4: エラの呪縛
決勝戦の戦場では、エラ・グレーゼ率いるシュタインズがウクライナチームを追い詰めていた。
その裏で、ハインツはドイツ政府からの再軍備協力要請を一蹴し、本社のロンドン移転と国籍放棄まで口にする。
優勝の歓声が響く中、ハインツとエラの向かう先が、少しずつ分かれ始める――。
第四話 エラの呪縛
【 戦場 ―― 決勝戦 】
戦場はすでに炎の只中にあった。
チェルノボーグの巨大な影が大地を震わせ、フリホリー・コザックの騎兵隊が風のごとく吹き荒れた。ウクライナチームは初手から猛攻だった。
しかしエラ・グレーゼは、その全ての攻勢を冷静に受け流していた。ヘルの黄金の鎧が衝撃を吸収するたびに、短剣が反撃の閃光を放った。彼女の眼差しは揺るがなかった。
オットー・フリッツルは黄金盾のカードを展開しながら静かに言った。
「守りに徹すればいい」
シャルルマーニュが中央を塞ぎ固めた。ウクライナの陣形が少しずつ揺らぎ始めた。
【 VIPルーム ―― ハインツ 】
ハインツはスクリーンを見つめながら、落ち着いた様子でスピーカーフォンを手に取った。
「エラ、予想戦闘時間は?」
「十分で十分だわ」
彼はスピーカーフォンを切り、スマートウォッチの画面を一度確認した。戦場のリアルタイムデータが流れていた。
その時、電話が鳴った。画面に浮かんだ名前――CDU政府関係者、ウルリッヒ。
ハインツはしばし見つめてから、電話を取った。
「ハインツ様、状況が逼迫しております。ドイツの再軍備計画に、企業の参加が不足しております。徴兵制が再導入され、シュタインズのような大企業のご支援が切実に必要です」
ハインツは窓の外を眺めながら、口角をわずかに持ち上げた。
「ウルリッヒ、もう一度言ってみなさい。再軍備? シュタインズは防衛産業企業ではない。人工知能とソフトウェア、ゲームを開発する会社だ。武器庫が空になろうが兵士が不足しようが、それが我々と何の関係があるんですか」
「ですが、ハインツ様、ドイツの安全保障が脅かされている状況で――」
「もう結構です」
ハインツの声が冷たく断ち切った。
「今、小学校で軍人たちに感謝の手紙を書かせ、入学式で敬礼をさせている有様が見えますか? 国家が戦争機械のように動いている。技術力と情報こそが、現代の真の戦力だ。シュタインズはその戦いをしているのであって、銃や剣などとは関係がない」
ウルリッヒが再び口を開こうとした。
「ハインツ様、ご協力がなければ今回の計画は――」
「黙りなさい」
短く、冷酷だった。
「もし政府がこの調子で出てくるのであれば、シュタインズの本社をベルリンからロンドンへ移します。私のドイツ国籍も、いつでも放棄する用意がある。これ以上、脅しに屈する気はない」
ウルリッヒの声が震えた。
「ハインツ様、そこまで仰らずとも……」
「言いたいことを言い終えたなら、切らせていただきます」
電話が切れた。
ハインツはスマートフォンをテーブルの上に置き、静かに窓の外を見つめた。彼の表情には怒りも興奮もなかった。ただ、淡々としていた。
『ドイツはもはや、私が正してやる国ではない』
【 CDU会議室 】
灰色の壁に囲まれた会議室の中、空気は重かった。
「ハインツがまた断りました。ロンドンへ本社を移すとまで言ったのです」
しばしの沈黙が流れた。
「シュタインズなしでは今回の再軍備計画は不可能です。何としても彼を引き留めなければ」
「あの男が一度決めたことを覆したことがありますか?」
誰も答えられなかった。会議室は再び静まり返った。
【 戦場 ―― 決勝戦後半 】
チェルノボーグの空間歪曲が、次第に弱まっていた。ヘルの連続反撃がフリホリー・コザックの陣形を崩し、シャルルマーニュは中央を完全に掌握した。
ユリアンが歯を食いしばった。アリーナはヴィクトルのペンダントをぎゅっと握り締めた。
しかし、戦場の流れはすでに傾いていた。
エラの短剣が最後の閃光を放った。
閃光。
そして、沈黙。
電光掲示板に結果が映し出された。
ドイツチーム、優勝。
観客席が爆発した。歓声が競技場を揺るがした。
【 オフィスの廊下 ―― ハインツ 】
ハインツは廊下を歩いていたが、ふと足を止めた。遠くから聞こえてくる歓声。彼はゆっくりと顔を上げ、廊下の端のモニターを見つめた。
ドイツチーム、優勝。
長らく笑うことのなかった彼の口角が、ゆっくりと持ち上がった。
彼はスマートフォンを取り出し、短いメッセージを打ち込んだ。
「エラ・グレーゼ、優勝おめでとう。良い試合をしてくれて、ありがとう」
送信。
彼は再び歩を進めた。頭の中ではすでに次の計画が動き始めていた。
『ロンドン支部の設立手続き、明日から開始する』
【 競技場 ―― エラ 】
エラは汗を拭いながらベンチに腰を下ろした。周囲はまだ歓声で騒がしかった。
スマートフォンが震えた。画面を確認した彼女は一瞬動きを止め、ふっと笑った。
「ハインツ……この人は、いつもこうなのよね」
祝福のメッセージが一つ。短く、素っ気なく、形式的な。だが、彼女は知っていた。彼が自分から先にメッセージを送ることなど、めったにないことを。
彼女はスマートフォンをポケットに仕舞いながら、競技場の天井を見上げた。照明が眩しかった。
ドイツが優勝した。そしてハインツは、ドイツを離れようとしていた。
同じ日、同じ瞬間。しかし、彼らが向かう先は、少しずつ違いつつあった。
第四話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は決勝戦の決着と、ハインツとドイツ政府との決定的な対立が描かれました。
タイトル「エラの呪縛」が暗示するものは、次回以降、徐々に明かされていく予定です。
勝利の瞬間にすれ違う二人――ハインツとエラの関係も、これから大きく動いていきます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




