闘争と闘走
互いの消耗が、目に見えてきた…
バロックの額に汗が滲んでいる。双剣を握る腕が、わずかに重くなっている。その目は、油断なく全死んでいない。
ブレストの腕の傷が深い。血が流れている。しかし体が揺れない。剣を握る手が、震えていない。
周囲の兵たちが遠巻きに見ていた。誰も近づきはしない。とても近づける空気ではなかった。2人の間に張り詰めたものが、見えない壁になっていた。
剣が交わり、弾かれ。また来る、受ける、押す、引く…
止まらなかった。
「バロック…」とブレストが言った。剣を交えながら。
「何じゃ…」
「お前は、わしが裏切られた話を、どこまで知っておるのじゃ?」
「少したった後に噂だけだ…」とバロックが言った。「詳しいことは知らん…」
ブレストが「では、話してやろう…」と言った。
「その気はないが、ここが最後かもしれんからな…」
「わしは最後にするつもりはないが…」とバロックが言った。
「わしもだ!」とブレストが言った。
「しかし、まぁ話したい…」
剣が交わる。その音の中で、ブレストが語り始めた。
「わしが将軍になった頃の話だ…」
バロックが聞いた。剣を受けながら。
「わしは奴隷に近い、一兵卒から始まった。誰にも信用されなかった。いやされてなかったようだ、しかし戦えば、誰よりも『生き残った。』、気づいたら隊長になっており、副将になり、あれよあれよで、将軍になっていた」
「まぁ、聞いた噂と同じだ」
「ああ…、仕えた将軍が、わしを認めた。初めてだったよ、誰かに認められたのが…」
ブレストの剣が重くなった…
バロックが受けた。
「それが間違いだったのか?」とバロックが言った。
「そうだな…」とブレストが言った。
「出世するほど、仲間が変わった…。かつての仲間が遠ざかった…。あいつは危険だ、あいつがいると、わしらの出世がない…、そういう目で見られ始めたのだ…」
「気には、しなかったのか?」
「気にはしなかったな、まぁ気にもしないで満身して戦っておったのだ…」とブレストが言った。「何より戦えばいい。それだけだと思っていた…」
「ある夜、呼び出されたのじゃ…」
ブレストの声が、わずかに変わった。
「話がある、と…」
「信じたのか、まぁ普通なら信じるわな…」とバロックが聞いた。
「信じたというか、何も気にせずに行っちまったという感じだ」とブレストが言った。
「その一瞬が、緩んだ若いわしの唯一の油断だった、今や教訓だわな…」
剣が止まった。
一瞬だった。
2人が向かい合ったまま、止まった。
「背中から、何の前触れもなく来た…」とブレストが言った。
「今も背中に残るが、一本ではなかったの… 全くわけがわからず、そして何本も来た… 仲間と思っていたやつから死ねと言われた。」
バロックが何も言わなかった。
「瀕死で逃げた。後ろからまた刺されて切られてするのか思いながら、自分でもどこへ向かうか… 覚えていたのが、ただ北へ走っていた… 倒れ、起き上がり、倒れて、また走った…」
ブレストが剣を再び構えた…
バロックも構えた。…
「北の蛮族の地に辿り着いた時、泥で真っ黒で、もう声も出なかった…、奇跡的に回復して、そこでも戦って見せた。そしてのし上がった…」
「それで、今のお前になったというのか…」とバロックが言った。
「そうだ…」とブレストが言った。
「もう切られるのは嫌での、誰も信じなかった。しかし、 戦えば認められた。それだけは変わらなかったな…」
剣が再び動き出し、何かが変わっていた。
2人の動きが、少しずつ重なって見えた。若い頃の2人と、今の2人が、同じ場所で重なるようだった。
焚き火の前の若いバロックが、今の白髪のバロックと重なる。
「生きるためだ。それだけだ」と言った若いブレストが、傷だらけの今のブレストと重なる。
あの夜、2人が向かい合った。今、2人が向かい合っている。
同じだった…
場所が違う。年齢が違う、傷の数が違う…
しかしその目だけは、変わっていなかった…
鍔迫り合いになった。
バロックの双剣とブレストの大剣が、押し合っていた。どちらも動けない。どちらも引けない。
力と力が、真正面からぶつかっていた。
バロックが「お前は強くなったな…」と言った。
ブレストが「お前もな…」と言った。
「あの夜と、同じ言葉であるな」とバロックが言った。
ブレストが「そうであるな…」と言った。
どちらも笑わなかった。目だけが少し、緩んだ。
押し合いが続く…
消耗が著しい…
しかし止まらない…
戦場全体がまた、静かになっていた。誰もが2人を見ていた。次の瞬間、何かが起きる。その予感だけが、戦場に漂っていた。
「法は貴賤を論ぜず、縄は曲直を択ばず…」
ーー韓非子ーー
法は身分を問わない。
縄は曲がりを選ばない。
ブレストは戦争孤児であった。
誰にも信じられなかった。
戦場では、身分も出自も関係なかった。
強い者が生き残った。
そしてブレストは、生き残り続けた。
バロックとの鍔迫り合いの中で、その重さが、押し合う剣に乗っていた。




