平等って、ほんとうに同じこと?
平等、という言葉は、きれいだ。
少なくとも、菜根タンはそう思っていた。
誰かだけ得をしないこと。
誰かだけ最初から軽く扱われないこと。
同じ場所にいるなら、同じように見てもらえること。
そういうものは、たしかに大事なのだろう。
たぶん、そうであってほしいとも思う。
けれど、きれいな言葉ほど、ときどき中身が曖昧になる。
その日の授業は、グループごとの発表形式だった。
班ごとにテーマを決めて、調べて、短くまとめて発表する。
珍しく、菜根タンの班には、発表が得意な子も、話すのが苦手な子も、字がきれいな子も、まとめは苦手だけど勢いだけはある子も、ちょうどばらばらに集まっていた。
最初に先生が言ったのは、こんな言葉だった。
「はい、平等にやること。
一人だけに負担が偏らないように」
その言い方自体は、もっともだった。
だが、実際に作業が始まると、そのもっともさが少しずつ引っかかりになっていく。
「じゃあ、全員同じ量ずつやろう」
班の一人がそう言った。
誰も反対しなかった。
たしかに、その方がいちばん公平に聞こえる。
だから、調べものも、発表原稿も、模造紙に書く量も、だいたい四等分になった。
けれど、やってみると、すぐに困ったことが起きた。
話すのが苦手な子は、発表練習のたびに詰まる。
調べるのが遅い子は、必要な資料を見つけるまでに時間がかかる。
逆に、こういう作業が得意な子は、あっという間に自分の分を終えて、手が止まる。
全員が同じ量。
でも、全員が同じ負担ではない。
そのズレが、班の空気の中で少しずつ重くなっていった。
「……なんか、これ平等なのかな」
帰り道、菜根タンはひとりでそう呟いた。
みんな同じ量をやる。
たしかに見た目はきれいだ。
けれど、苦しさの量まで同じになっているとは思えなかった。
むしろ、向いていないことを同じだけ持たされて、しんどくなっている子もいた。
逆に、できる子が力を出しきれないまま止められている感じもある。
それでも平等だからと言われると、文句を言いづらい。
その言葉のきれいさに、考えが押し込まれるみたいな感じがした。
「難しい顔してるね」
声をかけられて振り向くと、墨子ちゃんがいた。
菜根タンが事情を話すと、墨子ちゃんは「なるほど」とだけ言って少し考えた。
「それ、平等っていうより、均等ね」
菜根タンは目を瞬いた。
「均等?」
「同じ量を分けること」
「でも、平等って必ずしも同じ量じゃないと思うの」
その言い方が、菜根タンには妙にしっくりきた。
均等。
たしかに今日やっていたのはそれだった。
見た目をきれいに四つに分けること。
でも、それがそのまま人にとっての平等かと言われると、少し違う気がする。
「じゃあ、平等ってなに?」
「難しいこと言うね」
墨子ちゃんは少しだけ笑った。
「でも、私はこう思う」
「同じだけ持たせることじゃなくて、誰か一人だけが潰れないようにすること」
「そっちの方が、たぶん平等に近い」
菜根タンはその言葉を頭の中で繰り返した。
同じだけ持たせること。
誰か一人だけが潰れないようにすること。
似ているようで、たぶんだいぶ違う。
「でも、それだとできる子ばっかり多くやるってことにならない?」
菜根タンがそう言うと、墨子ちゃんは即座にうなずいた。
「なる時もある」
「でも、そこで同じ量にしたから公平ですって言って、全体の質が落ちたり、苦手な子がずっと苦しいままだったりするなら、そっちの方が雑よ」
「雑……」
「そう。人の違いを無視してるから」
その時、後ろから元気な声が飛んできた。
「でも、差をつけすぎるのもよくないよ!」
孟子ちゃんだった。
いつものように勢いよく間に入ってくる。
菜根タンが事情を話すと、孟子ちゃんはすぐに腕を組んだ。
「できる子だから多くやってねが当たり前になると、その子ばっかり大変になるじゃん」
「それってやっぱり違うと思う」
墨子ちゃんもうなずく。
「そこはそう」
「だからできる子に全部寄せればいいとも思わない」
「大事なのは、同じ量じゃなくて納得できる役割分担なんじゃないかな」
そこへ、やわらかい声が入る。
「平等って、たぶん同じに扱うことだけじゃないんだよ」
論子ちゃんだった。
今日もきちんとした空気をまとっていて、来るだけで話が少し整う感じがある。
孟子ちゃんがすぐに反応する。
「論子ちゃん先輩!」
論子ちゃんは微笑んでから、菜根タンに向き直った。
「たとえば、背の高い子と低い子に、同じ高さの踏み台を渡すのは同じだけど」
「それで二人とも同じ景色が見えるとは限らないよね」
菜根タンは、なるほどと思った。
同じものを渡すことと、同じように届くことは、違う。
「平等って、相手の違いを見ないことじゃなくて」
「違いがあっても、雑にしないことなのかもしれない」
論子ちゃんの言葉は、いつもそうだ。
きれいに言い切りすぎないのに、少しずつ形を見せてくれる。
「じゃあ、みんな同じって、だめなのかな」
菜根タンがそう聞くと、孟子ちゃんが先に答えた。
「だめっていうより、それだけだと足りないんじゃないかな」
「同じように大事にしたい、って気持ちは大事だと思う」
「でも、同じやり方で大事にできるとは限らないもん」
墨子ちゃんも続ける。
「そうね。必要なのは同じ量じゃなくて、その子がちゃんと役に立てて、かつ一人だけ損しすぎない形」
「人が違う以上、分け方まで全部同じにしたら、むしろ偏ることもある」
菜根タンは今日の班のことを思い出した。
話すのが苦手な子。
調べるのが遅い子。
書くのが得意な子。
みんなに同じ量を持たせた結果、むしろ噛み合わなくなっていた。
あれはたしかに、平等という言葉で見た目を整えただけだったのかもしれない。
「……わたし、ちょっと同じって言葉に安心しすぎてたかも」
菜根タンがそう言うと、論子ちゃんがやわらかくうなずく。
「同じって分かりやすいからね」
「でも、人を大事にするって、ときどき分かりやすくない方が本物だったりする」
その言葉が、菜根タンには静かに残った。
分かりやすい公平。
でも、ほんとうに人を見た分け方。
その二つは重なることもあるし、ずれることもある。
「じゃあ、どうしたらよかったんだろ」
菜根タンがぽつりと聞くと、墨子ちゃんは答えた。
「最初に、同じ量じゃなくて何ができるかを見ればよかったのよ」
「話すのが得意な子は発表寄り」
「書くのが丁寧な子は模造紙寄り」
「調べるのが早い子は資料寄り」
「そのうえで、負担が一人に寄りすぎないようにする」
「なるほど……」と菜根タン。
「同じことをさせるんじゃなくて、同じだけ大事にする、って感じだね」と孟子ちゃん。
「そう」と論子ちゃん。
「同じは手段の一つであって、目的じゃないんだと思う」
その言葉で、菜根タンの中で何かが少しだけきれいに繋がった。
ノートを開く。
新しいページに、ゆっくり書く。
平等は、同じにすることだけじゃない。
その下に、もう一行。
違いがあっても、誰かを雑にしないこと。
それに近いのかもしれない。
書いてから、その文字を見つめる。
みんな同じ。
それはきれいだ。
でも、人の違いを見ないまま並べたきれいさは、ときどき誰かを苦しめる。
だったら、少し不揃いでも、ちゃんと一人ひとりを見た方がいい。
たぶんその方が、手間はかかるけれど、ほんとうの意味ではやさしい。
「……次、班で話してみようかな」
菜根タンがそう言うと、孟子ちゃんがぱっと顔を明るくした。
「いいと思う!」
墨子ちゃんも淡々とうなずく。
「平等にって言葉に押し込まれるより、ちゃんと中身を見た方がいいわ」
論子ちゃんは少し笑う。
「その時は、みんな同じ量よりみんなちゃんと役に立てる形にしたいって言うと、少し伝わりやすいかもね」
菜根タンはその言い方を心の中で繰り返した。
みんなちゃんと役に立てる形。
それはたしかに、同じ量よりずっと人を見ている感じがした。
ノートの下へ、さらに一行書き足す。
きれいに分けることと、ちゃんと大事にすることは、同じじゃない。
風が吹いて、ページの端が少し揺れた。
孟子ちゃんが「でもやっぱり、あからさまなえこひいきはだめだよね!」と言って、墨子ちゃんが「それは当然」と返し、論子ちゃんが「極端はだいたい崩れるからね」と笑う。
菜根タンはそのやりとりを聞きながら、少しだけ笑った。
平等という言葉は、たぶんこれからもきれいだ。
でも、きれいな言葉ほど、中身をちゃんと見ておかないと危ない。
そう思えるようになっただけでも、今日の班のもやもやは、少しだけ意味を持った気がした。




