リーダーは慕われるより恐れられた方がいいの?
今回は少し苦めの話です。
上に立つ人は、やさしい方がいい。
たぶん、そう思いたい人は多いはずです。
でも、やさしさだけでは場がまとまらないこともある。
慕われることと、軽く見られないことは同じではないのかもしれません。
今回は、マキャベリちゃんと管子ちゃん先輩が少し強めに切り込みます。
上に立つ人は、やさしい方がいい。
菜根タンは、たぶんずっとそう思っていた。
怖い人より、話しかけやすい人。
怒鳴る人より、ちゃんと聞いてくれる人。
命令するだけの人より、一緒に考えてくれる人。
そういう人の方が、やっぱりいいに決まっていると思っていた。
でも時々、その“やさしい人”のまわりから、じわじわと何かが崩れていくことがある。
その日の放課後も、菜根タンは少しもやもやした気持ちを抱えたまま部室に入った。
文化委員の話し合いで、まとめ役の先輩がいた。
やさしくて、感じがよくて、誰にもきつく言わない人だった。
でも、そのやさしさのせいで、話はなかなか決まらなかった。
誰かが遅れても、強く言えない。
仕事を投げても、注意しきれない。
意見がぶつかっても、はっきり切れない。
その結果、まじめな人が余計に動いて、声の大きい人がその場を持っていって、最後は空気でなんとなく決まる。
「……いい人なんだけどな」
菜根タンは椅子に座りながら、小さく言った。
「でも、いい人なのに、なんかうまく回ってない感じがして」
「今日は“いい人”が苦いんだね」と論子ちゃんが言った。
孟子ちゃんはすぐに首をかしげる。
「でも、上に立つ人はやさしい方がいいじゃん!」
「わたしも、そう思ってたんだけど……」
菜根タンは少し迷いながら言う。
「やさしいことと、ちゃんとまとめられることって、同じじゃないのかもって」
その時、静かな声が割って入った。
「同じじゃないわね」
見れば、部室の入口近くにマキャベリちゃんが立っていた。
今日も物腰はやわらかく、でもその目だけは妙に冷静だった。
「はじめから答えを言っちゃうとつまらないけれど」
マキャベリちゃんは微笑む。
「慕われることと、軽く見られないことは、別よ」
孟子ちゃんがすぐに反応する。
「でも、怖がられるリーダーなんていやだよ!」
「ええ、怖いだけなら三流ね」
マキャベリちゃんはあっさり言った。
「でも、慕われたいばかりで線を引けない人間も、上に立つには弱いの」
菜根タンは、その言葉に少しだけ息をのんだ。
たしかに、今日見た先輩は悪い人ではなかった。
でも、“嫌われたくない”が先に立っているようにも見えた。
論子ちゃんが、間にやわらかく入る。
「やさしいこと自体は悪くないと思うんだ」
「でも、やさしさのせいで、まじめな人ばかりしんどくなるなら、少し考えないといけないよね」
「それよ」と、部室の奥から別の声がした。
振り向くと、管子ちゃん先輩がいた。
相変わらず落ち着いていて、立っているだけで話が一段“現場”に寄る感じがする。
「善意だけで回る仕組みは、だいたい長持ちしないわ」
その一言に、部室の空気が少し締まる。
「上に立つ人がやさしいのは結構よ」
「でも、そのやさしさのしわ寄せが、いつも同じ人に行っているなら、それはもう美徳じゃなくて運営不良なの」
孟子ちゃんが少しむっとした顔をする。
「でも、厳しくしすぎたら嫌われるじゃん」
「嫌われることと、軽く見られないことは違うの」
マキャベリちゃんが言う。
「愛されるのは素敵よ。けれど、侮られるのはいただけないわね」
菜根タンは、その台詞を胸の中で繰り返した。
侮られる。
それはたしかに、今日見た先輩の弱さに近かったかもしれない。
怒らないから、やさしい。
でも、怒らないから、押せば引くと思われる。
決めないから、穏やか。
でも、決めないから、周りが勝手に動く。
「じゃあ、やっぱり怖い方がいいのかな」
菜根タンがそう聞くと、マキャベリちゃんは小さく首を振った。
「そこも単純じゃないわ」
「怖いだけの人間は、本音を失うもの」
「表では従っても、下では腐る」
「それはそれで、別の壊れ方をするのよ」
論子ちゃんもうなずく。
「うん。
話しかけられない人だと、困ったことも上まで届かなくなるしね」
「ええ」と管子ちゃん先輩。
「だから必要なのは、“怖い人”じゃないの」
「“踏み越えてはいけない線がある人”よ」
その言い方は、すごく分かりやすかった。
怒鳴る人ではない。
威張る人でもない。
でも、この人はここを曖昧にしない、という線が見えている人。
たぶんそれが、上に立つ人に必要な強さなのだ。
孟子ちゃんはまだ少し納得しきれない顔だった。
「でも、慕われるのって大事だよ」
「みんなに“この人のためなら”って思ってもらえるの、すごく大きいじゃん」
「もちろん大事よ」とマキャベリちゃん。
「ただ、それだけに頼るのが危ういの」
「愛は気分で揺れるわ。
でも、軽く見てはいけない相手という認識は、場を保つのに役立つの」
「それ、少し寂しくない?」と菜根タン。
マキャベリちゃんは少しだけ目を細めた。
「寂しいかもしれないわね」
「でも、上に立つ人には“倒れないこと”も仕事なの」
「慕われたいばかりで崩れるなら、そのやさしさは少し無責任よ」
その言葉は、かなり苦かった。
でも、嫌なだけではなかった。
管子ちゃん先輩が続ける。
「リーダーがまず考えるべきなのは、好かれることじゃないわ」
「回ることよ」
「仕事が偏らないか、無理がどこかに溜まっていないか、誰か一人に善意を押しつけていないか」
「それを見て整えるのが、上の役目なの」
「人を使うんじゃなくて、人が働ける形を作る……ってこと?」と菜根タン。
「そうよ」
管子ちゃん先輩はうなずいた。
「そのためには、やさしさも要るし、線を引く厳しさも要るの」
孟子ちゃんは腕を組んだまま、少し考えていた。
それから、ぽつりと言う。
「……じゃあ、慕われるだけじゃだめで」
「怖がらせるだけでもだめで」
「信じてもらえるけど、なめられない人が一番いいのかな」
「そういうことね」と論子ちゃんが笑った。
「やさしいけど、曖昧じゃない人」
「ちゃんと聞くけど、最後は決める人」
「近い相手への礼も守れて、でも線は崩さない人」
菜根タンは、その言葉をノートに書きたくなった。
ページを開く。
少し迷ってから、最初にこう書く。
慕われることと、軽く見られないことは別。
その下に、もう一行。
いいリーダーは、やさしいだけでも、怖いだけでもだめ。
信じてもらえて、でも踏み越えてはいけない線がある人なのかもしれない。
文字を書きながら、今日見た先輩のことを思い出す。
あの人に足りなかったのは、やさしさではなかった。
たぶん、やさしさを守るための線引きだった。
マキャベリちゃんが静かに言う。
「愛されるのは理想よ」
「でも、理想だけで場は保てない」
「少なくとも、“押せば引く人間ではない”と思わせるものは要るわ」
「理想は大事。でも、まず回ることよ」
管子ちゃん先輩も言った。
「そこを忘れると、結局いちばんまじめな人から潰れるの」
その二人の言葉は、温度は違うのに、妙に同じ場所へ着地している気がした。
孟子ちゃんは最後に、少しだけむっとしながらも言った。
「でも、わたしはやっぱり、最後は慕われる方が好きだな」
「怖いだけの人にはついていきたくないし」
「それでいいのよ」と論子ちゃん。
「ただ、“やさしいから正しい”で止めないことだね」
菜根タンは、ノートの下に最後の一行を書き足した。
やさしさを守るためにも、
やさしいだけでは足りないことがある。
窓の外は、すっかり夕方の色になっていた。
リーダーは慕われるより恐れられた方がいいのだろうか。
たぶん、答えは単純じゃない。
でも少なくとも、慕われたいばかりで線を引けない人は、場を守れない。
かといって、怖がらせるだけの人も、長くはもたない。
だから必要なのは、
信じてもらえること。
でも、軽く見られないこと。
やさしさを持つこと。
でも、やさしさを支える厳しさも持つこと。
それがたぶん、上に立つ人のむずかしさで、
同時に、逃げてはいけない責任なのかもしれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
慕われることは素敵です。
でも、慕われたいばかりで線を引けなくなると、結局いちばんまじめな人から疲れていくこともあります。
やさしさを守るためにも、やさしいだけでは足りない。
そんな少し苦い話になっていたらうれしいです。




