏の日のことだった。
夏休みに入ったばかりなので、作造は毎日家にいた。
「あんたは遊びに行っておいで」
と母は言うが、首を横に振り、こんなときばかりは、と作造もできるだけ母の手伝いをしたのである。
その生活の変化とは、隣家に越してきた女だった。
長く空き家になっていた。そもそも大して立派とはいえない小さな借家で、ここ数ヶ月は空き家の札が下がっていたが、それがこのごろ突然外れた。
そして、その女が引っ越してきたのである。
女の名は吉田幸子といい、年は30代のなかば。特に目立つことのない中肉中背だが、一つだけ額の中央にあるほくろが目につく。
まるでお地蔵様みたいなほくろだ、
と作造は思ったものだ。
ほくろ以外に、幸子は仏様に似たところはなく、両足を広げて立ち、両手を腰に当てて話す癖があり、しかも大きな声でひどくおしゃべりだった。
そのあたり、寡黙でいつも黙々と手を動かしている作造の母とは対照的である。
世の中にはこんな女も存在するのか。
口から先に生まれてきたような女というのを、作造は人生で始めて目撃したのである。
しかし幸子は、とにかく陽気な女だった。一人暮らしで仕事は何をしているのか、いつも家にいた。
時々夕暮れになると、人目を忍ぶようにして中年の男が隣家を訪れることがあり、
「幸子さんは、お妾さんかねえ…」
と作造の母はつぶやいたりした。
お妾さんという言葉の意味など、もちろん小学生の作造にはまだ理解できなかったが、なんとなく恐ろしいような気がして、母に質問しそびれた。
それでも、作造の母と幸子は親しくなったのである。
家は隣り合い、間に路地すらなく、事実上は距離ゼロである。親しくならないほうがおかしい。
2週間もたたないうちに、幸子は挨拶なく作造の家へ入ってくるのが当たり前になった。
「ああ作造ちゃん」
とアメ玉をくれることもあった。
砂糖がまだ貴重品で、あの甘みの少ない時代、アメ玉が舌の上を転がる感触は、もちろん作造を喜ばせたが、子供らしい感性で幸子のわざとらしさを感じ取り、
何かおかしい、
と思い始めていたのである。
「あの人は、なぜおいらの家に入り浸りたがるんだろう」
作造は眉をひそめた。
「おいらの家には、金目の物なんてありはしないのに」
踏切番とはいえ、無休ではない。
週に一度、鉄道省から代理人が派遣されてきて、24時間の間仕事を引き継ぐ。
作造の家では、水曜がその休日だった。
とはいえ働き者の作造の母は、水曜だからと休むことはなかった。
明石駅から北東へ、きつい坂を登った先に上の丸という地名があり、ちょうど東経135度の子午線あたりとなる。
江戸時代からの家というのではないが、それでもなかなかの屋敷街なのだ。
その中でも目立つのがホーマーというイギリス人の家で、
『ホーマーさんのお屋敷』
と言うだけで、近在では通じたほどである。
作造の母は、その家で手伝いをしていた。
大きな屋敷だが、ホーマーは老人の一人暮らしで、去年妻に死なれてからは、あれこれ不自由していたようである。
大きな屋敷には使用人もいるが、その人は水曜が休みなのである。
それではホーマーは食事にも困り、週に一度だけ作造の母を雇っていた。
ホーマーの屋敷は古く、建築後すでに30年になるが、資材のほとんどは輸入品だそうだ。
引退前のホーマーは貿易商で、長く日本に住んできて、この国を好み、ここに骨をうずめるつもりなのである。
30年前に屋敷を建てたときはともかく、ホーマーが現在でも金持ちであるのかどうかは、噂の域を出ないが、あれだけのサイズの家を維持できることだけでも、財布の大きさは充分に想像することができた。
9月に入ったある日、ニュースが町を駆け抜けた。近々、お召し列車が明石を通るというのだ。
お召し列車とは天皇陛下が乗車される列車のことで、なんでも陛下は、陸軍の大演習を見てのお帰りらしい。市としても大変名誉なことである。
噂が真実であることは、すぐに校長の手で証明された。朝礼の場で訓示したのである。
初夏の日差しの下、タワシのような白いひげを震わせたかと思うと、やおら校長は背筋をピンと伸ばすのだ。
「かしこくも…」
児童は児童で、反応は早い。さっそく全員が気をつけの姿勢をとる。
打てば響くというやつで、『かしこくも』と聞いてボヤッとしていては拳骨が飛んでくる。『かしこくも』とは、天皇陛下へと続く枕詞なのだ。
「かしこくも天皇陛下にあらせられましては、今週の金曜に、わが明石をお召し列車で通過されると決まりました」
お召し列車が到着ではなく、ただの通過である。それでも大事件なのだ。
騒ぎは小学校だけではない。市役所も議会も同様であった。さっそく正式な歓迎委員会が組織された。
その大騒ぎをよそに、作造は作造で思うことがあった。
『天皇陛下のお顔をぜひ一度拝見したい』
という欲望が、9歳児の胸にもくもくと湧き上がったのだ。
作造はもちろん、陛下のお姿などまだ一度も拝見したことがなかった。
お写真は校長が持っていたが、校内の奉安殿に安置し、子供が見ることは許されなかった。であれば、作造の望みも当然であろう。
お召し列車の正確な通過時刻がわかったのは、校長が発表したからである。
そのちょうど1時間前に全校児童が校庭に集合し、線路端へ向けて歩いてゆくのだ(授業は中止になる)。
線路際に到着するのは、通過の30分前。全員がその場で待つ。
線路際の家であってもお召し列車を上から見下ろすことは許されず、2階のある家には警察官が現れ、2階より上の窓はすべて雨戸を閉めるよう命じるのだ。
お召し列車がいざやって来ると、線路際の全員が最敬礼。顔を上げるなど許されない。
当日は学校を休み、踏切で母の手伝いをするということで、作造は教師たちをだました。
通過の15分前には、まず露払い列車がやってくる。
ただ機関車1両だけの列車だが、これが通過して以後、お召し列車が通り過ぎるまで、信号もポイントもすべての操作が禁じられる。
もちろん踏切も、遮断機が閉じたままになるのだ。
母の手伝いをしつつ、作造は踏切の掃除をし、窓ガラスを磨いた。線路から見える範囲はドブの中のゴミまで拾った。
ブザーの音と共に、ヒュッと鋭く響く汽笛を作造と母が聞き逃すはずがなかったが、やがて露払い列車は何事もなく通り過ぎた。
遮断機はきちんと下ろしてある。
機関車の運転台には機関手だけでなく、警備の警察官までが乗り込み、周囲に目を光らせているのだ。
後はお召し列車を待つだけである。一張羅を身につけ、作造も母も最敬礼の準備をした。
「お母ちゃん、おしっこ」
母は顔色を変えた。
しかし出物腫れ物ナントヤラ。母も許可を出すしかない。
作造は脱兎のごとくその場を離れた。
踏切係の官舎には小さな庭があり、不釣合いに大きなクヌギの木が植えられていた。
子供なら平気で登れるほど大きく、夏に樹皮に傷をつけておけば、翌朝にはあふれる樹液を求めてカブトムシやクワガタが集まる。虫取りにはありがたい木だった。
母の元を離れ、作造はさっそく樹上の人になった。
葉の間からこっそり見回すと、線路際もそこらの路地も、人々でいっぱいだ。
手に手に日の丸を持ち、時々警察官がいて、警戒の目を光らせている。作造は絶対に見つかるわけにはいかない。
樹上は見晴らしがよい。
遠く駅の方向に煙が上がることに最初に気づいたのは作造だ。何秒か遅れて汽笛が響く。
作造の体はギュッとこわばり、手のひらと裸足の足の裏に汗までかくほどだ。ついにお召し列車がやってくる。
しかしながらである。
顔が写るほどぴかぴかに磨きこまれた深紅色の車体も、金色や白線で飾られた蒸気機関車の姿も、結局作造は見ることができなかった。陛下のお顔はもちろんである。
樹上でそわそわと落ち着かない作造の視野のすみに、ある物が見えたのだ。
高い位置だから、窓を通して作造は、自分の家の中をよく見通し、見下ろすことができた。
踏切小屋に付属しているだけの小さな小さな家である。
部屋は二つきり。そのうちの一つは半分が土間になり、すみにはオモチャのようにチャチな流しと、かまどが見える。
家具もごく少ない。母の嫁入り道具だったタンスと、これまたオモチャのような鏡台がひとつである。
貴重品と呼べるものの少ない家の中ではあるが、鏡台の右の引き出しには少し意味がある。
このときも樹上から、作造が目に留めたのもそれだった。
いつの間にか忍び込んだのか、幸子がいて、すでに鏡台の引き出しを開け、何かを取り出すのが見えたのである。
小さいものなので、何かはわからない。
「…小さいけれど、きらりと光るものだ…」
その銀色から、それがホーマーの屋敷のキーだと作造は見当をつけた。
老人のくせに寝坊で、水曜の朝、作造の母が屋敷へ来ても、ホーマーはまだベッドの中にいる。
母が自分で玄関を開けて入ることができるように、キーを預かっているのだ。
「幸子おばさん、ホーマーさんのキーをどうするんだろう?」
作造は目をこらした。
お召し列車のことなど、すっかり忘れてしまっている。
幸子の行動は、作造を少し驚かせた。
幸子は、手の中に小さな粘土の塊を2つ持っており、その表面にキーを押し付けたのだ。
それも、キーの左右両面をしっかりとやったのである。
「バンザーイ、バンザーイ」
不意に、万歳を三唱する声が大きく聞こえることに作造は気がついた。
あわてて振り向いたが、お召し列車などとっくに通り過ぎ、煙しか残っていない。
お召し列車が通り過ぎる間は、線路端の全員が最敬礼をし、通り過ぎたところで、期せずして三唱の声が起こったのである。
陛下のお顔どころか、お召し列車の姿さえ作造は見ることができなかった。
しかし後悔はなかったのである。
なんとなくだが、尋常でないものを目撃したのだと、作造も子供ながら感じていたのだ。
お召し列車の日の幸子の奇妙な行動について、作造は母には話さなかった。
母と幸子はすでにかなり親しく、作造は母に動揺を与えたくなかったのである。
しかし幸子の行動は奇妙すぎた。
幸子があそこで何をしたのかはわかっても、その行動の意味まではわからなかったが、
悪いことらしい、
とは作造もなんとなく気がついていたのである。
「悪いことじゃないのなら、みんなの目がお召し列車へ向けられている隙を狙う必要はないもん…」
作造はこのことを本当に誰にも話さなかったが、それは思った以上に難しいことだった。
何しろ幸子とは、毎日のように顔を合わせなくてはならないのである。
幸子と目を合わせるどころか、幸子から視線を向けられることさえ、作造は苦しかった。
その思いは日ごとに強くなり、ついに作造は、誰かに話さなければ、もはや一日も生きてはいられないような気がした。
「…だけど、誰に話せばいいんだろう…」
その日、小学校が終わっても、作造はすぐには家に帰らず、駅へ寄り道をした。
駅前には交番がある。そこへ相談しようと思ったのである。
9月だがまだ暑い日で、交番の入口の戸は開け放たれていた。
机の向こうに巡査はいたが、あいにく先客がいた。
先客は中年の男で、子供の作造に大人の年はよくわからないが、髪の薄さから見て、中年と初老の中間というところか。
しかし体格は、がっしり、しっかりしている。
この先客は椅子に座っていたが、対面している巡査がどこか緊張しているらしいこと、先客の目の前に茶が出されていることに作造は気がついた。
交番がただの市民に茶を出すなど、聞いたことがない。
巡査が作造の姿を目に留めたが、巡査が何か言う前に、先客の男が振り返り、口を開いた。
「おや坊主、何か用かい?」
恐ろしい声ではなかった。
それどころか、作造の真剣な表情を面白がっている感じさえする。
始めはおずおずとだったが、やがて男の親切な顔つきにほだされ、作造は話し始めた。
子供の言うことと馬鹿にしているのか、巡査のほうは身を入れて聞いていない。しかし男は違った。
作造が語り終えると、男は腕を組み、天井を仰いだのである。
ここでついに、巡査が口を開いた。
「まさか大田警部、子供の言うことを本気になさるんじゃないでしょうね?」
「君はこの子供を知っているのかい?」
「いいえ…。でもたかが小学生ですよ」
「君の知らない子だということは、悪戯者や嘘つきとして近在で有名ではないということだ…。そうだ、須田巡査。君はホーマーとやらの屋敷を知っているか?」
「有名な大邸宅です。このあたりの者なら誰でも知っていますよ」
「しかし君も、水曜日に誰がホーマー氏の食事の世話をしに来るか、までは知らないのだろう?」
「それは、そうですが」
大田と巡査の会話に、作造はじっと耳を傾けている。
その真面目な表情に、大田は顔を和ませた。
「坊主の名は…、ああ作造といったね…。作造君、幸子おばさんがキーを粘土に押し付けたのは、いつのことだった?」
「この前、お召し列車が走った日だよ」
「ああ、そうか…。須田巡査、それはいつだい?」
「今からちょうど1週間前のことです」
「うーん」
大田は、髪の少なくなった頭をなでた。
実はこの大田、大阪府警の刑事なのである。
ある事件があり、その捜査の過程で明石を訪れていた。明石警察の協力を求めるためだが、それはすぐに済んだ。
大阪へ帰るために駅へ来たが、汽車はたった今出たばかり。
仕方なく、駅前の交番に腰を下ろし、時間をつぶしていたのである。
「どうなさるんです? 大田警部」
と須田巡査は面倒くさそうな顔をしている。
「いや、君に迷惑はかけんよ」
「なにも迷惑だなんて…」
「いいさ、いいさ…」
大田は立ち上がった。
「…じゃあ作造君。ホーマーの屋敷へ道案内してくれるかい? 一目様子を見たほうがよさそうだ」
坂はきついが、遠い道ではなかった。作造と大田は15分かからずに着くことができた。そのかわり、大田は汗まみれになっている。
「いやいや、9月だというのに、今日はなんて暑いんだ」
ところが屋敷の前まで来ると、奇妙なことになっていた。門の前に人だかりがしているのである。
近所の住人たちであろう。この時代だから多くが和服姿で、7、8人集まり、門の中をのぞき込んでいる。
ただし緊迫感は薄く、どこか面白がっている感じがある。
「どうやら、屋敷の中で人殺しがあったみたいですよ」
というささやきが、どこからか耳に届くが、鶴のように首を長く伸ばす人々の動きは変わらない。
野次馬で好奇心旺盛なのは、何も明石の人々に限ったことではない。
「作造君」
立ち止まり、大田が振り返った。
「なに?」
「お前さんはここで待っていろ。そうだな…」
大田はキョロキョロし、手近な石段を指さした。
「…お前さんはそこに座っていてくれ。わしが戻ってくるまで、チーンと待っているのだよ。いいね? わかったね?」
「うん」
その返事にうなずき、大田は門へと駆け出した。
「あんた、誰だい?」
と、せっかく門の前でいい場所をとっていたのに、押しのけられた男が、不満そうに口を尖らせた。
「わしは警察官さ。誰か明石署へ知らせたかい?」
「へえ、今若い者を走らせました。おっつけ、巡査が来るでしょう」
「…それが須田巡査だったら、お笑いだな…」
「えっ? 何ですって、旦那?」
「ううん、なんでもないよ…。殺しだって?」
「へえ、なんでもホーマーさんが死んでいるらしいんで…」
制服の巡査たちが屋敷の前に到着したのは、その時のことである。
所轄の警察官たちが到着するまでは、さすがの大田も現場に足を踏み入れるのはためらわれた。だから待ったのである。
ところが、いざ屋敷の中へ入ると、野次馬たちの話とはだいぶ食い違うのである。
第一に、ホーマーは死んでなどいない。
猿ぐつわをされ、縛られて床の上に転がされていた。ケガ一つしていないのである。
その縄も猿ぐつわも、すでにほどかれ、ホーマーはしびれる手足をさすっている。
昨夜遅くのことである。ベッドの中で、ホーマーはぐっすり眠っていた。
使用人は通いだから、屋敷の中は彼一人きりである。
そして突然、ベッドがガタリと揺れる気配で目を覚ましたときには遅かった。
あっという間に目隠しと猿ぐつわをされ、手足も縛られてしまったのである。
それでもベッドの上から床に降ろしてくれたのは、暴れて落ちてケガでもしないようにという賊の心配りだったか。
あるいは単にベッドの下へ押し込み、翌朝の発覚を少しでも遅らせる計算だったかもしれない。
そうしておいて、賊は悠々と仕事に取り掛かった。
現金は銀行に預けてあるが、長い間の裕福な生活で買い集めた宝石や貴金属がある。
それらは、隣室の金庫に納められていた。
身動きどころか、目を開くことさえできない状態のままで、賊が金庫を押し開ける物音を、ホーマーは情けなく聞いていなくてはならなかったのである。
玄関のドアを開けて音もなく侵入するには、幸子が粘土に写し取って作ったキーが使われたのに違いない。
ホーマー以外には誰もいない大きな屋敷の中である。
金庫を破壊する音を近所の住人に聞かれる心配はなかった。
金庫の中身をごっそり手に入れ、夜明け前に賊は、悠々と退散したのである。
朝になって使用人が屋敷へやってきたが、何も不審には思わず、起床が遅いホーマーのことでもあり、用意できた昼食を寝室へ運び込もうとして、やっと変事に気がつく始末だった。
警察は、現場や屋敷一帯をくまなく調べたが、特に何の手がかりも見つけることができなかった。
「あれ、おじさん。どうして幸子おばさんの写真を持ってるんだい?」
と作造が声を上げたのは、その日の夕方である。
母親に事情を説明するため、大田は作造の家を訪ねていた。
額の汗をぬぐおうと取り出したハンカチがあり、そのとき畳の上にハラリと落ちたのである。
写真を拾い上げ、作造は目を丸くしている。母親にも見せ、母親も同じような顔をする。
写真には、30台半ばの女が写っている。中肉中背で特徴はないが、額の中央にはよく目立つ黒いほくろがある。
「作造、お前はその女を知っているのかい?」
と大田の声は少し震えている。
「これが幸子おばさんじゃないか。ねえ、お母ちゃん」
「お母さんも、間違いありませんか?」
はい、
と作造の母もうなずくのである。
表情を変え、我ながらあきれたふうに大田は頭をかいた。
「なんでえ、幸子ってのは、『物ぐさのお美代』のことかあ」
『物ぐさ』とはいうが、お美代本人にそういったところはまったくなく、むしろ手間を惜しまず、身を粉にしてよく働く女だった。
だからこそ盗賊仲間では重宝がられ、こういう役を与えられたものである。
物ぐさでない者を、あえて物ぐさと呼ぶ。
そこにおかしみを感じたのかもしれない。
あるいは、真面目にこつこつ働くのではなく、手っ取り早く悪事で金を手に入れる。それを物ぐさと表現したのかもしれない。
余談だが、図らずもついたあだ名を、お美代自身もたいそう気に入っていたそうである。
「おじさん、お美代って誰?」
ここで大田は説明してやった。
大田は少し前からこのお美代を追跡しており、そもそも明石へ来た事だって、明石あたりでお美代らしい女を目撃したという情報を追ってのことだったのだ。
明石警察を訪問し、大田は写真を見せ、協力を依頼した。
その帰り道、思わぬきっかけで作造と出会ったのである。
だがもちろん、作造の家の隣家はすでにもぬけの殻であった。
捜索令状を待ちきれず、雨戸を外して大田は家の中に入ったが、室内はぬぐい取ったかのように何もなかったのである。
その後もお美代は見つからず、事件は一応の幕引きかと思えた。
しかしこれほど大掛かりな事件が、そうそう完全犯罪で終わるわけがない。ほころびは意外なところから現れた。
ホーマーが金庫の中へ入れておいた中に、とんでもない偽物が混じっていたのである。
そもそもホーマーというイギリス人は、本国でも金持ち一族の出身ではなく、一旗あげようと若い時分に国を離れ、日本へとやってきた。
小麦の貿易商として働き、勤勉な性格もあって、頭角を現し、大金持ちになった。
しかし商才はあっても、審美眼は不足していたようである。
一時期とはいえ、まがい物を売りつける連中のカモにされていた。
そんな中、安からぬ金額で売りつけられた中に、ルビーの首飾りがあったのである。
それが夫人の胸を何回飾ることになったのか、とにかくホーマー本人は、本当に本物と信じていた。
ホーマーの屋敷を襲った賊が何人いたのかはわからない。
押し殺した話し声と、入り乱れた足音以外、ホーマーは耳にしていないのである。
どうやら賊たちは、換金前の獲物を、
「お前はこれ。お前はそれ」
と仲間内で分配したようである。数点の大きな装飾品と、10点近くの小さな指輪などだ。
例の偽ルビー首飾りは、どうやらお美代の取り分となったらしい。
盗賊としてまだ経験が浅く、宝石の真贋を見極める能力の低いお美代に、悪仲間たちがわざと押し付けたのかもしれないが、何も知らないお美代は、それを闇で換金しようとした。
しかし偽物は偽物である。
故買屋(それはそれで力のある大きな組織である)の逆鱗に触れ、お美代は殺害されてしまった。
お美代の死体が打ちあがったのは、遠く東京湾だったそうである。




