試す者
山の夜は静かだ。
昼間は怒声と木剣の音で満ちていた集落も、日が沈むと別の顔を見せる。小さな子供たちは藁の上で眠り、年長組だけが火の番をしている。焚き火の火が揺れる。鍋からは豆と干し肉を煮た匂いが漂っている。巨漢の男が肉を串で焼いている。ジュウ、と脂が落ちる音だけが妙に大きく聞こえる。
「でよ、王子様」
向かい側に座る細身の男が、焚き火を枝で突きながら言う。
「結局、お前は俺たちを何に使いてぇんだ?」
ルークは火を見つめたまま答える。
「軍です」
「軍だぁ?」
巨漢が眉を上げる。「俺たちみてぇな山猿使って、何する気だよ?」
「そうですね、20万の軍を作ります」
肉を返していた巨漢の手が止まる。
「……は?」
「20万です」
「いや聞こえてるわ!!」巨漢が思わず突っ込む。「お前、数字の意味わかって言ってんのか!? 20万っていや国がひっくり返る数だぞ!?」
「昔ならそうですね」
ルークは落ち着いている。だが、その落ち着きが逆に異様だ。細身の男がジッと見る。
「……昔なら?」
「今の王国は、人が増えています」とルークは続ける。「北伐後、治安が安定し、流通も整備されました。経済も安定し、物の行き来も成功した。税も収入が増えたので、少し軽くした。だから余計に人が流れ込んでるんです。国が富み栄え、物も食糧も余裕が出来て、農地改革やそれを出来る者も増えていっています。近隣国の農民や職人が、戦乱で疲弊した国から、王国に逃げ込んで、王国で頑張ってくれる様になってきています。仕事と生活をする為に…」
「そりゃまぁ、平和なら来るか…」
「えぇ。しかも食える。人口は、この一年で3割近く増えました」
細身の男の目が変わる。「この1年で?」
「だから王都は今、景気が良い。人も物も増えてる。だが、増えりゃその分食い扶持も増える」
「だから軍屯です」とルークが続ける。「兵に土地を与える。平時は農民、戦時は兵として動かす。20万全部を常備軍にしたら国が潰れる。でも、半農半兵なら維持出来る」
細身の男が腕を組む。「……理屈はわかる。だがそんな上手く回るか?」
「回らない部分も出ますね、多分」とルークはあっさり答える。「逃げる兵も出る。土地を捨てる者も出る。補給線も乱れる。だから試します。近隣の小国で…、多分この平和も長くは続かないかも知れませんから。だから、近隣と戦いながら、イナゴの様に土地を広げながら戦います」
巨漢が肉を食う手を止める。「……おいおい」
「いきなり大国とは戦いません。まずは小国で、軍屯制度の実戦運用を確認する。どこで兵が疲弊するか。どの程度で補給が破綻するか。農兵は何日持つか。どの将が兵を無駄死にさせるか。全部、戦場でしか見えない。上手くいけば、農地改革も出来て食い扶持は更に増やすことが出来る。勿論自国街ですから収める税も安くする、それを売るも食うも良しです。」
細身の男が黙る。巨漢も、さっきまでみたいには笑っていない。
「お前……本当に12歳か?」
「そうです、まぁよく言われます」
「気味悪ぃガキだな」
「それも、よく言われます」
「褒めてねぇ」
「はは、それもよく言われます」
巨漢が吹き出す。「兄者、コイツ変すぎるだろ?」
「……いや」と細身の男が焚き火を見る。「変っていうより、"国"を見てやがる。普通の貴族は"今の自分"しか見ねぇ。金だの権力だの、そんなもんばっかり追いかける。だがお前、"十年後の戦場と国"を見てるな」
「……そうしないと、間に合わないので」とルークは静かに言う。「今の王国は伸びています。でも、伸びてる時ほど危ない。人が増え、金が増え、土地が広がると、周囲は必ず潰しに来る。だから、その前に形を作る必要がある、外的に負けない強い国を」
「で、その20万を指揮していく将軍様候補に、俺たちを選んだってわけか…」と巨漢がニヤッと笑う。
「はい。あなた方、"生き残る戦い"を知ってるからです。強いだけの将なら、いくらでもいます。でも、兵を生きて帰らせる将は少ない。あなた方は、少人数で戦って、生きて帰る方法を知っている。しかも、それを子供たちに教えている」
細身の男が静かに目を細める。「……見てやがるなぁ」
「私は戦場も国も…、見るのが仕事なので」
遠くから鐘が鳴る。
カン、カン、カン──!!
一瞬で空気が変わる。寝ていた子供たちが飛び起きる。年長組が武器を掴む。
「南の見張り台!!」「松明多数!!」「100以上いる!!」
巨漢が立ち上がる。「兄者、昨日の残党か?」
「いや、別口だな」と細身の男は冷静だ。
子供たちが次々動く。小さい子を地下穴へ。矢束を運ぶ者。水を準備する者。全てが速い。訓練されている。
「殿下、危険です」と側近が青ざめる。
「えぇ…」とルークはむしろ目を細めている。
「王子様よ…」と細身の男がルークを見る。「ちょうどいい。試してやる」
「何がです?」
「今来てる野盗は120から150ってとこだ。俺たちだけでも勝てる。だが、今回はお前が指揮しろ」
側近が絶句する。「なっ……!?」
「20万の軍を作るんだろ?」と細身の男は笑っている。「だったら見せてみろ。その頭が本物かどうか?俺たちがお前についていって良いのか?」
「いいじゃねぇか。"ガキ将軍"」と巨漢が笑う。
「失敗したら?」とルークが聞く。
「死ぬだけだ。戦場なんてそんなもんだろ」
焚き火が揺れる。静かな夜だ。だが、その奥に獣みたいな空気がある。
ルークはしばらく黙っている。その目は火を見ていない。山の向こうを見ている。
やがて、小さく笑う。
「いいですよ」
「殿下!?」と側近が振り返る。
「ただし条件があります」
「なんだ」
「子供は下げてください」
巨漢の笑みが止まる。「……理由は?」
「死なせたくないからです。駒だからじゃない。未来だからです」
風が吹く。焚き火が揺れる。しばらく沈黙が落ちる。
子供たちの寝息が聞こえる。小さな寝息が、夜の静けさの中にある。
巨漢が、黙っている。その大きな体が、少しだけ動きを止めている。
細身の男が、初めて少しだけ真顔を崩す。「……面白ぇ王子だな、お前」
その言葉を聞いて、巨漢が大笑いする。
「はっはっはっ!! 兄者!! 俺このガキ好きだ!!」
その笑い声の中で、細身の男だけは静かにルークを見ている。まるで、本当に試す価値があるのか、見極め始めるように…




