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2: ドレスデンの序曲

決勝戦を翌日に控えたベルリン。

だがハインツの心を占めていたのは、サッカーではなく――極右政党AfDの台頭、そして数年前のテキサスでの記憶だった。

冷徹な経営者としての顔、揺るぎない政治的信念、そしてプロイセンの亡霊への憎悪。

若きCEO、カール・フォン・ハインツの素顔が、静かに明かされていく。

第二話 ドレスデンの序曲

ハインツは窓辺に腰を下ろし、暮れなずむ空を見上げていた。決勝戦を翌日に控えたベルリンは賑わっていたが、彼の頭の中はサッカーよりも、ニュースの中の世論調査の結果でいっぱいだった。極右政党、AfD。彼らの支持率は、もはや無視できない数値に達していた。

「このままでは……ドイツの未来が、奴らの手に渡るかもしれない」

囁くように呟いたハインツの後ろ姿を見ながら、ソフィー・ラスムッセンが慎重に扉を開けて入ってきた。

「ハインツ……心配しないで。ドイツ人は、決して同じ悲劇を繰り返したりしないわ」

ハインツは振り返ってソフィーを見つめ、静かに微笑んだ。

ソフィーが差し出したコーヒーを受け取りながら、彼は呟いた。

「そうだな……悲劇は繰り返されないかもしれない。だが、歴史というものは、いつも緩やかに崩れていくものだ」

彼は時計をちらりと見やり、目を閉じた。明日は決勝戦だった。国民全員が熱狂するその日に、彼はサッカーではなく投票結果を案じていた。

ソフィーは彼をじっと見つめ、わずかに微笑んだ。

「あなたがそんなに政治的な人だなんて、最初は知らなかった」

ハインツはコーヒーを口に運びかけて、ふっと笑い声を漏らした。そして、いつしか彼の頭の中には、数年前の記憶が蘇っていた。


―― 数年前、アメリカ・テキサス州オースティン ――

巨大な事務所の窓の向こうには、干上がった荒野が広がっていた。ハインツはグレーのスーツを身にまとい、古びた石炭企業の事務所、年季の入ったテーブルに手を置いていた。その向かい側には、チャーリー・ジェイソン――労働組合代表が、両手を揃えて座っていた。

「買収は歓迎です。しかし、残った従業員たちには十分な退職金と、安全な引き継ぎを保障していただかなくては」

ハインツは何も言わずにジェイソンをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「ジェイソンさん、ここはテキサスです。共和党が数十年にわたって支配してきた州だ。それなのに、すでに潰れかけた石炭企業の労組がこれほど強力だとは……皮肉なものですね」

その口調には、明らかに嘲りが込められていた。だが、ジェイソンは微動だにしなかった。

「我々は党のためではなく、人のために戦っているのです。ここがテキサスだからではない。我々がここで生きているからです」

ハインツは一瞬、口を閉ざした。それは彼が予想していた答えではなかった。冷徹に計算された数字とグラフの中では聞くことのできない、あまりにも人間的な声だった。

彼は席からゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。向こうに見える錆びついた煙突、空っぽのトラック倉庫。すべてが、打ち捨てられた遺物だった。

「完全な自由市場が保障されないのであれば……このテキサスをAIの中心都市にするという私の計画は、他の地域に移すしかありません」

ジェイソンが、がばっと立ち上がった。

「な、何だと? 我々があなたのためにどれだけ準備したと思っている……若い従業員の教育からデータ移行のシミュレーションまで、全部――」

「ところで」ハインツが彼の言葉を遮って振り返った。「なぜここの労組には、高齢の男性ばかりなのですか? あまりに硬直している。変化に抵抗する典型的な姿だ」

ジェイソンの顔がこわばり、血管が浮き上がった。

「この若造が……お前がいくらAIを振りかざして金の匂いを漂わせようと、この土地で簡単に事業を回せると思うなよ」

ハインツはテーブルに置かれたコーヒーカップを押しのけ、冷たい眼差しでジェイソンを見下ろした。

「私がアメリカにシュタインズの工場を建てる理由はただ一つ。ここがドイツより、雇用と解雇がはるかに自由だからだ。だが、あなた方がそんな調子で抵抗するなら、私はもうテキサスに協力できない」

その瞬間、会議室の扉が静かに開いた。整ったスーツ姿の若い男が入ってきた。

「オットー・フリッツルと申します。シュタインズCEO、カール・フォン・ハインツ様の秘書です」

ハインツは書類の束を手に取り、バサッ――と音を立ててテーブルの上に放り投げた。

オットーがゆっくりと一歩前へ進み出て、冷ややかな笑みを浮かべた。

「契約書の内容に従っていただきましょう、ジェイソンさん。契約条件には明確に『無労組経営』と明記されています。それなのに、この古びた石炭企業の労組が、シュタインズ・テキサス本社の労働組合に化けるですって? どんなコメディですか」

ジェイソンの口があんぐりと開き、顔がみるみる赤くなっていった。

ハインツが締めくくった。

「知事と直接相談する。よく考えるんだな」

静かに閉じられた会議室の扉の向こうで、ジェイソンは喉仏をごくりと動かしながら思った。

『あの金髪のドイツ野郎……本当に血も涙もない。これは単なる工場買収じゃない。これは戦争だ』


数日後、テキサス州知事との会談で、ハインツは淡々と口を開いた。

「シュタインズ・テキサス本社の経営陣を全員入れ替えます。二十代から三十代の若い人材で。金は十分にお支払いします。退職金でも一時金でも。しかし、組合員は全員解雇しなければならない」

知事はため息をつき、背もたれに身を預けた。

「政治的に……ちょっと厄介だな。あいつら、みんな地元の有権者だ」

「知事閣下、テキサスをAI産業の首都にしたいのでしょう? 時代は変わったのです。機械は、年老いた労働者を待ってはくれませんよ」

知事はしぶしぶ頷いた。

「……では、静かに片付けるしかないか」


【 オースティン、テキサス。数日後 ―― シュタインズ・アメリカ支社旧本社 】

古びた建物の鉄製看板が下ろされ、新たに掲げられた金属のロゴが朝日を反射していた。STEINZ AI TEXAS HQ。鋼鉄のように冷たい書体だった。

前日の午後、組合員全員に退職金支給の通知が下され、解雇命令は電光石火のごとく執行された。グレーのジャンパーを着た者たちは、退職書類と段ボール箱を一つずつ抱えて会社を去っていった。その中には、チャーリー・ジェイソンもいた。彼は無言で、廃墟のようになっていく事務所を見つめていたが、よろめくようにロビーへと足を踏み入れた。

そこには、ハインツとオットー、そしてテキサス州立大学を卒業したばかりの若いIT専門家たちがいた。ノートパソコンはすでに開かれており、セットアップが始まろうとしていた。

ジェイソンはハインツに向かって歩み寄り、怒りに満ちた声で言った。

「こんなやり方で人を切り捨てて、会社を経営すると言うのか?」

ハインツは微笑みを浮かべ、わずかに首を傾げた。

「それは……あなたとは何の関係もない話だ」

彼は警備員に向かって顎をしゃくった。

「連れ出せ」

警備員がジェイソンの腕を掴むと、彼は身をよじって叫んだ。

「これは不当解雇だ! 連邦労働庁に通報してやる!」

ハインツは依然として笑みを浮かべていた。ジェイソンが引きずり出されると、彼はゆっくりと身を翻し、新たに改装された本社を見渡した。壁には巨大なデジタルスクリーンが点り、室内はモダンなミニマリズム・インテリアに様変わりしていた。


―― ベルリンに戻って、数ヶ月後 ――

ハインツはパウル・フォン・ヘルツと対峙していた。古い貴族家門の末裔で、コンピュータ工学の学位を手にシュタインズの門を叩いた人物だった。ハインツの瞳が冷ややかに沈んだ。

「過激主義団体の連中とネオナチが、プロイセンの旗を振り回している。まさかあなたも、その方面と関わりがあるわけではないですよね?」

パウルは無表情に彼の言葉を聞いていた。

「それでも、あなたは私に働く機会を与えてくださると?」

「せいぜい無給ボランティア程度ですよ」ハインツは冷笑を浮かべながら続けた。「市民の税金で小遣いをもらってきた方々、ありがたく思いなさい。実務経験? そんなものはない。掃除でもしていてください」

ハインツが扉の方へ向かうのを見送りながら、パウルは静かに呟いた。

『こんなに簡単に席をくれるとは……何か狙いがあるのか』

その表情には、揺るぎない決意が宿っていた。


その夜、ハインツは一人、窓辺に立っていた。

部屋の片隅には、古びたビスマルク像のミニチュアが置かれていた。彼はワイングラスを手に取ると、ためらいもなく力いっぱい投げつけた。ワイングラスは粉々に砕け、赤い液体が像の足元に飛び散った。

『屑のような軍国主義国家。集団主義に染まった病んだ国。プロイセンとドイツ帝国は、決してこの国の根幹にはなり得ない』

彼は深く息を吐き、窓の外へと視線を向けた。夜空には、かすかな星明かりが瞬いていた。明日は決勝戦だった。

彼の口元に、微かな笑みが浮かんだ。

「ウクライナ……楽しみだな」

第二話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回からハインツの過去と、彼の冷徹な経営手腕、そして政治的な信念が描かれます。

タイトル「ドレスデンの序曲」が示すように、これはまだ物語の序章に過ぎません。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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