別れ
別れ
蛍は持っていた木の実を食べる事を決めた。だが、その前に、あることを思いつた。それは帰る為の足掻きではなく、諦めたからこそ思い出を忘れないための手段だった。
過去を振り返らないと決めた蛍だったが、今まで生きてきた世界を忘れることはきっとできないだろうし、忘れる気もない。
忘れようとすれば、した分だけ辛くなるはずだ。だったら、いっそこの世界で暮らしていく上で、今この時の感情を忘れないため、支えとするつもりだった。
木の実を一旦ポケットにしまい、代わりに取り出したのが携帯電話。それを見たマザーは見たこともない物に興味を抱く。それは蛍が知る限り初めての問いかけ、隠すつもりもなければこの世界にもあるもので、答える。
「ああ、この世界にも似たようなものがあるだろ。電話だよ電話」
やっぱり違う世界だな、と蛍は自然に思いながら、携帯電話を操作しある機能を起動させる。
そこに、
「お、なんだそれ」
「なになになになに?」
男ならではの好奇心でサンが、すでに顔を真っ赤にさせ酔っているホムラが近づいてきた。
「うるせぇな、近づいてくんな」
一応蛍の優しさ、まだメイクスの姿でいる限り触られるだけで相手側が怪我をする。だが、それは誰もが知っている。
だから、今は触らなければいいだけのこと。
「あー、ずるい! わたしも見るぅ!」
泣き疲れて寝ていると聞いていたはずのムイが飛び出せば、
「ひ姫様、アレに近づいてはなりません!」
ローヤルがムイの警護として着いてくる。
「アレなんていっちゃだめですよ」
そして、いつの間にかムイと仲良くなったメイまで追いかけてくる。
「やっと見つけた、蛍は俺の教育係になるんだろ、さっそく俺の傍に居ろ」
最後にはグレイまで訳のわからないことを言って、蛍に歩み寄る。
「なになに、それってメイクスの世界の!?」
「あ、もう邪魔しちゃダメですよ」
「じゃまだとぉ、メイの癖にアタシに文句をつける気かぁああ!」
「いや、どんだけ飲んでんだよ! しかも絡み酒って」
「お前ら邪魔なんだよ、消えてろ」
「酔ってませーん! おーっい、ホタルが珍しいもん見ているずぅぉおおおっ! きゃははははははは」
ホムラが酔った勢いで蛍の居場所を大声で叫び、探していたと言わんばかりに同僚たちが池に集まってくる。そうなると、一緒に飲んでいたであろうローヤルの部下までもがぞろぞろと集まり始め、騒ぎに威厳を護ろうと静かに飲み続ける兵たちまでもが集まってきた。
だが、マザーが来たことは納得できるが、サンとホムラが来た辺りからは疑問が浮かぶ。そして、そこから導き出される答えは、
「ってかさ、お前ら人の事監視してんなよ」
パンダ現象再びということだった。
蛍が呆れそんな文句を言ったところで、集まり過ぎた見物客は聞いてはいない。次から次へと携帯電話への質問が飛び込んできて、うるさいことこの上ない。
携帯電話の説明もせずに蛍は立ち上がる。
「おっ、やるか?」
ホムラは無視して、
「説明するよりも見た方が速いんだよ。準備するから、ホムラ抑えとけよ」
「ほい、まかせろ!」
サンが、騒ぎ暴れるホムラを取り押さえたことを確認してから、
「全員そこに並べっ、あ、人数的に四段ぐらいにな! 後、前の奴はしゃがんで後ろの奴は顔出せよ!」
池から離れた蛍は呼びかける。
ところが、
「なぜ貴様の言うことを聞かねばならない」
ムイはメイの隣で蛍の指示を聞いてくれたが、一番面倒なのが言うことを聞いてくれなかった。そうなると、その部下達も動こうとはせず、それは酔っていても変わらない。
折角だから全員でと思っていた蛍はどうしようかと頭を掻くと、
「ちっこいの、その隊長さんを動かしな」
意外にもマザーが助け舟を出してくれた。どういう心境かと怪しんだ蛍だったが、バカ騒ぎする同僚たちの姿を見て考えるのを止めた。仮に金銭の請求が後から来ようと、知った事じゃないと開き直る。
「ちっこくないもん! ローヤルっの所為で注意されたでしょ、皆も並ぶっ!」
「はっ、直ちに! 並べっ、姫様の命令だ!」
「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」
準備が完了すると、蛍は自分の姿を考慮し集まった人間の中央に一人半の隙間を開けさせる。次いで、池を正面に捉える岩に携帯電話を置き、微調整をする。
「って人数多いな……、うーん、あ、そうか横向きにすればいいのか」
独り言を呟きながら大人数の被写体をようやく捉えた。
「行くぞっ!」
タイマーは十秒、それ以上は酔っぱらいが持ちそうにない。
準備が完了し、いざ走り出そうとしたところで、
「おやおやおやおや、早めに帰ってきたら大変な騒ぎですね」
「あっああああああああっ! ホタルッその姿、マザー、ホタルの値段上げるわよ!」
「ガルッ」
二人の客と、一匹の客がタイミング悪く現れた。
「ダフルさんは、あっちに、ノーシっ、あそこに行け、金になるぞ」
しかし、焦る必要はない。蛍は経験から少ない説明で二人と一匹を動かす。素直に言うことを聞いてくれるダフルさんは自然と、ノーシは金と聞けばビューイに跨り走る。
折角だからと蛍は二人と一匹を皆の所に急がせ、自分も走る。
「携帯見ろ!」
走りながら指を指し次の指示を出す。
「笑いたい奴は笑え!」
そして、自分のスペースに着いた蛍は最後にそう言った。
――カシャッ!
携帯電話のカメラ機能が作動した。
中央に現実姿の蛍が、その右隣に騒ぐ上を覗くマザーが、マザーの後ろ上段でホムラが、そのホムラにヘッドロックを掛けられたサンが、蛍の左側に笑顔のメイとムイが、その後ろ上段で固い表情で固まるローヤルと威厳を保つ部下達が、ホタルを見ていて携帯に視線を向けなかったグレイが、飲んで肩を組む従業員とローヤルの部下達が、ノーシとビューイに驚いて倒れ込む従業員が、それを見て微笑むダフルさんが、それぞれが集まって携帯電話の記録に残る。
「何か音が鳴ったよっ!?」
「見に行こうか?」
「うんっ」
メイとムイが二人が走り出せば皆が後を追う。
携帯電話に群がり、その写真を見たムイが感激の声を出し、メイが素敵な物を見た喜びで蛍にお礼を言う為振り返った。
だが、その時にはすでに、
「ホタルさん……?」
マザーの隣で小さな無数の光が浮かびながら消えていく。
そこにはもう蛍はいない。
「あれ? おーいっ、ホタルぅうううっ!」
次々にそれは伝わりサンが蛍を呼んだ。
「マザー、あいつは?」
酔いが醒めたホムラが尋ねてもマザーも何が起きたかまでは知らない。
「さぁね」
そう言ったマザーが天を見上げれば、釣られて全ての者が光りを追って空を眺めていた。
その光が散りばめられているように、空は星で輝いていた。
そして――、
蛍が目を覚ます。
見たもの全てが正常、だからこそ蛍は混乱していた。
「……戻って来た?」
机、TV、ベッド、見る物全てが部屋の一部。
「……夢で終わらせる気かよ」
戻って来たのに心に押し寄せるのは喪失感。だが、慌てて蛍がポケットから取り出したそれを見て安心した。
それは夢なんて一言で嘘に代えられるものではなかった。
木の実が無数の光りとなって消えていく。
それは、あの世界にいた証。
証拠を残す鐘が鳴る。
「十二時……」
時計が知らせてくれる時間と日付、
「あぶねぇええええええええええええええええええっっっ!」
それはぎりぎり間に合った夏休み終了の合図。
安堵の息を吐く。
そして――、ドタッドタッドタッドタッドタッドタッドタッ!!!
「な、なんだっ!?」
突然、階段を猛烈な勢いで駆け上ってくる音に退き、ベッドに足を取られると蛍は倒れ込んだ。
勢いよく開けられた扉の先に、知った顔がある。
「帰ってきた……」
蛍の声を聴き、涙を溜めながら階段を走って登ってきた太陽がいる。次に太陽を蹴飛ばすと扉の向こうに月が、月が部屋に入って脇によると、
「母さん」
蛍の母親が安堵した様子で複雑な表情を作る。
「てめっ、しんぱ――んぶっ」
太陽の父親の口を塞いだ太陽の母親、第一声を邪魔しない完璧なフォロー。
「おかえりなさい」
「あ、ああ、ただいま」
その日、蛍は目標の一か月の時を経て我が家に辿り着く。
――繋がりを求める様に、現実と呼ばれるこの世界の空にもまた、無数の光が広がっていた。




