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八月三十一日、夏休み最終日

八月三十一日、夏休み最終日


夏休みには入ってから毎日行われていた家族会議を終えて、太陽は蛍の部屋に居座った。火村家で行われる会議の内容は、蛍の行方の事だったり、蛍の母親が席を外している時は、蛍の母親の気分を紛らわす方法だったり、主に火村家の事だった。

そんな家族ぐるみの付き合いから、太陽が蛍の部屋に来るのは毎晩のようになっている。それはもしかしたら突然蛍が帰ってくるかもしれないという淡い期待からだったのだが、夏休み最後の日、蛍のベッドで横になった太陽は静かに息を吐いた。

その吐息は現実を感じさせる重いもの。

太陽は主人がいない部屋をぐるりと見渡した。

一か月、長いようで短いその期間の間に生活感が薄れ、うっすらと埃をかぶる家具たち。太陽が動き起こる風で誇りが舞う。

掃除ぐらいなら太陽だって出来る。太陽と蛍とは長い付き合いだ。物の位置をどこに置くか、どこには手を触れてはいけないか、長い付き合いだからこそ勝手に手を出せる。

しかし、分かっていても太陽は手を出さなかった。捜索で時間がなかったというのもある。でも、埃を拭うぐらいできた。

それでもしなかったのは、あの時から時間が止まってしまったからだ。

そこは蛍の部屋、あの時からいない主人を待ち続けている部屋を綺麗にするべきなのは蛍なのだ。だから、太陽は手を出さない。出してしまえば、永遠に主人が帰ってこない事を認めたことになる。

「ふー」

また太陽は息を吐く。当たり前にいた親友以上の存在がいないことで目を瞑るたびに孤独を感じてきた。

そして、それは明日になることで永遠になる。

明日からは新学期、学校生活が帰ってくる。

「くそっ」

最後の希望は今日だったのだ。

なんの手がかりも見つけられず、なんの情報も手に入れられなかった。けれど、もしからしたら、蛍がいないのは夏休みだけの事で、終わりがやってくればひょっこり帰ってくるかもしれないと、最後の希望を抱いていた。

だが、結局蛍は帰ってこなかった。

「くそっぉおおおおおおおお!」

太陽は叫びながらジタバタと暴れた。

突然いなくなってしまった蛍への怒り、何もできなかった自分への怒り、八つ当たりしたい他人への怒り、全てを吐き出す。

「ぅう…………」

吐き出した後、空しさと悲しさに押しつぶされた。

そうしている間にもカチカチと蛍の部屋の時計は時を刻む。

変わらない喪失感、太陽はベッドに腰掛ける。

こんな姿を誰かに見られるわけにはいかないと太陽は思う。家族はもちろん、蛍の母親にもだ。

この一か月、家族は誰一人としてその姿を見せなかった。見せてしまえば、連鎖が起きる。そうなれば緊張の糸が切れ、誰がどうなるか怖かったからだ。

たった一か月、明日からその不安を永遠に抱え込まなければいけない。だから、今をもってその姿は誰にも……自分にすら見せないと太陽は誓う為、たった一度だけ解放したのだ。

「よしっ」

太陽は頬を叩き、明るく一階の皆がいるところへ降りる決意をした。太陽の取柄は明るさだ。それは家族皆が知っている。それさえ見せればまた明るい日々を見出すことができる。

そう信じて太陽はベッドから離れ立ち上がった。

「いてっ」

その途中、電気も点けず暗闇の中で太陽の足の指先になにかが当たる。太陽は月明かりを頼りにそれを手に取ると、思わず笑みを零した。

「そういや、こんなの拾ったな」

手に取ったのは黒いDVDケース。蛍がいなくなる前、二人で楽しみにして最後に送ったメールの内容(なかみ)だった。

太陽は徐にケースを開ける。

すると、

「はは、あははははははははははははははははははっ!」

下まで届けばいいと思いながら太陽は一人大笑いをした。

「ほんとに一人で見たんだな」

ケースの中身はなかった。最後のメールから蛍はこの中身を確認した。

太陽は何も考えず、床に置いてあったDVDプレーヤーのリモコンを取り、中に入っているだろうDISCを再生させる。プレーヤーが機械音と共に読み込みを始め、その間にTVのリモコンを太陽は探した。

すると、何やら一階のリビングから騒がしい声が太陽の耳に届いた。

「なんだ?」

リモコンをベッドへ放り投げ、急いで騒ぎへと駆け込んでいく。まだプレーヤーは通常よりも長い時間を掛けLOADの文字を点滅させていた。

一階に跳ぶように降りてきた太陽は何事かと月に尋ねると、どうしたらいいのか分からなそうな視線を送ってきて、その問題の方向に視線を戻した。

そこでは太陽の母親と父親、そして蛍の母親が言い合いをしている。

「何言ってんの!? ウチの心配してる場合じゃないでしょっ!」

「そうだっ、蛍はウチらの家族みたいなもんだろうが、んなのに、店の心配なんかしてられっか?」

言い合いはほぼ太陽の父親と母親の怒鳴り声で、それを蛍の母親が静かに聞く姿勢だった。

そして嵐のような説得が終わると、蛍の母親が静かに話し始める。

「ありがとう。でもね、今までも散々甘えてきたんだよ。その所為でお店がおろそかになったら、私はどうしていいか分からないの。それに明日からは学校も始まる。陽君も月ちゃんもいつもの生活しなくちゃ」

優しく、優しく突き放す言葉、それにまた火は過熱した。

「んなもん、滅多に手伝わねぇあいつらが学校行ってたって変わらねぇって!」

「そうだよっ、店なんてこの人一人だってどうにかできるんだから!」

だが、杉原家が火村家の事情を知っているように、蛍の母親が経営の大変さを知らないわけがない。店番に立てば配達の人員が無くなり、配達にでれば店番がいなくなる。それは一人でできることではない。だから、蛍の母親は首を振る。

「あんたって人はっ」

「ほんとに頑固だなっ」

蛍も変な所で頑固だ。母親譲りだなと思う太陽もまた、二人の遺伝子を継いでいるから説得に加わる。

が、その前に太陽の性格を考慮して蛍の母親は先手を打つ。

「陽君、明日蛍の部屋を掃除するから、来ちゃだめよ」

愕然とした。それは蛍が帰ってくるということを諦めると言うことだ。

決意を否定されたことで太陽は熱くなる。が、それは蛍の母親の思うつぼ、そうなる前に遺伝を継いでいても、そうはなりたくないと抵抗し続けてきた月が、太陽の脚を蹴飛ばすことで抑える。

「もっと冷静に言い返さないとホタママに言い返される」

「ああ、くそ」

妹に言われ他に手立てを太陽はぐちゃぐちゃになった頭で考える。

「そうだ、だったら俺が学校を辞めて店手伝えばいいだろ!」

その手があったと太陽の父親は親子そろってドヤ顔を作ってみせるが、太陽の母親は、呆れ顔を作る。

「ばかっ」

月も同じくドツボにはまりやがってと怒りを声に出した。

「それじゃあ、蛍が帰って来たら私はなんて言えばいいの? それは店が無くなっても、経営が苦しくなっても同じ。蛍の事を考えてくれるなら、帰ってきた蛍の為に皆でいつも通りに生活して」

蛍の母が言うことは矛盾している。矛盾しているが、誰も何も言い返せなくなった。蛍の為にすることが蛍の為にならないならば、蛍の母親の言うとおりにするしかない。

それに、きっと蛍の母親は蛍が帰ってくる事を信じている。決して諦めているわけではなかった。だとしたら、その為に杉原家ができることは、蛍の母親を影ながら支えるために妥協するしかない。

「分かったわよ、でもね、これだけは言っておくわよ。私たちはあんたが嫌がっても手助けをするからね」

「ありがとう。でも、もう助けてもらってるわ」

いつまでも優しい言葉は、絶対的な拒絶だった。

何を言っても解決しそうにない問題は、ほとんど不可能な条件の元沈黙を要した。

そして、リビングの時計がゲームオーバーと言わんばかりに鐘を鳴らす。その音にその場にいる皆が時計を見た。

〇時〇〇分、九月一日――夏休み終了。


その頃、誰もいない蛍の部屋でプレーヤーがDISCの読み込みを終え、ディスプレイに文字を浮かべる。


――The problem was solved――

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