大会という名の罠 賢き者④ 残る者
「4問目です」とレーンが言う。
「赤軍本陣は前線から離れた狭い谷間に置かれており、周囲を山や森に囲まれている。心理的な安全基地として布陣しているが、この配置の問題点と対策を示せ」
アークが盤上を見て、「この谷間を黒軍の墓場にする…」と言う。
「どういうことですか?」と採点官が言う。
「本陣を動かすことはできない…」とアークが言う。
「しかし…、谷間の地形を逆用する。山と森に囲まれているということは、敵が攻めてこられる道が限られるということだ。その限られた道に…、罠を仕掛ける。谷間の入口に落とし穴を掘る。周囲の木に火薬を仕込む。引き込んで、逃げ場をなくして、一網打尽にする。この谷間は本陣として最悪の場所だが…、 敵を引き込む罠としては最高の場所だ」
「しかし、敵が谷間に入ってくるとは限らないのでは?」と採点官が言う。
「入らざるを得ない状況を作る…」とアークが言う。
「3問目の酒宴の情報戦で、黒軍に『本陣はここにある、今が奇襲の好機』と思わせた。黒軍は谷間の本陣を狙って突入してくる。その瞬間に罠が発動する。谷間に入った敵は退路を断たれ、上から火を放たれ、全滅する…」
ヨークが「それと同時に…」と言う。
「本陣の総大将と参謀は、谷間の奥に事前に退路を一本だけ開けておく。秘密裏に、山の中に細い道を作っておく…。罠が発動した後、総大将はその道を通って安全な高台に移る。そこが…、本当の指揮所になる」
「つまり谷間の本陣は囮で、本当の指揮所は別にあるということですか?」とレーンが言う。
「そういうことじゃ」とヨークが言う。
「弱点を罠に変え、総大将を守り、敵を引き込んで殲滅する。この谷間、捨てるのではなく…、使い切るのじゃ」
「各問の答えが全て繋がっていますね…」とレーンが言う。
「当然じゃな…」とヨークが言う。
「2問目で止まって情報を集めた。3問目で酒宴を武器にして黒軍を誘い出した。4問目でその黒軍を谷間に引き込んで殲滅する。一本の線でつながっておる。軍師の仕事とは、局面ごとに別々の答えを出すことではなく…、全ての局面を戦略の流れとして設計することじゃ」
採点官が自然と黙る…
レーンが採点官を見る…
今度は誰もメモを取っていない、全員が2人を見ている。
「5問目です」とレーンが言う。
「これが前半最後の問いとなります」
「決戦の日、非常に蒸し暑い天候の中、雷を伴う激しいゲリラ豪雨が発生した。急激な天候変化で兵たちの体力は奪われ、周囲の警戒や偵察がおろそかになっている。この状況で赤軍が完全勝利する為にすべきことを示せ」
沈黙が続く。
アークが盤上を見ている…
ヨークが目を閉じている…
「アークよ…」とヨークが言う。
目を閉じたまま…
「まず聞く。今の状況で動くか、待つか…」
「俺ならば動く…」とアークが言う。
「豪雨だからこそ動く。黒軍は普通であれば、『この豪雨の中では誰も動かない』と思っている。その思い込みが最大の隙だ」
「どう動く?」とレーンが言う。
「俺ならば兵力の半分を動かす」とアークが言う。「全軍ではない。豪雨に紛れて、黒軍の兵力の2倍の数を刈り取りに出す。視界が悪い。音が消える。雨が全ての足音と気配を消してくれる。黒軍が気づいた時には、既に横腹を切られている」
「刈り取りに出した後、残りの兵力は?」とレーンが言う。
「本陣を包囲防衛させる」とアークが言う。「4問目で言った通り、今の本陣の場所は危険だ。刈り取り部隊が動いている間に…、総大将と本陣をより後方に引く。残りの兵が包囲防衛に当たりながら、本陣を安全な場所に移動させる。刈り取り部隊が黒軍の側面を削り、残りの兵が本陣を守り、豪雨が上がった瞬間に全軍で詰める。これが完全勝利への道だ」
「豪雨が上がった後、どう動く?」とレーンが言う。
「豪雨の間に削った敵の残兵を、全軍で包囲する」とアークが言う。「雨が上がった瞬間に動けば、黒軍が体勢を整える前に包囲が完成する。守りながら削り、削りながら詰める。それが万全を期して攻めきるということだ…」
ヨークが「重要なのは…」と言う。「刈り取り部隊と防衛部隊の連絡を絶やさぬことじゃな…。豪雨の中でも伝令を走らせる。刈り取り部隊がどこまで進んだか、黒軍の残兵がどこにいるか…、それを本陣が常に把握しておけば、豪雨が上がった瞬間の全軍展開が速くなる。情報が速い方が勝つ。最後はそれだけじゃ…」
採点官の一人がヨークに向かって、静かに言う。
「追加の質問、よろしいですか?」
「…、どうぞ」とヨークが言う。
「仮定の話です。豪雨の中で刈り取り部隊を出した後…、黒軍が突然、捨て身の全軍突撃を仕掛けてきたとします。兵の命も厭わない、退路も考えない、ただ赤軍の本陣だけを目指す…、そのような攻撃に対して、どう対処しますか?」
アークが「おいおい、爺さんに随分意地悪な質問だな…」と言う。
静かに…、しかし口元が少し動いている。
ヨークが「ふん…」と言う。
しばらく黙っている…
杖を両手で握る力が少し強くなっている…
「捨て身の全軍突撃とは、大将格が自ら先頭に立って引き連れてくるものじゃ…」とヨークが言う。
「将が前に出るということは、黒軍にとっての最後の賭けを意味する。しかし…、それが最も恐ろしい。兵は大将が見えれば死ぬ気で動く。奇跡のような逆転が、そこから生まれることがある。歴史がそれを証明しておる…」
「ではどう対処する?」と採点官が言う。
「その奇跡を…、最初から許さぬことじゃ」とヨークが言う。
「捨て身の攻撃が来ると読んだ時点で、まず大将格を狙う…。先頭に立っておるということは、最も見えやすい場所にいるということじゃ。精鋭の弓兵を温存しておいて、大将格が現れた瞬間に集中させる。大将が倒れれば…、捨て身の突撃は烏合の衆になる。兵は大将のために死ねる。しかし大将なき兵は、ただ死ぬだけじゃ…」
「しかし、豪雨の中では、強い弓が使えないのでは?」と採点官が言う。
「だから、刈り取り部隊を出した後、弓兵だけは温存しておくのじゃ」とヨークが言う。「豪雨の中でも、至近距離なら弓は届く。大将格が突撃してくる時、その距離まで引きつけてから放つ。引きつければ引きつけるほど、命中率が上がる。恐ろしい戦術に見えるが…、奇跡の逆転を許さないためには、大将格の首を取ることが最も確実な方法じゃ…」
「逃げ道を開けるという先ほどの回答と、大将格を狙うことは矛盾しませんか?」とレーンが言う。
「矛盾せぬな…」とヨークが言う。
「逃げ道を開けるのは一般の兵に対してじゃ。大将格には逃げ道を与えない。逃げ道があると見せながら、大将格だけを包囲する。大将が倒れ、逃げ道を見た兵が流れ始めた瞬間…、捨て身の突撃は完全に崩れる。その崩れた軍を追撃する。それが完全勝利の仕上げじゃな…」
アークが「ほう、長く生きてるだけのことはある…」と言う。
ヨークが「うるさいわい…」と言う。しかしその口元が…、わずかに緩んでいる。
レーンが採点官を見る。採点官たちのメモを取る手が…、止まっている。考え込んでいる。
「ハルト…」とレーンが小声で言う。
「……はい」とハルトが言う。声が少し変わっていた。「わかっています…」
長い沈黙が落ちる。
レーンがアークとヨークの2人を正面から見る。静かに、しかし目に力を込めて言う。
「6問目に入らせていただいて…、よろしいですか?」
2人が頷く。
「6問目からは」とレーンが続ける…。
「私とハルトが直接、盤上に立ちます。あなた方に…、正面からぶつかります…」
アークの目が変わる…
ヨークが杖を握り直す…
「ようやくじゃな…」とヨークが言う。
静かに…
しかし、声に確かな熱がこもっていた…




